4,
4.
マッヅ貨物駅
田舎の貨物駅だがその分ダイヤに余裕がある。田舎の駅あるあるなのだが、時折優等列車が停車して水の補給を行うのだ。
C55-12は貨物駅のホーム端にある給水塔からがっつくように水をがぶ飲みしていた。
「機関士さん!買ってください!」
貨物駅ホームから小さい女の子はかごいっぱいのパンを見せてくる。
「ほぉ。スモークサーモンサンドもあるのか。」
しかも安い。
「うん!お母さんの特性だよ!」
「それにしても大変だねぇ。こんな時間まで・・・」
現在、午前1時過ぎ。
日中の駅は許可を受けた売り子が様々なものを一般客や機関士など職員に向けて売り歩いている。しかし、こんな夜中、しかも少女とは。
「眠くてもね、頑張らないとね。お父さんが帰ってこないから・・・。がんばったら、お父さん帰ってくるって、お母さんが・・・」
思わずパンを大量に買ってしまった。
マッヅ貨物駅を発車した後、仮眠スペースで寝ていた姉妹が起きた。
機関室で3人も人がいるのを見られると不審に思われるかもしれない。特に、俺の知り合いの場合は。
そのため、運転台の仮眠スペースで大人しくしてもらっていた姉妹がゴソゴソし始めた。
「勝手に好きなパン食え。」
スモークサーモンサンドと好きなパンをいくつか確保してあとは姉妹に渡した。
「その・・・ありがとうございます。」
運転席の後ろに立った姉が言った。
「私は、クリスティン・ミラ・オスト。あちらは妹のミーシャ・エラ・オスト。オスト皇国皇帝の、私は3番目、ミーシャは4番目の子供になります。」
俺は大きくため息をついた。
「厄介ごとに首突っ込みたくないからあえて聞かなかったのに、なんで自己紹介しちゃうかなぁ!」
「ご、ごめんなさい!」
姉、クリスティンが謝罪する。
ちなみに妹、ミーシャは寝てる。
「もう、ここまで来たらあなたに頼るほかないのです。報酬は払います。
どうか私たちをレッチュベルグまで送ってほしいのです。」
運転しながら地図を思い浮かべる。
「オイオイ、あの永世中立国か。今日明日で到着する距離じゃねぇぞ!」
「それでもお願いします!レッチュベルグで支援を取り付けねば、我が国は・・・」
オスト皇国。
中世の街並みが特徴の、伝統だけが取り柄の古い国だ。それゆえ、我々鉄道関係者としてはなじみの薄い国だ。
それでもまったく鉄道がないわけではなく、中世の街並みを目的とした観光業と、沿岸部の新鮮な海産物を目的に鉄道が引かれている。
ところが、特にオスト皇国国境の町、ノルハンゼンでは、大河“レイン川”を挟んだ向こう側、フランツ皇国バンゼルからの影響が強く、近代化の機運が高まっていた。
昨年、オスト皇国衛兵による殺人事件が起きた。何のことはない、犯人と間違って衛兵が容疑者を剣で刺し殺したのだ。どの国でもありそうな事件だが、これをきっかけに暴動が起きた。「犯人を間違えた原因は、捜査の近代化、ひいては国全体の近代化の遅れに原因がある。」
そして、ノルハンゼンは独立宣言を出し、フランツ皇国への帰属を表明。
フランツ皇国はノルハンゼンへ向け進軍し、ノルハンゼン治安維持出動中のオスト皇国軍と衝突した。
これが4つ目の停車駅で駅の少年から買い込んだ新聞をまとめた結果だ。
出発から11時間。すでに夜は明け、朝日が差し込んでいる。
ここで三時間の停車だ。
「おい、飯行くぞ。」
俺は姉妹に声をかけた。
「あ、えっと・・・」
姉。クリスティンが口ごもる。
「どうした?」
「その・・・服が・・・」
「あ・・・」
結局、彼女らの着ていた服は運転台で干していたのだが、トンネルに入るたびに黒く煤だらけになり、何度か風で煤だらけの運転台の床に落ちたこともあって着るのが憚られる状態であった。さらに、今まで運転台に3人もいることがばれないように仮眠スペースで布団をかぶってもらっていたのだ。運転台をのぞかない限りは気づかないだろう。
ってぇことは・・・
「うん・・・すまん。気が利かなくて・・・」
俺はベッドの下を漁った。
「姉は俺の昔の服でいいとして・・・妹をどうするか・・・」
ふと、かごが目に入った。ランドルフさんがくれたやつだ。
おぅ・・・ご丁寧に妹用の小さいサイズの作業服が入っていた。
「ほんと、用意周到なこって・・・」
関心と同時に怒りもわいてきた。
二人が着替え終わるのを待って、俺は姉に言った。
「とりあえず、鉄道関係者になんか聞かれたら、C55-12所属の見習機関士って答えとけ。」
「いや・・・その・・・。そもそも機関車から降りないほうがバレないんじゃ・・・」
その時、駅作業員がやってきて「給炭給水しま~す」といいながら運転台に登って炭水車へ登っていった。
「お姉ちゃん・・・」
妹が姉を見上げる。姉にどうするのか、判断を聞いているのだ。
「その・・・私たち今はお金もないですし・・・」
あーもう!
「いいか!停車時間は三時間しかないの!時間は限られているんだ!すぐ行くぞ!」
俺は二人の手を引っ張って強引に歩き始めた。