3,
3.
最初の信号場が見えた。
ボォオ!
汽笛で軽く挨拶する。
「タイナム本線進行!」
場内信号を確認して、信号場を通過する。
ちなみに、信号場は操車場並みに広い。理由は列車が渋滞した場合の溜まり場だからだ。お世辞にもダイヤ通りの運行がなされているとは言えない鉄道。事故など何かあった時はどこかに列車が集中することもよくあり、その際に信号場は大活躍するのだ。
「出発進行!タイナム本線!」
ここら辺は平坦なので、スピードが出る。自動給炭機を弱めて、石炭を節約する。
ガラガラガラガラ・・・
運転台に石炭が散らばった。
驚いて後ろを振り向くと、なんとびしょぬれになった人が倒れていた。
「な、なんだお前ら!無賃乗車か!?」
俺は慌てて運転台の電灯をつけた。俺は夜間運転の時は運転台の明かりは消す。そのほうが信号機の色が見やすいし、運転台の計器類には蛍光塗料が塗ってあったり弱弱しい豆電球が光っているので問題ない。
運転台の明かりをつけてさらに驚いた。無賃乗車は二人。しかも一人はあの素人信号係だったからだ。
「お前ら!何者だ!」
二人とも息が荒く、何も言わない。
こうしちゃおれん!
俺は運転台のスクロールを確認した。
スクロールとは、路線状態(どこに信号機、制限速度があるかなど)が記された巻物のことで、運転台にセットすると、車輪の回転によってビデオテープのように回って現在地を示すものだ。
さっきの信号場からまだ数キロしか離れていない。場内入替通信用の無線が届くかもしれない!
「まってください!」
まだ息が荒いまま、素人信号係が言った。
「い、妹が!息を!」
俺は飛びついた。
青紫な唇。全身びしょぬれで冷たい。
「失礼!」
無理やり服を脱がせ、心臓の音を聞く。
動いていない。
「クソッ!」
こいつら、炭水車の水タンクの中にいたのか!出発から20分も!
心臓マッサージと人工呼吸を続ける。
「クソッ!動け!」
思いっきりドン!と感情任せに胸をたたくと、妹は水を吐き出した。
「ハァ・・・ハァ・・・」
呼吸はしてるな。
心臓も・・・動いた。
俺は運転台とは反対側にある“仮眠スペース”(読者世界では機関助士席がある部分)から座布団を持ってきて、罐の前に妹を寝かせてやった。
そして、駅長からもらったタオルを素人信号係、ん?つまりこいつ兄か?・・・まぁいいや。とりあえず兄(仮)に渡す。
「体拭いてやれ。ついでにお前も拭いて罐の前座っとけ!」
「あ・・・ありがとうございます。」
その時、素人信号係の帽子が落ちて、その帽子の中に詰め込んでいたであろう金髪が風にたなびいた。
こいつ、女だったのか・・・。
運転席に戻り、スクロールを確認する。
ここら辺は運転しなれている区間だからよかったが、他の区間だったら下手すりゃ事故ってたぞ。
運転席に戻るとちょうど次の信号機が来た。青だ。
「進行!」
俺は指差し歓呼をして自動給炭機を全開にして水の供給量も増やした。まったく、止まる寸前の速度まで落ちてた。
ダイヤ通りに行けば、次の停車は1時間後だ。水だけ補給してすぐに発車する予定だ。
途中、小さい駅をいくつか通過する。そこで無線連絡して、次の停車駅に鉄道警察を呼んでもらおう。姉妹が誰だかは知らないが、どっちにしろ無賃乗車だ。
ん?鉄道警察・・・
そういえばあの警備騎士・・・
俺はそこらへんに投げ捨てていた手配書の束をそっと回収した。
運転台に座ってパラパラとめくる。
「ありやがった・・・」
手配書には「脱走捕虜」と書いてあった。名前などはない。
「手配書・・・やはり出回っていましたか。」
背後から声がした。
姉だ。
「お嬢さん・・・これ、誰までが仲間なの?」
もうお察しだ。この姉妹逃がしはランドルフも、オヴィヒラ駅長もグルだ。だから差し入れなんておいていったんだ。しかも駅長に至ってはタオル。
「鉄道管理局にはお話を通してあります。もちろん、表向きにはできませんが。」
つまり、鉄道警察はダメか。握りつぶされる。下手すりゃ、地方鉄道管理局が敵に回る。そうなったら生死にかかわる。
もうグルとかいう話ではない。
嵌められた
これが一番正しい状況だった。