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いつの世も、ベッドというものは偉大である。
その偉大さゆえに、人はベッドから逃れられない。
・・・馬鹿なこと言っていないで起きよう。
「おいおい、こんだけかよ・・・。」
宿屋の食堂で思わずつぶやいた。
朝食のセットが、目玉焼き乗せたパンと明らかに量の少ないサラダだけだったからだ。
あれだけ気前の良かった女将も、俺に話しかけにすら来ない。すでにここ半年で30回以上宿泊しているというのに。
町にも活気がない。
店に売っているものは高く、しかも品薄だ。本来であれば領主が何とかすべきなんだろうが、逆に税率を上げた馬鹿らしいから期待はできないだろう。ちなみにこういう時、有能な領主なら何人か流れの機関車と知己になっており、その機関車を呼ぶ。赤字覚悟で高額依頼を出して流れの機関車を呼び戻す。などを行うのだ。
ダメだな。この町は。
俺一人の力でどうこうできることではないし、長く居たら破産してしまう。早めに出よう。
オヴィヒラ駅
仕業表が貼られた掲示板を眺めていると、駅長がやってきた。
「エト、悪いがお客さんだ。」
駅長の後ろから、鎧を着た大男が出てきた。この町の警備騎士だ。
「君がエトムント君だね?」
「はい。」
「最近列車を使って国外へ逃亡しようとしている犯罪者が多いのだ。この手配書に似た人物がいたらすぐに知らせてくれ。」
警備騎士は嫌いだが、まぁ、手配書を手渡されるくらいなら間々ある。だが、今回は分厚さが尋常ではなかった。
「ずいぶん多いですね!?」
思わず驚くレベルで。辞典並みに分厚いよ、これ。
「最近戦争があってな。捕虜が複数名逃げ出したんだ。間違いなく協力者がいる。これはその脱走者と協力容疑者のリストだ。」
とはいえ、たとえ旅客列車の車内にいたとしてもそれを捕まえるのは基本的には車掌の役目だ。ちなみに俺は旅客列車は基本やらない。客車も車掌も公営鉄道からのレンタルになるから報酬減るし。
そして、仕業表を持っていき、駅で手続きをする。
ちょうど駅長が“一般客向け”の改札に出ていた。
「いつ乗れるんだよ!」「列車の本数増やせ!」
「切符買っているのに乗れないってどういうことよ!」
「わしなんて一等車を予約していたんだぞ!運休とはどういうことだ!」
一般客からのクレームの嵐に駅長はさっさと退散してきた。
「そりゃあ、旅客列車が各線1往復じゃお客さんも怒りますよねぇ」
“機関士向け”の出札口で対応してくれていたお姉さんが言った。
そして、俺が持ってきた仕業表に目を落とす。
「貨物 急行2166列車、ですか・・・。」
受付のお姉さんは察したらしい。貨物急行2166列車は23:50に出発し、途中何度か補給しながら2日間走り続けるきつい仕業だ。一方で、移動距離は長い。
つまり、俺がこの町を去ることは同じ列車の逆方向を運転しない限り、ほぼあり得ないのだ。
「落ち着いてから帰ってきますよ。」
俺はそう言って承認印の押された仕業表を受け取った。
ひと眠りして夜。
ランドルフさんが出発準備をしている俺のところへやってきた。
「出ていくのか?」
「しばらくね。行商機関士に聞いたけど、他のところのほうが報酬の上乗せやっているみたいだし。」
ランドルフさんがため息をついた。
「そうか。どこへ行くんだ?」
「とりあえず2166でハスティナへ。元々ハスティナのほうでやっていたもんで、友人もそっちのほうが多いんです。」
「なるほど。
もう戻ってこないかもしれんが、元気でやれよ。これは餞別だ。」
そういって機関室に果物やら酒やらいろいろ入ったかごを置いてくる。
「ちょ・・・どうしたんです!?そもそも酒なんてもらっても2日運転なのに・・・」
「まあ、もらっておけ。それじゃ」
何?感極まってんの?
どしたのあのおじさん?
なんか、死に別れの映画でも見たのかな・・・
「準備はいいですか?」
信号係がカンテラを持って声をかけてきた。金髪の少年だ。
「眩しいな!気ぃ付けろよ。」
「あ、す、すいません!」
まだ若いな。声も高いし若く聞こえる。こいつも見習の丁稚か。
「あとは点検したらOKだ。」
俺は愛車C55-12を見て回った。
今日は気分がよさそうだ。
蒸気機関車は生き物だ。それぞれ、性格がある。
ちなみにC55-12は気分が悪いと故障を疑うレベルで不機嫌になる。
打音ハンマーでたたいてみたが、すべて問題なし。
たたきながら一周すると、さっきの信号係がいない。
見回すと、炭水車の上に登ってやがる。
「こらぁ!勝手に炭水車に上がるな!」
「ご、ごめんなさい!ちょっと登ってみたくなって・・・。」
「さっさと仕事をしろ!無線で信号所に合図送れ!」
なんなんだこのくそ素人!遊んでんじゃねぇよ!
「ったく・・・。誘導ミス一つでこちとら脱線転覆まであり得るってのに・・・」
そして、給炭台で石炭を満載にし、給水塔から水を満タンにした。これで次のサンジェまで80㎞を走り抜ける。
オヴィヒラ駅の貨物ヤードに入ると、すでに列車は組成(貨車をつないで列車を作ること)し終わっていた。
「すまんな。きつい仕業だが頑張ってくれ。」
なにこれ?オヴィヒラ駅長まで来てんだけど。
「ちょっと待て!」
突然警備騎士が割り込んできた。
「機関車の中を改めさせてもらう。」
昼間、俺に手配書を渡してきたやつだ。
後ろを見ると、貨車の周りで警備騎士が何かやっている。
「改めるって・・・機関車に隠れる場所なんてありませんよ。罐の中にいたんなら今頃高温の蒸気で蒸し焼きですよ。」
俺はそう言ったが、警備騎士は本当に運転台まで乗り込んできた。
「ほかに隠れられそうなところは!?」
「せいぜい炭水車の床下でしょう。一瞬でも気を抜けば落ちて轢かれますが。スパイ映画では見たことありますよ。」
「フン!」
警備騎士は不機嫌そうにして降りて行った。
「いいですか?そろそろ貨車を閉めないと・・・」
「勝手にしろ!」
警備騎士は不機嫌そうに蒸気自動車に乗り込んで帰っていった。
「なんなんだ・・・あれ。」
「それじゃあ、頑張ってくれ。これは餞別だ。」
「どうしました?駅長まで。今生の別れみたいに。ここまでよくしてくれたら、また戻ってこようって思うだろ、って思ってます?」
てかなんで差し入れがタオル!?新品だし!
ちなみに蒸気機関車の運転台はすぐに煤だらけになるので新品タオルもらってもなぁ・・・。私物入れのトランクももう鍵しちゃったし・・・。つかもう出発だし・・・。
ピリリリリリリ!
貨物ホームで駅長自ら出発合図の笛を吹いた。
ボォオ!
警笛一声!
C55-12けん引の貨物 急行2166列車はオヴィヒラ駅をゆっくり出発していった。