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シュゥウウウウゥゥゥ・・・・
機関車がため息をつくように蒸気を吐いた。
「オヴィヒラー、オヴィヒラー」
駅員がメガホンで叫びながらホームを歩く。
少しすると信号手がやってくる。
「留置はどうします?どこかご希望はありますか?」
留置線も公営と民営がある。鉄道車両を所有するものは留置線を自前で持っていない限り、常に出費するのだ。
「公営で。なるべき安くしてくれよ。」
「では、公営留置5番に。」
あとは無線機で信号手が信号所へ連絡し、信号手の誘導の下に動かせば留置線に入る。
「んじゃ、頼んだ。」
俺はまだ若い信号手にチップを渡し、愛車C55-12から離れた。
駅長室
「久しぶりだな。エト。」
駅長が俺に言った。
正式な名前はエトムント。22歳。たいていの人はエトと短くして呼ぶ。
「久しぶりです。オランド駅長。」
そう言いながら俺は“仕業表”を渡す。
仕業表とは、要するに依頼書だ。
俺は機関車を保有する個人事業者だ。俺のような個人事業者が稼ぐ方法はいろいろあるが、一番ポピュラーなやり方が、“公営鉄道から依頼を受ける”ことだ。
公営鉄道の駅には依頼内容の書かれた仕業表、つまり“何月何日に何駅から何駅まで貨車または客車を何両、ダイヤはこれで運搬してほしい”というのが書かれているものが貼ってある。
これをはぎ取って駅の受付へもっていけば依頼を受けられる。あとはその通り運転して報酬をもらう仕組みだ。
「いや、助かったよ。南の運河がやられたから“流れの機関車(機関車を所有し仕事を受けながら各地を転々とする連中。俺も含む。)”がみんな南へ行ってしまったからな。」
「おかげで南のランゴルド本線は大混雑だそうですね?」
「まぁな。誰から聞いたんだ?」
「隣のミナーシェ駅に行商機関士が来ていまして。その人から」
「なるほど。」
行商機関士とは、行商人になぞらえた呼び方の機関士である。また、“旅商機関士”ともよばれる。自分で商品を仕入れ、線路使用料を払って別の町へ行き、そこで仕入れたものを売って収入を得る機関士だ。リスクも大きいが、うまくいけばかなり稼げる商売である。
「んじゃ、報酬は28万5000リョウだな。」
オランド駅長は手慣れた様子で金を用意してくれた。
支払いは公営鉄道通貨、リョウで支払われる。なんでもかつて鉄道王の名前を通貨の単位にしているとか。
ちなみに、結構な大金をもらっているとみえるが、ここから石炭、水、整備費、その他もろもろを抜くと半分になる。今後のことを考えて貯金する分も考えておくと、さほど儲かる仕事ではないのだ。ただ、公営の仕事は線路使用料を払わなくていいし、公営留置線の費用の割引なども受けれる。さらに、行商機関士と違って赤字の危険性はほぼないと言っていい。安定収入の得られる仕事だ。
「次の仕事はどうするんだ?」
オランド駅長は山積みの書類に目線を映しながら言った。
あの長細い形の紙・・・全部仕業表だろう。つまり、掲示板に貼り切れないほどの仕業表が溜まっているのだ。
「しばらくはゆっくりしますよ。機関車の火を落とすほどじゃありませんけどね。」
“機関車の火を落とす”とは、長く休むの言い換えである。蒸気機関車は常に火を焚き続ける。一度火を消してしまうと再度蒸気をためるのに時間がかかるからだ。そのため、火を小さくしつつも常に火を絶やさない。いっぽうで整備の時は火を落とし、缶が冷えないと整備できない。そのため、火を落とすときはたいてい長期整備の時なのだ。
ちょうどその時、ドアがノックされた。
「駅長、お客様が・・・」
「おい、来客中だぞ。」
オランド駅長がそう言ったにもかかわらず、その“来客”は入ってきた。
あ、貴族っぽい。
「では、これで。」
これ幸いと貴族嫌いな俺は逃げるように駅長室を後にした。
現状、公営鉄道は鉄道輸送需要の1割から2割しか賄う力がない。輸送力の大半を民間資本に頼ったせいでもあるが、世界各国に短期間で線路を敷くには仕方のないと言えばそれまでだ。そのため、各地の鉄道管理局、そしてその末端機関である“駅”はたとえ俺のような“個人事業者”に対しても強く出れないのであった。
C55-12に帰ると、頼んでおいた簡単な点検と整備が始まっていた。
「お久しぶりです。ランドルフさん。」
俺はC55-12にいる人間のうちもっともベテランのランドルフに声をかけた。
「よぅ坊主。どうだい?調子は。」
「C55-12は好調だが、商売となるとね・・・。次の車検が心配だよ。」
「まぁ、公営でやると高いからな。安い民営は多いが、粗悪なところも多い。難しいところだわな。」
俺はC55-12の周りにとりついている整備員を見まわした。
「ランドルフさん・・・整備員増えてない?しかも、丁稚ばかり」
公営鉄道は身分階級関係なしに入社できる会社である。まぁ、貴族が入社することは基本無いが。鉄道の素人が鉄道業界に入るときは、駅員か整備員の見習いとして配属されるのだ。
「その・・・な。あんまり大声じゃ言えないが、ここの領主がかわってアホが領主になってな。一気に税金が上がったんだ。おかげで見てみろ。あんなやせ細った女の子までこのありさまさ。」
ランドルフさんがあごでしゃくった先を見ると、大勢の整備員に交じって9歳くらいの女の子まで働いている。
「極まれり、ですか。」
「ああ、極まれり。だ。」
二人とも何が極まっているのかは口に出さなかったが、それはわかっていた。
公営鉄道はその影響力の強さにより、国家からの半独立状態だ。国境をまたいで世界各国に線路が伸びているためである。一方で公営鉄道職員が政治に口出しするのは禁止されていないがタブーとされる。特に、公営鉄道の場合他国から職員が来ている場合も少なくなく、国家からすれば「うちの国民でもないくせに」となるからだ。一方で公営鉄道職員の不用意な発言で民衆が扇動されれば、大問題に発展する。
そのため、税金云々もひそひそ声だ。
C55-12に戻って、罐でピザを焼く。
駅前商店街でピザ生地を買い、ベーコンや野菜などを乗せただけの代物だがこれがうまい。
丁稚たちがうらやましそうな顔で見ているが、それは無視だ。どう考えてもこの人数にふるまえるだけの量はない。
ピザを食いながら外を見ると、公営鉄道のDRG24型蒸気機関車に牽かれた旅客列車が到着していた。
客車にはお客がすし詰め状態になっており、停車と同時にあふれるようにホームへ流れ出す。
「ひでぇな・・・」
そういえばピザ生地を買いに行った時も、他の地域よりあからさまに高かった。(ちなみに機関車の罐でピザやパン、ナンを焼くのは一般的で、駅前商店街のパン屋には焼く前のピザ生地などが売っているのが定番だ。
「この町、そろそろ出るか・・・」
ピザを銜えながら、俺はそうつぶやいた。