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それが恋だと気づくとき  作者: 砂川伊吹
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陽人の章ー1ー

 

 …最近、自転車を漕ぐ足がやけに重く感じる。


 赤信号で自転車を止め、交差点を行き交う色とりどりの車や、向かいの横断歩道を渡る小学生をボーッと眺めながら、俺はそんな事を考えていた。

 2学期が始まってから既に2週間は過ぎている。そろそろ夏季休暇後の倦怠感が抜けても良い時期なのではないのか。

 その理由に心当たりが無いわけではなかった。

 ひとつは部活を引退した事だろう。例年なら、この時期は新人戦に向けて猛練習をしていたはずだ。今年はそれが無い。

 他の部活も続々と3年生が引退し、高校入試に向けて勉強に本腰を入れ始める頃だ。だからといって俺もそうかと聞かれると、答えは否だ。

 もともと俺は勉強というものがあまり好きではない。中学校生活の大半をサッカーに捧げてきた。自分でいうのもなんだが、根っからのサッカー少年なのである。

 そんな人間が部活を引退してすぐに勉強にシフトチェンジできる訳がない。現に、引退後も練習に何度か顔を出し、後輩に混じってサッカーをしていたのだから。

 信号が青に変わったので、重い足を無理やり持ち上げてペダルを漕ぎ出す。

 もうひとつの理由は、恐らく()()()だろうな。

 夏休みの間も、忘れていた訳ではなかった。何をしていても頭の隅には必ずその事が引っ掛かっていて、それはサッカーをしていた時も例外ではなかった。

 ただ、夏休み中は彼女と顔を合わせることが無かっただけ、まだマシだったと言える。

 2学期が始まれば、校内のいたる所で彼女の姿を見かけることは避けられなかった。

 まさか、始業式の朝から駐輪場で遭遇するとは思わなかったが。

 わざわざ顔を合わせない為に、ギリギリに学校に着くように調整したのに。

 大方、寝坊でもしたんだろうな。寝癖ついてたし。

 そこで、彼女の髪に寝癖がついていただなんて事をはっきりと覚えている自分に気づき、俺は顔をしかめた。

 時間調整が無駄だと分かってからは、普通に登校するようにした。

 あれ以来、駐輪場で会うことはなくなったが。

 多分、彼女が意図的に避けているのだろう。

 彼女の姿を目にする度、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。

 こればかりは、自分の性格を恨むしかない。

 プライドが高くて、負けず嫌いなこの性格ゆえに、彼女に話しかけることもできない。

 ……いや、そんなのは言い訳だな。俺はただ怖いのだ、彼女に拒絶される事が。

 だからあの日も何も言えずに、駐輪場からしっぽを巻いて逃げてきたんだろう。

 本当に情けないな。

 そういえばあの時、彼女と一緒にアイツもいたんだったな。家が近いから途中で会ったのかもしれない。きっと待ち伏せか何かしていたのだろう。アイツが寝坊することなんて有り得ない。

 ……くそっ!俺はわざわざ通学ルートまで変えてるっていうのに。なに一緒に登校とかしちゃってんだよ、アイツ。


 はぁ…。本当に何やってんだろうな、俺は。


 ぐだぐだとそんな事を考えている間に、いつの間にか眼前には松原中の校舎がそびえ立っていた。

 俺はさっきまで考えていたことを飲み込み、一度大きく深呼吸をしてから、駐輪場へと向かった。






 教室に入り自分の席につくと、後ろから誰かが勢いよく飛びかかって来た。


「おはよう!陽人」


「うわっ!なんだよ修哉、朝から元気が良いな」


 肩越しに修哉の顔を確認し、邪魔だというふうに彼の背中をペシペシと叩いた。

 修哉は俺から離れ、近くの机に座った。俺の顔を下から覗き込むようにして、浮かんだ疑問を口にする。


「そういうお前は最近元気ないよなー。どうした、何かあったのか?」


 その言葉に一瞬だけ鼓動が高鳴ったが、それを悟られないように努めて冷静に振る舞う。


「いや、別になんでもないよ」


 きっと何の根拠もなくただ口にしてみただけだろう。学校では普段通りに振る舞うよう心掛けているし。


「そうか?ならいいけど。そういえば俺さ、昨日の文化祭の集まりでお前の幼馴染を見たよ」


「……っ!」


 今度ばかりは流石に動揺を隠しきることができなかった。

 咄嗟に何か返そうとしたが、喉が乾いて掠れた声しか出なかった。


「へ、へぇ…。そうなんだ…」


「うん、男の子と女の子が一人ずつ。確か名前は……一ノ瀬と片瀬さん、だったよな」


 俺は驚いた。あの二人が学級委員?どっちもそんな柄じゃなかったはず。

 ……いや、どうでもいいか。俺にはもう関係ないし。


「ふーん。で、それがどうしたって?」


「いや、それだけだけど。というか陽人、なんでさっきから若干(じゃっかん)挙動不審気味なの?」


「きょ、挙動不審?俺が?そんな訳ないだろ」


「本当か?」修哉は怪訝そうな顔でこちらをジッと見ている。


 俺は、鞄から取り出した教科書で修哉の頭をペシっとはたき、少し強引に笑顔をつくる。


「本当だって。ほら、戻れ戻れ。もうすぐ授業が始まるぞー」


「はいはい、分かりましたよー。でも陽人、ホントに何かあったら言えよ。話くらいなら聞けると思うからさ」


 そう言って笑う修哉に 「うん」 と頷いた。


 修哉は変なところで勘が良い。それに、何だかんだいいながらも心配してくれるのはすごく嬉しい。

 話してしまえば楽になるだろうか。

 …いや、やっぱり駄目だ。修哉には悪いけど、これは自分で解決すべき問題だ。そうしなければ意味がない。

 自分の席に戻っていく修哉を見ながら、俺は小さくため息をついた。






 昼休みに入ると、修哉はすぐに教室を飛び出して行った。そしてその僅か数分後、サッカーボールを抱えて再び教室へ戻って来た。


「陽人ー!校庭行ってサッカーしようぜー!」


「ああ!ちょっと待っててくれ」


 俺は自分のロッカーまで行き、中からスパイクを取り出す。それを手に修哉のもとへ行った。


「いやー、部活抜けてからあまりボール触ってないから感覚鈍ってるかもなー」


 ボールを頭の上に乗せて、落とさないようにバランスをとりながら修哉が言う。


「何言ってんだよ。まだ引退してからひと月しか経ってないし、夏休みの間だって二人でよく顔出しに行っただろ」


「そうだけどさー。現役の頃なんて毎日のようにサッカーしてたんだから、それに比べたら全然動いてないじゃん。あー、もっと部活やりたかったなー」


「お前はホントにサッカー好きだよな」


「そういう陽人だってサッカー好きだろー。よく二人で居残り練習したし、休みの日だってこっそり練習してたの知ってるんだぞー」


「!……やっぱバレてたのか」


 ニヤニヤとこちらを見る修哉から目を逸らして、あの頃の記憶を呼び起こす。




 俺がサッカーを始めたのは中学に入ってからだ。大した理由はなく、ただ漠然と無難な運動部に入りたいという思いだけでの入部だった。

 だが、入部してから俺がサッカーに魅了されるのにそう時間はかからなかった。

 シュートを決めた時の快感。頭を使いながら、仲間との連携プレーでゴールまでボールを繋ぐ面白さ。

 極めつけはコイツ、八神修哉の存在だった。

 5歳からサッカーをやっている彼は入学早々、先輩顔負けの優れた技量をを発揮し、瞬く間にレギュラーの座を勝ち取った。

 俺はそんな彼に憧れを抱き、そして無謀にも、彼に追いつきたいなどと思ってしまったのだ。

 最初の頃の部活は体力づくりがメインで、筋トレばかりしていた。修哉だけは、上級生に混じって練習やミニゲームに参加していたが。

 これでは到底追いつくことなど出来ない。

 そう悟った俺は、家の近くの空き地で練習することにしたのだった。




「驚いたよ。オレに追いつけるヤツなんかいないだろうって思ってたのに、あっという間に上達してレギュラーになっちゃうんだもんな、お前。そのうち松原中サッカー部のツートップなんて言われるようになっちゃってさー」


 そう言ってケラケラと笑う修哉。

 だが、ぶっちゃけ俺自身がいちばん驚いていたと思う。まさかあんなにすぐに成果が出るとは思っていなかった。

 そんな過去を思い出して、俺は何だか急に気恥ずかしくなった。


「まぁ、そんな事はいいからさ。早く行こうぜ」


 そう言って修哉の背中を押しながら、自分も廊下に出た。修哉と並んで廊下を歩き出す。


 途中で3年1組の前を通る時、俺の目は無意識に教室内に向いていた。

 面と向かって顔を合わせるのは避けているくせに、その反面で彼女が今どうしているのか、何を考えているのかを知りたがっている自分がいる。

 自分の中に生じている矛盾に半ば辟易しながらも、教室内から目を逸らすようなことはしない。

 求める姿を探して、教室内に視線を巡らせる。


 ………いた。


 最後列の窓際の席にひと組の男女。椅子に座っているのは男子の方で、女子はこちらに背を向けて机に寄りかかっている。

 いつもの様に冗談でも言い合っているのか、二人とも楽しそうに笑っている。

 ふと男子がこちらに視線を投げた。偶然という風ではなく、初めから俺が見ている事に気づいていたような素振りだった。相変わらず鋭いというか、勘のいいヤツだ。

 氷のように冷たいその眼差しからは、明らかな憎悪と拒絶を感じた。

 俺はその視線を軽く受け流し、歩みを緩めることもなく通り過ぎた。


 “悠?どうしたの?”


 “いや、何でもないよ。それで……”


 後方から微かに聞こえてきたその声を、俺はどうにかしてシャットアウトした。


 そうやって俺への敵意を振りかざして、騎士(ナイト)にでもなったつもりかよ、悠。

 安心しろよ。もう俺がお前らに関わる事なんてないだろうからさ。


 そんな胸中の想いも、吐息と共に吐き捨てた。





皆さんこんにちは、砂川伊吹です。

今回は陽人の視点から見た物語でした。いかがでしたでしょうか。

これからもこんな感じで、凪以外の人物を視点にした章もちょいちょい挟み込んでいくつもりです。

まだ人物設定もあやふやで、それぞれのキャラクターの考え方とか全然固まっていません。

この人だったらこの場面でどう思うかな、とか考えながら書くのは大変ですが、面白くもあります。


書き溜めていたストックはこの章までなので、これからは投稿のペースが落ちるかもしれません。いえ、落ちます!(笑

今後のストーリー展開も決まっておらず、試行錯誤しながら書いていますが、末永くお付き合い頂けると幸いです。

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