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それが恋だと気づくとき  作者: 砂川伊吹
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凪の章ー2ー

 

 2学期が始まってから、早くも1週間が過ぎた。

 長期休暇後によくある気だるげなムードも徐々に消え去り、慌ただしい学校生活が戻って来つつある。

 私はというと3年1組の代表として、10月頭に控えた学校祭の企画会議に悠と参加していた。

 この場に集まっているのは、生徒会役員と各クラスの学級委員だ。円形に並べられたテーブルの指定された席に座り、皆お喋りに興じている。このメンバーで、今年度の学校祭実行委員会が組織されるのだ。

 ほどなくして、お()げ髪で眼鏡を掛けた、いかにも生徒会の書記っぽそうな女子生徒がプリントの束を抱えて教室に入ってきた。数種類ある学校祭概要のプリントを手際よく配っていく。それが終わると、教室正面の真ん中の席に座っていた男子生徒がその子に声をかけた。

 流れるような黒髪に、切れ長の目。何時でも堂々としたその態度には、他の男子にはない威厳の様なものを感じる。

 彼の名は乙坂真司(おとさかしんじ)。この松原中学校の生徒会長である。


「ありがとう。それじゃあ、さっそく始めようか」


「分かりました」


 彼女は生徒会長の言葉にそう返すと、空いていた彼の隣の席に座った。その席には、副会長と印刷された紙がセロテープで止めてある。

 あ、副会長さんでしたか…。よく考えてみたら、3つある書記の席は埋まってますもんね。書記ちゃんみたいだなって思ってゴメンよ。

 というか各学年3クラスしかない、しかも同学年なのに生徒会役員の顔覚えてないとか…。集会や学校行事でよく目にする会長だけは、かろうじて覚えていたが。

 意外なところで自分の無頓着さを再認識し、一人がっくりと肩を落とす。

 そんな事とはつゆ知らず、書記ちゃん、もとい副会長さんが会議を始めようと口を開いた。


「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。これから学校祭に向けての会議を始めたいと思います。私はこの会議の進行を務めさせて頂きます、東雲小春(しののめこはる)です。よろしくお願いします」


 丁寧に挨拶し、立ち上がって深々とお辞儀をする東雲に、集まった面々からは「よろしくお願いしまーす」と間延びした声が投げられた。顔を上げた東雲は、早速本題に取り掛かる。


「それではまず、文化祭実行委員長を決めたいと思います。誰かやりたい人はいますか?」


 東雲のその声に、名乗りを上げる者はいない。誰もがヒソヒソと隣同士で話し合っているばかり。学級委員決めの時と同じだ。

 面々の微妙な反応に東雲は困った様な笑みを浮かべ、隣に座る乙坂に戸惑いの視線を投げる。それを受けて、乙坂は皆に呼びかけた。


「委員長はこの実行委員会を統率する役職だからね。大変そうだと感じる人もいるだろうが、そんなに気負う必要はない。出来れば勝手の分かっている3年生に頼みたいが、やる気があるのなら1、2年生がやっても良いと僕は思っている。どうかな?」


 そう言って微笑む乙坂。

 生徒会長にそこまで言われたら黙っている訳にはいかない!…となるはずも無く、会議室内には束の間の沈黙が訪れる。

 私は隣に座る悠に小声で耳打ちをした。


「委員長だってさー、悠。やってみれば?学級委員も自分で立候補してたじゃん」


「いや、それとこれとは話が別。実行委員長なんて僕には荷が重いよ。そういう凪はやらないの?」


「いやいや、やる訳ないじゃん。大体、まとめ役とか昔から苦手なの知ってるでしょ。今回はどこかの誰かさんに巻き込まれただけで」


 そう言って悠をジト目で()めつけるが、当の本人はどこ吹く風だ。

 とはいえ、実を言うと学級委員もそこまで嫌な訳ではない。悠と一緒だからやりやすいし、何より委員の仕事をこなしている間は、嫌な事を考えずに済む。夏休みの間は、あの件についてあれこれ考えてはヘコんでたからなぁ。

 まさか、悠はそれを狙って私を引き入れたのか?いや、流石にそれはないか。いくら幼馴染みとはいえそこまで分かったら、それはもうエスパーの(たぐい)に入るだろう。


「立候補がいないならくじ引きで決めることになってしまいますよー?」


 東雲が再度呼びかける。

 今回はくじ引きになりそうだな。流石にあの願掛けはもうしないけど、当たったら嫌だなぁ。

 そう思った時だった。


「はいはーい!誰もやらないなら、オレやりまーす!」


 そう言って手を挙げたのは、ちょうど私の向かいに座っている男子生徒だった。くせ毛気味の茶髪に大きな瞳。人懐こそうに笑うその口からは八重歯が覗いている。身長は悠よりも低く、私と同じくらいだ。

 私はこの人を何度か見たことがある。いくら人の顔を覚えるのが苦手でも、アイツとよく一緒にいるヤツのことを覚えていないはずがない。

 応援に行ったサッカーの試合で、相手校のガードを楽々とすり抜けて何度もゴールを決めていた。


「引き受けてくれるんですね、ありがとうございます。えーっと…」


「3年3組、八神修哉(やがみしゅうや)です。よろしくお願いしまーす!」


 簡単に自己紹介をした八神に、パチパチと拍手が送られた。

 その後は八神が取り仕切り、話し合いは円滑に進められた。

 そして、会議は滞りなく終了する。

 私と悠は配られた資料をまとめ、会議室を出ようとした。


「そこのお二人さん、ちょっと待って!」


 呼び止める声に私たちは振り返る。その声の主は八神だった。


「僕達に何か用かな?」


 そう問いかける悠に、八神が応えた。


「いや、用ってほどのことじゃないんだけどね。二人ってさ、もしかして陽人(はると)の幼馴染みだったりする?」


 八神の口から出た名前に私は固まった。呼び止められて何となく予想はしていたが、当たって欲しくはなかった。

 返答できない私の代わりに悠が応える。


「確かにそうだけど、それが何?」


「いや、別に何でもないんだ。オレ、陽人とはサッカー部で一緒なんだよねー。もしかして知ってたかな?まぁ、それで幼馴染みのことも前に聞いたことがあってさ。さっき二人を見てもしかしたらって思ったんだ」


「そうだったのか。……それならこれで確認は済んだことだし、僕達は失礼するよ」


 そう言って、悠はやや強引に会話を打ち切った。彼に促されて私も会議室を出る。

 廊下を歩いている間も、私の心臓は激しく胸を打ちつけていた。彼の名前が出るだけで、こんなにも動揺するとは思わなかった。


「凪、大丈夫?」悠が心配そうに私の顔をのぞき込む。


「大丈夫だよ。さっきはありがとね」


「いいよ、別に。…八神修哉、陽人と一緒にサッカー部のエースって呼ばれてた人だね。しかも今は陽人と同じクラスだったはず」


 俯いて何かを考えていた悠は、顔を上げると遠慮がちに聞いてきた。


「……凪、まだあの事気にしてるの?」


「そりゃ気にするよ!だって……」


 その先をなんと言えば良いのか分からず、私は口ごもった。


「焦る必要は無いよ。気持ちが落ち着いてから考えれば良いと思う。……もちろん、凪がそれを望むなら、だけど」


 悠の言葉に、「そうだね」と小さく呟く。


「よし。…もうこんな時間か。少しお腹空いたな。帰りにコンビニにでも寄ってく?」


 ほんの少しだけ声のトーンを上げてそう訊ねる彼の顔を、私は横目で見た。

 悠はいつもそうやって私を心配してくれる。私はそれに甘えてばかりだ。今回の件だって私()()二人の問題なのに、関係ない彼を巻き込んでしまっている。本当にどうしたらいいんだろう。

 …いや、今は考えるのを止めよう。どうせすぐには解決案なんて出ないんだから。


  「…うん!」


 余計な考えを振り払う様に私は大きく頷き、一歩先に踏み出した悠の背中を追いかけた。






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