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それが恋だと気づくとき  作者: 砂川伊吹
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プロローグ

 

 右も左も分からない暗闇の中に、私はいた。身体にまとわりつく様な空気は生暖かく、それを不気味に思いながらも、何処(どこ)か安心感があった。遥か頭上から、一定のリズムを刻む音が聞こえる。その音に身を委ね、闇の中を揺蕩(たゆた)う。

 不意に眩しさを感じ、私は目を開けた。

 遥か前方から差し込む光の中に、人影が一つ。こちらを見ている。

 それを目にした瞬間、私の胸はズキズキと痛みだした。

 頭上から聞こえていた音はだんだん速く、大きくなり、胸の痛みもそれに呼応するように激しさを増していく。

 その痛みに耐えかね、私は影に向かって走り出そうとした。

 刹那、足元から何本もの鎖が飛び出し、私の身体を締め付ける。

 もがけばもがくほど身動きが取れなくなり、私は地面に倒れ込んだ。鎖は次々と出てきて、私を床に引きずり込もうとしている。渾身の力を振り絞っても、どうにか引き込まれないように堪えるだけが精一杯で、到底抜けられそうにはなかった。

 その間も、影はずっとこちらを見ていた。真っ黒だった身体に色が着き始め、だんだんとその表情が明らかになる。

 酷く歪められた唇、凍りつきそうな程に冷たい眼差し。まるで、汚物でも見ているかの様な顔だ。

 ふとそれが弛緩し、寂しげな表情に変わる。

 喉の奥から絞り出すような声で、“彼”は言い放った。


「もう…遅いんだよ……」


 その言葉は鋭利な刃となり、私の心を貫いた。

 彼は私に背を向け、歩き出した。

 私は彼を呼び止めようとした。だが、鎖が首を強く締め付け、それを邪魔した。

 その力は徐々に強くなり、声を発するどころか息をすることさえ苦しくなってくる。

 彼が歩みを止めることはなく、既にその姿は消えてしまいそうなほどに小さい。

 あぁ、やっぱり、もうアイツの隣には行けないんだな…。

 朦朧とした意識の中、私は今更ながらにそう思った。

 もっと早くに気づいていれば、変わっていたのだろうか。それとも、遅かれ早かれこうなる運命だったのか。それは分からない。

 少なくとも今分かるのは、もうあの頃には戻れないという事だけだ。

 なら、取り戻そうと足掻くことに何の意味があるのか。今こうしてもがいている私は、酷く無様だ。

 そう考えると、もう何もかもがどうでも良くなった。

 鎖の力に抗う気力も無くなり、全身から力が抜ける。

 その直後、私は暗闇の中へ引きずり込まれた。






「………っ!」


 気が付くと、ベッドで寝ていた。カーテンの隙間から太陽の光が漏れている。

 どうやら夢を見ていたらしい。

 身体はだるく、頭が痛い。意識は朦朧としていて、何も考えられなかった。だというのに、さっき見た夢の映像が脳裏を駆け巡り、胸の奥底から恐怖がせり上がってくる。

 仰向けのまま、首だけを動かして室内を見回した。

 机上に散らばる教科書。壁に掛けられた制服。いつもと同じ、見慣れた自分の部屋だ。

 その光景に少し安堵して、ホッと短く息を吐いた。まだ動きたくなかったので、布団を頭まですっぽりと被る。

 その時、階下から母の声が聞こえた。


「凪、そろそろ起きなさい!今日から二学期でしょ!」


 あぁ、そうか。今日から二学期が始まるんだっけ。

 そう思いながら枕元の時計に目をやると、ちょうど八時を指している。

 ………八時⁉︎

 それを見た瞬間、頭痛も胸のザワつきも何処(どこ)かへ吹っ飛んで行ってしまった。

 私は慌てて飛び起き、教科もろくに確認しないまま手当たり次第に教科書を鞄に詰め込んだ。急いで制服に着替え、転びそうになりながらも階段を二段飛ばしで駆け降りる。

 台所には朝食が用意されていた。私はコップに注いであった牛乳を一気飲みする。

 トーストを頬張りながら玄関に行き、履きなれた靴に足をかけた。


「行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい。気をつけて行くのよ」


 母の声を背中に受けながら玄関を飛び出す。

 遥か頭上に広がるのは、雲一つない澄み渡った青空。

 鞄をカゴに放り込んで自転車にまたがると、勢いよくペダルを踏み込んだ。






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