僕がネトゲでトッププレイヤーだった話
昨今のVRゲームジャンル小説において
"トッププレイヤー"
という単語をたびたび目にします。
トッププレイヤー。一番強いプレイヤー。プレイヤーの頂点。
先駆者であり、先行組であり、先達の熟練者。
総じて、そのゲームサーバー内の上位組 と言った意味合いで認知されています。
しかしそれは、何ら具体性のない「トップ」です。
一体何を持って「トップ」と言うのか。
プレイヤーランキングが無いゲームで、
個人スコアが無いゲームで、
運営によるトップ層の認定が無いゲームで――――
明確な判断基準が存在しないのに、どうして「トップ」だと言い切れるのか。
そこを疑問に思うネットゲーム経験者は、少なくないと思います。
そんな皆さんに、僕が一つの明確な解を用意しました。
それは『僕は過去にネットゲームのトッププレイヤーだった』という回答です。
そんな自賛を恥ずかしげもなくする僕が、どうしてそう言えるのか。
その理由をこの場で語り、"トッププレイヤーとは何なのか" という一つの答えを提示しようと思います。
これは全て、僕がしっかり経験した実際の出来事であり、全てがノン・フィクションです。
◇◇◇
○テイルズウィーバーのトッププレイヤーだった僕
・株式会社ネクソンより提供されている、斜めからの見下ろし2DMMORPG、『テイルズウィーバー』。
それなりにMMO界隈が賑わっている2004年9月にサービスが開始されたMMOであり、当初は「各キャラクターごとにシナリオがある」というのが一つの売りで、それなりの注目度を持っていた記憶があります。
そんな『テイルズウィーバー』の、オープンβ開始日。
僕はPCの前でガッツリ待機し、クライアントを何度も起動し直しては、βテストが始まるその時を心待ちにしていました。
何を隠そう、その時の僕と言えば、紛うことなきクソニート。
学生時代に貯めたバイト代を食いつぶしながら毎日を過ごす、どうしようもないゴミクズ人間がそこにいました。
起きたら真っ先にPCの「モニター」の電源を入れ、外出は食料の買い出しのための数日に一度。
テレビも見ないし予定もないので、曜日も日付も気にしない。
カーテンを開けなければ用事もないので、時間も昼夜も気にしない。
ひたすら毎日1Kのうさぎ小屋に篭って、PCに向き合うだけの生活をする、救いようのないカス野郎です。
時間は余るほどありました。
当然です。なにせ、寝ている時以外は自由時間なのですから。
そうして僕は、その有り余る時間をネットゲームに費やします。
UO、RO、PSOにPSU……レッドストーンやリネージュ、モンスターハンターは初代から全作プレイしましたし、時には海外のMMOにも手を付けました。
そんな、世のネットゲームを食らい付くしていた僕にとって、新しくサービスが開始される『テイルズウィーバー』は、決して見逃せる物ではなかったのです。
今思えば馬鹿丸出しの、「引きこもりネトゲ廃人が持つ使命感」と言ってもいいかもしれませんね。
さて、ともあれオープンβ開始です。
キャラクター作成画面では、メガネをかけたウザそうなキャラ「マキシミン」を選択しました。
理由は特にありません。「天空の城ラピュタ」に出てくる「ムスカ大佐」に似ているからとか、地味めで選ぶ人が少なそうだとか、そんなどうでもいい理由での選択でした。
それもそのはず。何しろこの『テイルズウィーバー』は、僕にとってのどうでもいい捨てゲーであり、約束された超クソゲー。
本域でプレイする気なんて毛頭無い、期待値ゼロのゲームだったのですから。
◇◇◇
こんな事を言ってしまうと、『テイルズウィーバー』に良い思い出を持っている方々は、不快に思うかもしれません。
しかし、あの時代において今作がクソゲー認定されていたのは、紛れもない事実なんです。
理由は大きく3つあります。
一つは『韓国産だから』。
あの時代の韓国産ゲームというのは、ネットゲーム全盛期の波に乗った粗悪品が量産される、酷い有様でありました。
似た世界観、似たレベリング、そして多くのバグに翻訳漏れや誤訳など。とにかくプレイヤーをうんざりさせる事が多かったんです。
それは色んな所で悪しざまに言われ、時には差別用語と組み合わせて呼ばれるような物でした。
(ここではその蔑称は言いませんが、耳にした経験のある方は少なくないと思います)
そして二つ目、『ネクソンだから』。
今現在、2018年で「糞運営」と言えば、どの企業を指すでしょうか?
僕は未だにPCゲームにしがみついている人間なので分かりかねますが、大体の場合それは「スマホゲームの運営会社」を指すのかなと思います。
しかし、僕は断言出来ます。
「あの時代の糞運営のほうが、今より遥かに酷い」と。
今サービスを継続している多くのネットゲーム、ひいてはスマートフォン用ゲームアプリは、その大体が「基本無料」であると思います。
しかしあの時代、RO等が全盛期だった頃は違います。
ゲームを始めるためには、まず1000~2000円の一ヶ月プレイチケットを購入し、その期間内のプレイ権利を先に買うという、「月額課金式」が主流だったのです。
そんな「月額課金式」で提供される、ネクソンが運営するネットゲーム。
いわば「お金を払い、サーバーに接続出来る権利を買うゲーム」において、日常的に起こっていたのが「接続障害」です。
考えても見て下さい。
お金を払い入場した食べ放題で、一時的にお店から閉め出される感じを。
フリーパスを購入した遊園地で、一定時間動けないように拘束される気持ちを。
ふざけんな! って思いますよね。
それを日常的にやっていたのが、ネクソンやガンホーからなる、あの時代の「糞運営」です。
緊急メンテナンス、謎のサーバー障害、一部マップのダウン……。
理由は多々あれど、とにかくそれが多い時代でした。
それに加えて、公式ホームページに告知が出る事もほとんどありません。
「なんか勝手にログアウトした」という状態のまま、1時間2時間平気で放置されるんです。
そしてふと、何の前触れもなくログインが可能になり、特に告知もないまま平常運転へと戻ります。
公式ホームページに「接続障害のお知らせ」が出る事のほうが稀です。
当然、今で言う「詫び石」のような物なんてある訳がありません。
雑な管理で突然落ちて、何の告知もなく再開するのが常々だったのです。
それが、『ネクソン』という運営でした。今ではマシになったのかもしれませんが、あの時どうしようもなかったのは紛れもない事実です。
ならば、ユーザーが期待しないのも道理でしょう。
そして、3つ目。これが一番大きな理由です。
それはこのゲームが、『キャラクター選択式だったから』。
今では珍しくもない、キャラクターと職業がセットになったネットゲーム。
それぞれに普通のRPGのようなシナリオが用意され、ストーリーを進めながらキャラクターを成長させる仕組みを持つ先駆け的な存在が、かの『テイルズウィーバー』でした。
それは確かに、RPGとしては間違っていないのかもしれません。
しかし僕は、ネットゲームにそういう物を求めていませんでした。
性別を選び、髪型を選び、出来る事なら身長や顔つきまでをもクリエイトし、自分だけのキャラクターで自分だけのファンタジー生活をしたかったのです。
だから、自由にキャラクリが出来ないこのゲームはクソゲーだと思いました。
そしてそんな意見は、2chやネトゲ仲間の間でも、多く見られる物でもありました。
多様性がない、個性が出せない、モデリングの手間を極限まで減らした省エネ思考の駄作だ、と。
と言っても僕に関しては、新しい物を受け入れる事の出来ない、引きこもりがゆえの保守的考えだったのかもしれませんが。
そんな様々な理由により、『テイルズウィーバー』への期待感は底をついた物でした。
ネトゲソムリエを自称するどうしようもない駄目人間が、自ら味見をしてクソゲー認定してやろうとしていた訳です。クズいですね。
◇◇◇
そんなこんなで、捨てゲーとして「マキシミン」で始めた僕は、クソニート特有の荒々しい時間の浪費で、みるみる内にレベルを上げました。
捨てゲーだからどうでもいい、捨てゲーだから先の事は考えない。
貯金なんて知った事か、消費アイテムはガンガン使う、とりあえず行ける所まで行ってやろう――そんな考えで、刹那的にプレイをしていました。
そんな『テイルズウィーバー』には、一つの有名なマップがありました。
記憶が朧げで申し訳ないのですが、広い草原の中央にいくつか樹が生えている、初期街からほど近い所にあったマップです。
そのマップは、レベルが高い敵が現れるというのに、多くの人が訪れる場所でした。
多くのプレイヤーが何度も何度も死んでは再び訪れ、敵から身を隠しながら中央を目指す――――そんな無茶が日常的に行われる不思議なマップ。
そんな無茶をするプレイヤーたちが一心不乱狙っていたのが、中央の樹から取れる色とりどりの木の実です。
その木の実の効果は、「髪や服の染色が出来る」という物。
職業も選べないし、髪型も変えられない。その上色すら選べない。
誰も彼もが同じキャラクターを操作して、個性を出す事なんて叶わない。
そんな、僕がクソゲーである理由として上げた3つ目、キャラクタークリエイトが出来ないという部分を僅かながらに解消出来るのが、「髪や服の染色が出来る」効果を持つ木の実でした。
だから、とっても需要が高かったんです。
勘の良い方であればもうお分かりかと思います。
僕は、MPKをしました。
MPK。モンスター・プレイヤー・キル。
モンスターを引き連れ、それを他のプレイヤーに押し付ける事で、プレイヤーをキルする行為です。
それは明確な迷惑行為であり、あの時代では「ノーマナー行為」と呼ばれていました。
しかしそれは、バレたらの話です。
四六時中ネットゲームに明け暮れていた僕にとって、クリックゲーのキャラクター操作など手足を動かすようなもの。
自他の視界を把握し、僕の姿が見えないギリギリのラインに強力なモンスターを誘き寄せ、モンスターのランダムな移動で木の実の樹周辺のプレイヤーを感知するよう仕向ける事など造作もありません。
それに、どうでもいいクソゲーだと思ってプレイした僕にとっては、バレて晒される危険性などあってないようなもの。
慎重に、時には大胆にモンスターを誘導した僕は、マップ内を掃除しきった後に、マップの入り口にモンスターをかき集めました。
入り口の封鎖です。ゲスいですね。
そうして邪魔なプレイヤーを排除し、モンスターを一人で倒してまんまと木の実を独占した僕は、その時メインの街であった海沿いの街で、木の実の市場を掌握しました。
不人気の色を安く売り、人気の色を高く売る。
徐々に底値を上げて行き、ついには相場の2倍でも売れるようになりました。
それもそのはず。
キャラクターをお洒落に飾りたいのであれば、木の実を使う以外にない。
だけどその木の実を取りに行けば、謎のノーマナープレイヤーにMPKされる。
だから多少高くても、僕の店で買うしかないんです。
それがどれだけ怪しかろうと、それを売っているのは僕だけなのですから。
お洒落を求めるプレイヤーは、往々にしてカジュアルプレイヤー。
レベリングの効率が悪く、中々木の実の樹周辺の敵を倒すほど成長しません。
そしてそれを処理できる高レベルプレイヤーは、染色なんかにうつつを抜かしている暇のない、ガチ勢ばかりでした。
先を考えないアイテムの浪費によるスタートダッシュが、僕の木の実独占期間を伸ばす手助けをした形です。
◇◇◇
しかし、そうしている内にプレイヤーの平均レベルも上がり、木の実周辺のモンスターを狩る事が出来るプレイヤーもちらほら出始めます。
そうなったのなら、もう木の実での稼ぎは見込めません。
なので僕は、まだまだ木の実に旨味が残る内から、次の稼ぎを探し始めました。
『テイルズウィーバー』は、韓国産のゲームです。
ですので、日本には日本語にローカライズされてから提供されるという、タイムラグがありました。
そこに目をつけた僕は、韓国語の『テイルズウィーバー』の攻略サイトを必死で読み漁り、翻訳サイトにかけ、条件に合うアイテムを探し始めます。
(ちなみにそんな、先行サービスが提供されている海外のサイトで情報収集する事は、今でこそメジャーな方法とされていますが、あの頃はそれをする人が少なかった記憶があります。少なくともたかがオープンβでそれをする人は、あまり居なかったでしょう)
訳のわからないハングルの海、まるで知らない韓国版の最新情報。
そんな中でついに見つけた、あちらでは終わった装備。
それは、一部にしか需要のない「武器」ではなく。
それは、単価が小さい「アイテム」などではなく。
一つの装備で、それなりに低レベルから装備が可能な、つなぎの防具。
名前は『角兜』みたいな感じの、レア頭装備だったと思います。
序盤から中盤にかけて長い間使える、今でいう「ユニクロ装備」のような感じでしょうか。
そう。ユニクロです。定番で、汎用で、理想です。
その韓国で広く知れ渡った「ポピュラー」を、僕が日本で流通させる事に決めました。
その日から、僕の本格的な『テイルズウィーバー』廃人生活が始まります。
◇◇◇
と言っても、それは単純明快な物です。
ただ、狩りをするだけ。
未だ日本では誰もたどり着けない『角兜』をドロップするモンスターが生息する狩場へ行って、ベリーで稼いだお金で湯水の如くポーションを使い、無理やり最大効率で狩るだけです。
起きたら狩り。ご飯は一日一回、簡単な物をサクっと済ませ、とにかく狩り。
幸いBOTに不向きな狩場だったので、貸し切りマップを丁寧に巡回しながら、ひたすら無心で狩りをしました。
たまに疲労を感じたら、スキルを使わないゆっくりめな狩りです。
一度の戦闘にかかる労力が減ると、リアルの体力が回復するんです。
「ガチの狩り」を続け、疲れたら「手抜きの狩り」という休憩を取る。その繰り返しでした。
ゲーム関係にどっぷり浸かっていると、時折「熱心にゲームをする」という言葉を目にします。
そしてそれを見るたび、廃人とは真逆だな、と思います。
ネトゲ廃人の狩りとは、呼吸のような物です。
それをするのが当然であるし、していないと落ち着かないほどにもなります。
人間が呼吸をしないと死ぬように、ネトゲ廃人は狩りをしないと死ぬんです。
熱意は邪魔です。ひたすら無で、息を吸って吐くように、当たり前にすることが大切なんです。
とにかく、クリックをし続けました。
ある意味トランス状態で、脳が命令を出す間もなく、自然に動いていました。
マップを隅々まで把握し、モンスターの湧き位置を把握し、最高の効率で動く事を体が覚えています。
消耗品のポーションがなくなる事を、確認せずともわかるようになっていました。
狂人です。完全にイカれています。
自分でもどん引きですし、人生の汚点とも言えるでしょう。
しかし、あの時は、それが何よりの生きがいだったのかもしれません。
そうしたクレイジーな時間は、それでもきちんと結果を出しました。
辛かった戦闘は徐々に楽になり、最大の効率が形をなしてきて、僕の狩りは軌道に乗り始めます。
そしてとうとう、『角兜』の量産体勢に入りました。
◇◇◇
その時の『角兜』の相場は、およそ2M。200万です。
それは僕が、消費アイテム使用量とドロップ率を計算し、30%利益が出るようにした金額でした。
一つに付き、利益は70万。ドロップ率を考えれば、とても大儲けとは言えない金額です。
誰も売らない理想の装備。それは3Mでも、3.5Mでも売れたかもしれません。
しかし、そうする必要がありました。少し安い金額で売る必要が。
誰もに有用な『角兜』。
売っているのはもちろん僕だけでしたが、だからと言ってべらぼうな値段にするのは悪手です。
何しろそれは、見た目装備ではなく実用装備。ある程度流通させ、その有用さを知らしめる必要があるのです。
性能に対して、少し安い。そんな金額設定であるからこそ日本で「ユニクロ」となり、序盤の目標となるだろうと踏んでの、先行投資のような物でした。
かくしてそんな『角兜』は、立派な「ユニクロ」となり、"とりあえず買え" と言われる地位に収まりました。
僕がいつも露店を開いていた定位置は、2chで "角兜が欲しければあそこに行け" と言われる程度に認知され、補充するたび飛ぶように売れました。
低価格がゆえの、転売の可能性もありました。
しかしそれを許さない速度で、僕が2Mで売りました。
転売屋はその手間を考えれば、どうしても3~5割程度の利益を求めるもの。
今3Mで買うか、明日2Mで買うかを考えた時、今を選ぶ人はほとんど居なかったのか、転売屋はすぐに消えて行きました。
僕が日本における「ユニクロ」を作り出し、全てのプレイヤーが僕の『角兜』を求める日々は、とても充実した物でした。
時には露店の開設待ちが現れるほど、高い需要をキープする事が出来ました。
ネトゲ廃人の本懐これにあり、と言った、全能感が僕を包み込みます。
しかし、それは永遠に続く物ではありません。
訪れるのは、需要の折返し地点。
メモ帳に記録されていた一日の売上が横ばいになり、ついに一日の販売個数が傾いたその日。
僕はきっぱりと『角兜狩り』を止め、次の狩場へ向かいます。
『角兜狩り』の同業者が一人でも産まれた瞬間に、理想の効率は求められなくなると思ったからです。
競争はしません。効率が悪いから。
◇◇◇
そんな僕の次なる目標は、今までとは変わった物となりました。
それは、常日頃からチェックしていた2chの『テイルズウィーバー』のスレで、ちょくちょく気になる書き込みがあったからです。
曰く、「ナヤトレイ」が最強だ、と。
韓国人が放流したBOT(自動狩りプログラム)は全て「ナヤトレイ」というキャラクターであり、「木ノ葉隠れ」というチート級スキルでノーダメージの狩りをしている、と。
性能が段違いで、あれこそ一番に強いキャラクターだ、と。
そして更には、キャラクターの格付け一覧で、最も下に位置するのが僕の「マキシミン」だともされていました。
イラつきました。
確かにBOTの大半は僕よりレベルが高く、より上位の狩場にいます。
しかしそれは、韓国で最適化されたBOTの話であり、日本プレイヤーによって見つけられた「最強」では無い物です。
少なくとも肉入り(BOTではなく、実際のプレイヤーが操作するキャラクター)の最先端は、僕です。
そうでなければ、『角兜』がドロップする上に経験値効率がいい、それでいてBOTに不向きな狩場に僕しかいない事の説明がつきません。
何も知らない低レベルが、したり顔で格付けをしている。
浅はかな知識で「ナヤトレイ」が最強とし、僕の「マキシミン」を最弱だとあざ笑う。
ふざけるな、と思いました。
それを決めるのはお前らじゃない、上位者であるこの僕だ。
僕が流した『角兜』を定番装備だなんだとはしゃいでいるくせに、どうしてそんな舐めた口が聞けるのか。
思い知らせてやろう、と思いました。
金はある。装備も揃えた。知識は先行サービス国仕込みの物を持っている。
共に歩んできた「マキシミン」と共に、BOTに出来ない狩りをして、機械を超え、僕と僕のキャラクターを下に見た奴らに、思い知らせてやろう、と。
「BOTが操るナヤトレイ」よりも、「僕が操るマキシミン」のほうが上であるという事を、見せつけてやろうと決めました。
そうして始めたのが、金銭効率を度外視した、経験値だけを求める狩りでした。
貯めたお金とリアルの時間、その全てを使い切る勢いで、僕はレベルを上げ始めたのです。
◇◇◇
僕は知っていました。
「ナヤトレイ」は確かに強い。
「木ノ葉隠れ」というスキルを上手く回せば、まるでダメージを受けずに立ち回れる。
その上移動速度も早く、手数も多い。
まさにBOTのためにあるようなキャラクターです。
しかしそれは、あくまで頭の悪いBOTに向いているキャラクター。
格下が相手でなければ上手く回らず、効率よりは継戦に優れた性能を持っているものです。
つまる所「ナヤトレイ」がその力を発揮するのは、格下狩りという限られた状況下だけの物。
決して最高効率を弾き出せると言える物ではありません。
ならば十分、勝ちの目はあります。
幸い絶え間ない『角兜狩り』で、レベルでさほど遅れを取っている訳ではありませんでした。
そうして僕は、韓国の攻略サイトを参考にしながら、出来うる限りの格上狩りをするようになりました。
来る日も来る日も、というのは正しくありません。
眠くなったら寝る、起きたら狩りをする。それだけなので、日にちの経過はあってないような物だから。
昼夜を問わないネットゲームに生きる廃人生活は、1時間辺りの効率を考えるだけの物であり、日数は関係ありませんでした。
とにもかくにも、レベル上げ。
何しろ相手は自動人形。食事も排泄もしなければ、睡眠だなんてもってのほか。
それに勝つべくレベル上げをするのだから、より一層人として狂った時間を過ごし続ける必要がありました。
遮二無二、我武者羅、一心不乱。
起きているのか寝ているのかもわからないほど、意識と無意識の狭間でクリックを続ける無限の時間。
出来る限りに減らした食事を、考えうる最高のタイミング――キャラクターの操作が必要のない時にささっとパンをひとかじりし、片手で操作出来る合間を狙ってゼリー飲料を飲み干して。
目指すのは、自分の中での達成だけ。
ただひたすらに、ネトゲ廃人が持つゴミのようなプライドを守るため。
顔の見えない匿名相手に、有無を言わさぬ勝利宣言をし、「マキシミンは弱い」という考えを改めさせるため。
そのためだけに人の生活を捨て、『テイルズウィーバー』世界の中だけで、しばらくの間生きていました。
◇◇◇
ある日、僕はスクリーンショットをアップしました。
それは日本で誰も見た事のないマップに立って、誰も見た事のない装備をつけた、信じられない高レベルの最弱キャラ――「マキシミン」のSSです。
2chはそこそこ湧きました。
「すげえ」だの「どこだよここ」だの「マキシ!?」だの、そんなつまんない反応です。
当たり前ですが、誰も敗北宣言なんてしませんでした。
僕の「マキシミン」を弱いと言っていた奴らは、それを見たかどうかもわかりません。どこにいるのかもわかりません。
だけど僕は、とても満足でした。
SSのURL以外何も書かないそのレスに、ありったけを込めたから。
「どうだ」
「見たか」
「僕はBOTよりも誰よりも、抜群にレベルが高いんだ」
「僕がトッププレイヤーだ」
「お前らのマキシは雑魚かもしれないが、僕のマキシはこれほど強いんだ」
「これを見たらもう、適当な事を言うんじゃないぞ」
顔の見えない相手に向けた、万感の思いを込めた勝利宣言。
それは僕の中で、全部が完結している物でした。
だから、びっくりして貰うだけで僕は満足でした。
そして僕は、レベル上げを止めました。
正直そろそろ、マジでリアルに死ぬんじゃないかと思っていましたし、やれる事は十分やりきったと思ったからです。
その後はバレバレのネカマに物をねだられたり、ふらっと入ったギルド内で男vs女の小学生抗争みたいな事もあったりしましたが、その頃はすっかり熱も冷め、『テイルズウィーバー』の世界から自然にフェードアウトしていました。
僕が確かにトッププレイヤーになった、僕の『テイルズウィーバー』は、そうして始まり、そうして終わって行きました。
◇◇◇
という訳で。
モラルを捨てて他者を蹴落とし、全力で情報を集め、リアルをとことん捨ててレベル上げをした結果が、自分なりの『テイルズウィーバー』のトッププレイヤーへと至る道でした。
それはとてもか細いもので、オープンβ期間中だけの、ほんの一時的なもの。
しかしそれでも、出来る事を全てやり尽くして、弛まぬ努力の結果作り上げたのが、他者の賛辞とトップである自覚です。
これがネットゲームにおける「トッププレイヤー」の一つの解であり、その作り方です。
正直な所、我ながら頭がおかしいと思います。
MPKとか最悪のクズですし、相場操作も相当なワルです。
そしてとにかく、目を背けたくなるような廃人ぶりは、今思い出しても寒気がするほどです。
しかし、ネットゲームで頂点に立つというのは、そういう物。
皆が「誰より強くなりたい」と願っている世界で、実際に誰よりも強くなるには、他の人の何倍も頑張らないといけないのは当然の事です。
やっている事はネトゲのレベル上げというゴミみたいな行いですが、それはあの世界において確かに努力であり、研鑽なんです。
僕が到達したトッププレイヤーという頂は、幸運による物ではありません。
必要な事をきちんとやって、他のプレイヤーよりも真剣に、長い時間一生懸命頑張った結果ようやく辿り着けた到達点です。
「僕は誰より頑張った」という自負と「僕に並び立つ者は居ない」という自認をばちこり自覚したからこその、自称トッププレイヤーです。
僕は、そうしたゴミクズ廃人期間を恥だとは思っていません。
たかがゲームに夢中だとか、ネトゲのレベルアップはリアルのレベルダウンだとか言われたりもしますけど、それでも僕がとても満足したのは事実なのですから。
それにそもそも、ネトゲをプレイするなら誰もが一度は、その世界で一番になりたいと願うもの。
僕が叶えた「一番」は、誰の保証もない物ですが、僕の中ではきちんと叶った「一番」です。
そうなりたいと願った目標を、自分が納得出来るまでやりきれた事は、僕の誇りある自己満足です。
これが一つの、トップの形。
頭がおかしいネトゲ廃人の生き様で、やりきったクズ底辺の話でした。
そんなトッププレイヤーになった経験は、もう2つあります。
『シールオンライン』でチーターとしてチーターとシノギを削った歴史と
『アラド戦記』の対人界隈で、トップの地位を維持し続けた歴史です。
そのどちらも確かに頂点に上り詰めた、僕の自慢の思い出話です。
それはここでは語りませんが、そういう形のトップな時代もありました。
ネトゲ廃人というのは、どこの世界でも、そういう感じなんです。
※本文中の運営会社やゲーム名等は実在の物ですが、貶す目的で出している物ではありません。
その時代に一人のネットゲーマーとして感じた事をそのまま言っているだけであり、僕にとっては全てが事実です。
※本文中の細かい部分(アイテムの名称や性能などの各データ)はオープンβ当時の物であり、なおかつ記憶が曖昧な部分があります。