第三十一話 バーテンダー、悪の強さ。
オーナーは〈掟の星〉救済センターの建物からダンゴウの香りがすると言っていた。
「団子?」
グラマンザ橋へ団子を食べに行くのはトキマルがハンモックから降りる数少ない理由のひとつだ。
「談合。国がでかい建物つくるとき、建築屋に入札させる。それで一番安い値段出したやつが仕事をゲットできる。そこで値段を知っている役人をノーパンしゃぶしゃぶで接待して、入札価格をきき出して、その値段で入札する。でかい建築屋たちが持ち回りで仕事を入札していく。本来ならコストカットされるはずの国民の税金をがんがんかすめ取られるわけだが、何かの拍子に建築屋のなかのひとつが仲間外れにされると、そいつが腹いせに検察に垂れ込む。あいつら、談合してまっせ、って。結局、ゼネコンはマフィアじゃないからな。沈黙の掟がない。株式会社の社長にはぶち込まれても口を割らないって気合がない。パクられて、ちょっとデコピン食らっただけで密告者になる。もちろん、リトル・ニッキー・レンジリーは当局に寝返った。でも、結局、ウェールズ系だからな。イタリア系じゃない」
オーナー曰く、この手の第三セクターを廃墟ウォーカーは崇拝するべきなそうだ。
というのも、その第三セクターという連中は廃墟量産機らしい。
何百億という気の遠くなるような金をかけてつくったメロン博物館の一年の利用者が二桁を超えないとか、田舎につくりすぎて利用者のいない大学とかを談合でつくり、つくって数年も経たずに廃墟になるのだ。
そんな多額の公金を無駄に費消して、責任者は斬首にならないのかときいたが、斬首になるどころか、よくぞ金を無駄にしてくれたと褒めたたえられ、栄転するらしい。
そんなことになれば、民衆が黙っていないだろう、その責任者の家を囲んで火をつけ、鎮圧に三日はかかる暴動が起きるのではないかときいたが、起こることはない。
オーナーの国の人びとは大人しいそうだ。
だいたい、そんな無駄遣いはオーナーの国にはあちこちにあふれているから、そんなことでいちいち蜂起していたら、日々の暮らしが立ちゆかない。
「恐ろしく金があったんだな。オーナーの国は」
「それは否定しない」
〈掟の星〉救済センターはいくつもの大きな建物の集合体だった。
救済。その言葉にはみな思うところがある。
おれはオーナーに会うまで、そんなものは存在しないと思っていた。
オーナーは自覚していないが、オーナーは正義では救われない人間、拾いきれない人間を拾い、救っている。
悪も偽善も独善も消化し開き直る強さがオーナーにはあるのだ。
ヨシュアたちが惹かれる理由が少し分かる――別におれは同性愛者じゃないが。
イースにどう思われているのかは分からない。
イースは……優しい男だ。優しすぎるくらいだ。
だからこそ、あのとき、組織はエステスの殺害をイースに命じた。
忠誠を試すために。
……エステス。
その名前を思い出すと、自分は救われるに値しないのだと思ってしまう。
たいていのやつに襲われたら、オーナーのためにも死ぬわけにはいかないと思って戦える。
でも、イースが相手だと……おれは殺されることでしか、イースを救えないのかもしれないと思ってしまう。
オーナーのような強さが欲しい。
救われようのない人間を救える強さが。
「おい」
イースに肩を叩かれた。
「偵察だ。行くぞ」
――†――†――†――
救済センター。
そのまわりにはおびただしい数の人骨が土手のように盛り上がっている。
終わりのない戦争から逃れた人びとが押し寄せたのを、何か兵器を使ってひとり残らずなぎ倒したらしい。
オーナーの言う通り、救済センターは本当に救済を考えてはいない。
おそらく人間的な意味では。
「イース」
「なんだ?」
骨の川を渡りながら不機嫌に返す。
「お前から何かしようと持ちかけるのは珍しいな」
「ふん。あのメンバーなら、おれとお前で偵察するしかない。論理的に考えただけだ」
「おれを選んでくれてありがとう、って言ってもいいか?」
イースは救済センターの建物を見ながら、おれのほうに腕を伸ばし、親指を下に向けた。
見たところ、敵は見えないし、その気配もない。
罠があるかもしれないと思って、目を凝らすが、不自然に盛り上がった床や落ちてくる雪を宙で割るワイヤーもない。
「イース。オーナーをどう思う?」
「気にいらない」
「そうか」
「……」
「エステスのことを――」
「勘違いするな」
立ち止まり、イースが睨む。
「お前が余計なことをしなくても、おれの手で処分できた」
「そうか。おれはてっきり――」
「だから、お前は逃げた。余計な感傷が多すぎる」
「それは否定しない。おれはあのまま、おれとお前とエステスの三人で、ずっとずっと人を殺し続けるんだと思っていた。何も頼れない世界で三人だけ。だが、そうじゃなかった」
「結局、最後は孤独が待つ。それが暗殺者の宿命だ」
「それは違う。違うんだ。イース。同じ悪でもまったく異なる悪に身を置いた。その悪はこれまでおれが見たりきいたりした、どの悪よりも大きく、強く、そして……温かい」
「やわなことを。どうして、お前をさっさと殺さないのか。分からなくなってきた」
「……おれを殺した後も、組織に居続けるのか?」
「当然だ」
「それは嘘だ」
「嘘などではない」
「おれが抜けるとき、オーナーは組織と話をつけた。おれはクルス・ファミリーの身内になった、と。そのおれを襲うことはクルス・ファミリーと抗争になるということだ。だから、組織はおれを殺すことをお前に許可しない」
「――それが、どうした?」
「イース……おれと一緒にファミリーに来ないか?」
「さっきも言った通りだ。最後は孤独だけが待つ。それが暗殺者の宿命だ」
そして、イースはこの話を終わらせるためにオーナーたちを大声で呼んだ。




