第五話 ラケッティア、ニートの星。
〈樹の星〉。
それがこの星の名前だ。
ちなみにこのあたりには〈水の星〉や〈砂の星〉もあるらしい。
命名者は物事を簡潔に考えることについての強迫観念でもあったのだろうか。
ともあれ、この星は樹が世界の端っこまでびっしり生えている。滝ではない。
だから、自分では森のなかを歩いているはずなのに、ひょいと足を踏み外して宇宙の底まで落っこちることもある。
「ヘイ、シップ。飛べそう?」
「無理ですね。飛べそうにありません」
「それって『もう二度と飛べないからお前らこのジャングルで朽ち果てるがいい』的な飛べない? それとも『部品交換すれば飛べるから部品探してこいよオラ』的な飛べない?」
「後者ですね。あと、焼きそばパンとフルーツ牛乳も買ってきてください」
「おれはパシリか? って、え、百万年前の宇宙には焼きそばパンとフルーツ牛乳があったの?」
「いえ、存在しません。来栖さんの文化レベルから推測して打ち解けやすい言い回しに合わせたんです。悪いとは思いましたが、みなさんの頭脳を勝手にスキャンしました。星の人たちとも会話できるよう、ちょっと脳をいじる必要があったので」
「いじるって。金属片とか埋め込むやつ?」
「それでは頭脳までしか埋め込みができません。もっと深いところに埋め込むには別の方法を使わないといけませんからね」
「それ、すげえ怖いんだけど」
「じゃあ、シップのブラッダはカルリエドもいじっただや?」
「まじサタンな話、いじりましたんよ~」
「おれの頭も見たのか?」
イスラントがたずねると、シップはうれしそうに、
「はい。乗組員のなかではかっこよさではあなたとジャックさんが同率一位でしたよ」
「ふん。ヨハネと一緒にするな。暗殺者にかっこよさなど必要ない」
艦橋の扉が開かれ、ジャックとギル・ローがふらふらになってあらわれた。
「どうにか全員生きていたらしいな。オーナー、無事か?」
「この通り無事だ。そっちも無事らしいな」
「ああ」
ジャックを見ても、イスラントは襲いかからず、代わりに、ぷいっ、とそっぽを向いた。
「しかし、シップ。あの敵はなんなんだ?」
「あれはフレイアからやってきたようですね。おそらくボクらがフレイアに近づくのを妨げようとしているようです」
「まるでエロ本見られたくないから母ちゃんを自分の部屋に入れまいと必死になる男子高校生みたいだな。で、フレイアっていったいどんな星なんだ? ほら、このへんの簡潔明瞭過ぎてひねりもない命名基準で言うとさ」
「〈滅びの星〉です」
「滅んじゃったの?」
「はい。もともとは〈古の女神の星〉と呼ばれていました」
「〈樹の星〉〈水の星〉と比べると進歩したな」
「実際、科学技術ではフレイアが最先端をいっていました。星と星を渡る船や時間を操る技術、それに人型汎用兵器たち。全ての星がフレイアの支配下に落ちてもおかしくはありませんでしたが、そうはなりませんでした。強大な力を得れば、それを独占したくなる。フレイアはその高い科学技術を自分たちに向け、殺し合い、滅んでしまったのです」
「こんな宇宙にいても、欲の皮の突っ張ったエピソードに事欠かないなんてなあ。しかし、なんで、フレイはそんな星の名前を口にして消えちまったんだろう? いま、フレイアには何があるんだ?」
「ボクにも分かりません」
「まあ、そのへんの話はあとで調べるとして、おれたち、ここでぐずぐずしててもしょうがないんだろ? 修理に必要なものを探しに行こう」
「待ってください。ボクもついていきます」
シップの幻影が浮かび上がるのだが、それを見て、ジャックがブッ!と吹いてしまった。
宙で薄青に光るシップは十三歳くらいの少年の姿をしていたのだが、その姿がイスラントにそっくりなのだ。
銀髪、碧眼、美形。十三歳くらいのころのイスラントがこうであったであろうと思われるちびっこイース。
服も同じだ。ダークブルーの袖なしハイネックに同じ色の二の腕半ばまである長い手袋をつけ、ベルトからは剣のない剣吊り金具がぶらぶらしている。
そういえば、脳みそスキャンしたとき、一番かっこよかったと言っていたな。
百万年前につくられたにしては素直だ。
本物とよく似ているが、本物よりもずっと可愛げがある。
「この格好、どうでしょう?」
たずねられたジャックはイスラントのほうを見ながら、微笑ましそうな顔をする。
「いいんじゃないか? その姿が似合うやつはお前とあとひとりしかいない」
こんなふうに人をいじるのはジャックにしては珍しい、というか初めて見たかもしれん。
イスラントはというと、からかわれたことに気づいたのだろう。顔を、ぷいっ、として、
「くそっ。いつか必ず殺す」
と、みんなにきこえるくらいの声でつぶやいた。
こいつ、恥ずかしくなると、ぷいっ、とする癖があるな。
ただ、シップはそのへん素直過ぎて分かっていないのか、ちょっと悲しそうな顔をして、イスラントにたずねた。
「ご迷惑でしたか?」
「別に……迷惑とは言っていない」
コマッタコマッタなしかめ面で、ぷいっ。
分かりやすいツンデレだな。ジャックもさぞいじり甲斐があるだろう。
「そういや、さっきからお前ら大人しいね? もう殺し合うのはやめたの?」
「やめたわけじゃない。ただ――」
「ただ?」
「――さっきの戦いで借りができた。殺すのはその借りを返してからだ」
こいつのアタマにぴこんと仲間になりますフラグが立つのが見えたが、何も言わないでおこう。
――†――†――†――
宇宙から吹く無味無臭な風が濃厚なジャングルを通過すると、甘ったるい腐臭がする。
緑の天井から夕日みたいに熟れ落ちる果実、獣道に散らばる小動物の骨、森をきしませる光合成、腐葉土にしがみつく木漏れ日、マサイ族並みに目のいい熟練暗殺者たちの視界を五十センチにまで狭める蔓植物の壁。
その全てが甘ったるい。
ジャングルというのは育つのにも朽ちるのにも甘ったるいにおいを空気中に発散するものらしい。
シップ曰く、この星には〈樹人〉と呼ばれる宇宙人が住んでいるらしい。
友好的、というか、無気力な連中で、それというのも光合成ができるから。
太陽(?)にあたっているだけでお腹がいっぱいになるから、勤労意欲が皆無。
物事を発展させようとか進化させようという気概がない。
樹人たちは太陽が当たらなかったら歩く。水も喉が渇いたら汲んで飲む。
そして、ひがな一日、ひなたぼっこをする。
星ぐるみのニート。それが樹人なのだ。
一度根を下ろしたらそこで勝負するしかない普通の植物のほうが気合が入っている。
「その樹人たちが神と崇める……というか、まだ崇めているかもしれないドリアードの心臓という赤い鉱石がボクの修理に必要です」
「その崇めているかもしれない、ってのは――」
「最後に樹人を見たのは百万年前ですからね。まだ崇めているかどうかは分かりません。ただ、樹人は面倒くさがりですから、新しい信仰をわざわざつくるとは思えないので、たぶんまだあるはず」
だが、とギル・ロー。
「そんなに面倒くさがりなら、そもそも何かを信仰することを面倒くさがるかもしれない」
「実は、その可能性が大いにあります」
「仮に信仰がまだ続いていたとして、樹人にとって神として崇められるものをおれたちがシップの修理のために持ち出すのはヤバいんじゃないのか?」
「ああ、それなら心配ありません。心臓を盗んでも、彼らは追いかけたりしません。面倒くさいから」
「いろいろおかしなことになっているな」
ケ、ケ、ケと鳴くトカゲ鳥がちょこちょこ走ってはこちらを振り返るのを十七回繰り返したら、密林のなかから初めて文明らしきものがあらわれた。
皮の白いどろっと溶けたチーズのような樹にのしかかられた石の堆積だが、苔をはがすと、窒息した古代寺院の回廊があらわれた。
内側にはびっしりとおっぱい丸出しのチンパンジーみたいな女神さまがコマ送りみたいに彫られていて、このなかでコマみたいに高速回転すれば、チンパンジーの女神が踊るような動きを見せるはずだ。
それを神秘体験として売りにしていたのだとしたら、この宗教の創設者はなかなかの切れ者だな。
しかし、石にコツコツ微妙に姿が異なる女神をえんえんと彫り続けるようなことが樹人たちにできるのだろうか?
「まず、できないでしょうね」
「やっぱりな」
「樹人たちはこうした古代遺跡をそのまま町として使っているんです。自分たちで都市をつくるのが面倒くさいらしくて」
「樹人たちが住んでる遺跡はもうすぐ?」
「はい。〈光の都〉と呼ばれる遺跡群に住んでいるはずです」
ぶくぶくぶく!
百万年の悠久の歴史に思いをはせようとしたら、イスラントが泡を吹く音がきこえてきた。
「まったく、あいつら~」
遺跡のある窪地から這い上がると、ジャックがイスラントを近くの茂みから引っ張り出しているのにぶつかった。
「今度は何で倒れたんだ?」
「あっちの茂みの奥だ」
「あっち?」
あっち、には真っ二つに切断された人間の死体があった。




