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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第三十話 忍者、三度の試練。

「う、――」


 どこかに飛び去っていた意識が体のなかに落ちてきて、肉体が必死になって精神をつなぎとめようと爪を立てる。


 痺れていた四肢が一つずつ感覚を取り戻すと、針の穴ほどだった視界がゆらめきながら広がっていった。


「おや、起きたか?」


 声に体が反応した。鍛え叩き込んだ本能がトキマルを寝台から飛び跳ねさせ、二本の指が相手の両目へ伸びた。


「待った、待った」


 老人の睫毛が触れるくらいの位置で指がぴたりと止まる。


「お前さん、わしを間合いに入れてからずいぶん長いこと意識を失っていた。殺そうと思ってるなら、寝ているうちに殺してるさね。その物騒な指を下げて、自分の寝台に座ったらどうだ?」


 つかんでいた老人の肩を離し、ゆっくりと後ろに下がる。


 小柄な老人だ。手に持ったブリキのカップを愛おしそうに撫でまわし、ときどき肩を震わせて笑ったりする。


「おれ、どのくらい気を失ってた?」


「ざっと三時間」


 修業が足りないな。あれくらいの逆さ吊りで。


「きいたよ。入った早々、ナウドの鼻の骨を潰したって?」


「なんだよ。じーさん。あいつのファンか?」


「ここにあいつのファンなんておらん。以前、あいつのファンを自称していた男の子専門の強姦殺人鬼がいたが、処刑された。ここに来る途中、首吊り縄にボロ切れみたいなものがぶらさがっていただろう。やつだよ」


「おっかねー」


「おっかないのはこれからだ。やつらは〈試験〉をする」


 最初の〈試験〉は翌日、橋の上で起きた。

 労役場と牢屋の塔を結ぶ石の橋の上で頭の毛を剃り竜の姿を刺青した男がトキマルの前に立ちはだかった。


「おれに借りてるカネがあるだろ?」


「おれ、昨日、ここ来たばっかし」


「お前はおれに銀貨二十枚を返さないといけない。払えないなら――」


「めんどくせー。どけよ」


「いいとも。通れ」


 刺青男は橋の片側に寄った。


 トキマルは男の横をすり抜けようとしたが、この後、何が起こるかくらいは分かっていた。


 刺青男の繰り出した蹴りを半身をひねってかわすと、肘を真上から相手の膝頭へ打ち下ろした。


 刺青男の膝は奇妙な方向に曲がった。

 トキマルはもう一度同じところに鋭い蹴り下ろしを見舞い、膝を完璧に叩き折った。


 二度目の〈試験〉は二対一。浴場でだった。


 赤髭と黒髭が先を研いだ鏝を手に現れた。

 他の囚人はいつのまにか姿を消していて、トキマルは腰に布を巻きつけただけの状態、浴場は上の回廊から看守たちがぬるま湯をかける仕組みだったので、手桶すらない。


 コンビとして息があっていたことは認めなければいけない。

 外では名うての殺し屋だったに違いない。


 だが、忍びの敵ではない。


 わずかに生じた動きのずれに素早く付け入り、手刀で赤髭の喉を潰すと、腕をねじりながら後ろにまわり、黒髭がふるった鏝の餌食にした。

 赤髭の顔がざっくり刻まれると、トキマルは鏝を赤髭の手からもぎ取り、それで黒髭と刃を合わせるようにかかった。上、下、中段、上。

 フェイントで構えを上げさせた後、懐に飛び込むと左のわき腹へ三度鏝を突き刺し、四度目で切っ先が背骨を切った。


 へなへなと崩れ落ちる黒髭の喉を真一文字に切り裂くと、まだ息のあった赤髭が襲いかかった。

 組み打ちになり、赤髭はトキマルの手から鏝を奪おうとした。

 それをそのままくれてやると、トキマルは赤髭の頭をしっかり両手でつかみ、親指を両目へねじ込んだ。


 潰れた喉からすさまじい悲鳴が上がり、それが止まるまでトキマルは赤髭の頭を床に打ちつけ続けた。


 崩れた後頭部から赤毛の巻きついた脳漿が湯と一緒に溝を流れ落ちると、二階の回廊に看守がいっせいに現れて、熱い湯を浴場へぶちまけた。


 三度目の〈試験〉は無視だった。

 労役場では誰も話しかけてこず、浴場にトキマルが入れば、みなは出ていく。

 誰もが目をそらし、トキマルが存在していないかのように過ごしている。

 牢屋でも老人が別の牢へ移送され、一人になった。


 まあ、それならそれでもいい。無言のぎょうって修行もある。

 人っ子一人住まない渓谷に一年間暮らすのに比べれば、こんなものは無言のうちに入らない。


 三度目の〈試験〉が始まってから一週間後、牢屋に老人が戻ってきた。


「もう〈試験〉はないだろう。やつらはお前さんがどんな人間なのか分かったと思う」


「どーでも」


「どうでもよい、ということはないだろう。目的をもってここに来たなら、やつらの覚えがめでたいほうが行動の自由も得られやすい。ふふん。お前さん、最初に見たときから、ここに長居するつもりがないことが分かったよ。たいていのやつは数字のことで頭がいっぱいになる。あとどれだけここにいなければいけないのか、日数にして、その数字のことばかり考えるもんだ。だが、お前さんは数字のことなんぞ屁とも思っていない。出ようと思えば、出られる身分なんだろうと思ったわけだ」


「じーさんの数字は?」


「わし? わしは死ぬまでここにいる。数字のことは気にしていない」


 老人は手を差しだした。


「〈レネンドルフの斧男〉」


 その手を握り返す。


「トキマル。ホントの名前は?」


〈レネンドルフの斧男〉は悲しげに首をふった。


「わからん。なくしてしまったんだ。五十年前、十歳の少女の脳天に斧を叩きつけたあの日に」

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