第十三話 ラケッティア、まだ登記して二日しかたってないのに。
「ちょっと前まで、この無様な穴はアズマ産の絹を見るための採光窓だったんだよ。いまは薪になってる棚はコカトリス印の金の針をビロードの針刺しに刺してあって、やつらにレイプされる前は壁にはモミ材を張ってあったんだ。なんで、モミ材を張ったか分かるか? それが布を保管する温度と湿度に一番適してたからだ。それを、あンのボンクラぁ。クルス反物商店をレイプしやがった。つい、二日前に生まれたばかりの赤ちゃんだったのに、レイプしやがった。くそったれめ、ボンクラめ。市内の一番目立つ場所にあいつを吊るしてやる。あいつのケツに鯉を頭から目いっぱい突っ込んで、『わたしは人魚です。ぴちぴち』ってプラカードを首から下げて、吊るしてやる。コーサ・ノストラに手を出したらどうなるか、身を持って教えてやる」
「あの、マスター。これが置いてありました」
大きな、だが平べったい黄色の紙包みで荒い紐で十字に縛ってある。紐には「女を手下にするオカマ野郎へ」と書いてあった。
「自販機、これを開けろ」
「え? いやですよ。こんなの、何が入ってるか分からないじゃないですか」
「だから、お前に開けさせるんだ」
「いやで~す」
「ヴォンモ!」
「はい、マスター! ミミちゃんさん、お願いします」
「ぶー。もっと上目遣いにかわいく言ってくれたらやります」
「ミミちゃん、おねが~い……え、と。これで、あってますか?」
「ぐふぁっ! 尊い! その上目遣いの使い方の慣れないところや、自分が形だけでもあざとくなれているか自信がなくて、最後、質問してしまうところとか! ほんと、幼女は魅力の玉手箱やでえ!」
「ほら、開けろよ、自販機」
「はいはい。言っておくけど、あなたのためじゃなくて、自分のために開けるんですからね。勘違いしないでくださいね」
「なんだ、そりゃあ? ツンデレか?」
「本音です」
「だろうな」
おれはミミちゃん以外全員を連れて、店を出て、たっぷり一ブロック離れて、クルス反物商店のかろうじて残った窓枠と扉が爆風に飛ばされて、対面の建物に叩き込まれるのを見守った。
「ウェティアたちほどじゃないな」
「あれと比べれば、線香花火みたいなもんだ」
クルス反物商店はまだ登記したての赤ちゃんだったのにレイプされ、さらにケツに火薬を突っ込まれ、導火線に火をつけられた。
かわいそうなクルス反物商店。仇は討ってやるからな。
なかからケホケホしながらミミちゃんが出てきた。
「これ、なかに入ってましたよ」
もらった紙には、王冠が三つ並んだ図柄の下に、三十、とだけ書いてあった。
――†――†――†――
あれから二日経ったが、ボン・クラは見つからない。
おしゃれ探偵三十三人でボンクラに転んだやつはいなかったが、けっこうな数の警吏や地場産業の大物、いや、中物くらいの連中がやつに味方している。
この数日、反物商店を開き、登記した二日後に吹き飛ばされ、カラヴァルヴァでは考えられない侮辱的な言葉を仲介役のエリゼーウ判事のために我慢しているうちに分かったことがある。
この都市は閉鎖的だ。
ファッションというものを世界に発信するのに、よそ者にはちょっと見る目がキツい。
まあ、傲岸不遜な態度でも向こうからお願いしますと言ってくるような商売を持っているからだろう。
おしゃれ探偵は例外で、連中はよそ者、それも各国大使や大貴族のような力のあるよそ者を相手にするため、よそ者と手を組むことにさほど違和感がないのだ。
パリとかミラノとかもそうなのかなあ。
……ところで、クルス・ファミリーはファミリーの重要な決断をする際、大貧民の勝敗で決めることがある。
これからデュメイセンという馬鹿者に会いに行くのだが、その付き添いをひとり選ぶことになり、ジルヴァとヴォンモとクレオが大貧民で対決し、ジルヴァが見事勝利した。
「……こんなふうに歩くの。久しぶり」
「いつもはなんだかんだで誰かいて、わいわいしてたからなあ」
残りのメンツには黒焦げのクルス反物商店を何とか人が住めるくらいにまでの片づけを任せている。
「デュメイセンのリボン工場はそこの角を曲がったところだけど、ジルヴァさんがよければ、寄り道したいなあ、なんて」
ジルヴァはこくんとうなずいた。
おしゃれの街を黒ずくめのマスクの少女が歩いていて、ときどき民家の前の花畑にじっと見つめたりしている。
クラスメートの籠原という男はスマホの画面を落として割り、ひいひい泣いていたが、その後、そばの花壇をじっと眺めて、このなかにスマホ入れたら、光合成で治ったりしてくれないかなと真剣に考えていた。
そういうアホもいるが、ジルヴァの花を見つめる目は、こう、なんていうか、切ない、憂い、したくもない殺しをさせられているっぽい感じだ。
捨てられた子犬をこっそり育ててる暗殺少女って感じだ。
いや、実際、ジルヴァはカラヴァルヴァじゅうの野良犬野良猫を面倒を見ている。
カラヴァルヴァじゅうの犬猫の縄張りを知り尽くしていて、あまりにも縄張り争いが激化すると、ジルヴァがイヴェスのように仲介役として呼ばれるらしい。
「ってことは、ジルヴァ、犬語とか猫語分かるの?」
ジルヴァはふるふると首を横にふった。
「へ? じゃあ、どうやって分かるの?」
「……フィーリング」
「じゃあ、あそこの猫がなに考えてるか分かる?」
「『なんだ、あいつ、変な帽子かぶってるにゃ』」
「変な帽子ちゃうわ!」
「わたしじゃない……あの子がそう言っている――と、思う」
――†――†――†――
カントンモルバン通りのリボン工場はウナギの寝床みたいに細長い。
たくさんの針子たちがリボンに刺繍を施し、その長い作業場の奥にデュメイセンの事務室がある。
この馬鹿者は表向きはリボン工場の経営者だが、ボー・クラースが共同経営者になっている。
ボー・クラースにはいろいろ便宜を図ってやっていたが、そのなかにはとてもかわいい十歳の女の子を都合したというのもあるらしい。
正直、何があったのか考えたくもない。クソ変態野郎め。
「エリック・デュメイセンだ。今日は何の用で?」
恰幅のいいリボン王はおれたちに椅子を勧めなかったが、関係なく座る。
作業場から区切った壁のそばには用心棒らしい男がナイフの先で爪の掃除をしている。
「ボー・クラースに今ならまだ間に合うから、十パーセントで手を打てと伝えてくれ」
「なぜ、わたしがそんなことしなくてはいかんのだ?」
「ボー・クラースの老後のためだ。このままいけば、やつの寿命は一週間もない」
デュメイセンはフフンと笑った。
「ロンドネでどれだけの大物気取っているか知らないが、ここではお前たちはゼロだ」
「ゼロでも複素数でもいいから、ボー・クラースにちったぁ賢くなれと伝えてくれないか」
「断る。とっととロンドネに帰ることだな。自分の足で歩けるうちに」
「ジルヴァ」
次の瞬間、デュメイセンの眉間に一本、胸に二本、スローイング・ダガーが立て続けに刺さった。
クソ野郎はのけぞり、そのまま椅子ごとひっくり返った。




