第二十話 スケッチ、大暴落。
ヴィンチェンゾ・クルスが収監されてから五日目の朝。
それはおきた。
まずポッキーとトッポがカラヴァルヴァじゅうの菓子屋や屋台で安く売り出された。
それらは菓子屋ギルドに加盟している職人たちがつくったもので、ノヴァ・オルディアーレスを経由していない。
投資家たちのあいだでノヴァ・オルディアーレス株が売り出され始めたが、まだ大きく値を下げるには至っていなかった。
だが、クルス・ファミリーがノヴァ・オルディアーレスの作業場とは何の関係もなく、また、カンパニーのいかなる実業とも秘密のパートナー関係を結んでいないことが分かると、銀取引所ではノヴァ・オルディアーレス株を手放そうとする人びとのパニックが起きた。
一株金貨十七枚だった株は午前の取り引きが始まって三十分後には一株金貨八枚まで値を下げた。
暴落は他のカンパニーの株式も影響し、ドミノ倒しのように値が下がっていく。
午前十時半にはノヴァ・オルディアーレスの株価は金貨換算ができないまでに落ち込んだ。
大胆不敵でえぐい商売をすると評判の投機家が意味不明の叫び声を上げながら、道路へ飛び出し、走ってくる馬車の前に身を投げたかと思えば、カサレス塔やスカリーゼ橋から飛び降りるものも出る。
いくつもの信用取引が債務不履行に陥り、借金取りが別の借金取りに追いかけられながら、債務不履行者を追いかけるといった混乱も見られ、そのうちひとりの司祭が炭で羊皮紙に天使の姿を殴り書きにすると、この天使を奉ずれば、大暴落は収まるという末期的なカルト信仰が発生し、多くの投資家たちが殴り書きの天使にひれ伏した。
天使のご利益があったのか、ウェンドン商会なる会社がノヴァ・オルディアーレスの株を一株銀貨十枚で買うと言ってきた。
すでに株価は一株銀貨三枚に落ちていたので、多くの投資家たちは手持ちのノヴァ・オルディアーレス株をウェンドン商会に売り渡した。
はやくしないと売り抜けられないのではないかと不安に駆られた投資家たちは殺し合い一歩手前のすさまじさでウェンドン商会の取引の順番を奪い合おうとしたが、ウェンドン商会の支配人は金貨が満載された箱を五つ積み上げて、買い取り資金は潤沢にあることを示したので、ようやく銀取引所は事態を鎮静化させたのだった。
そのとき、午後一時。
そして、その一時間後、黒のジョヴァンニ、カサンドラ・バインテミリャ、ガエタノ・ケレルマン、フェリペ・デル・ロゴス、ドン・ウンベルト二世、そして、ヴィンチェンゾ・クルスが釈放された。
それは筆頭大株主の命令によるもので、その大株主とは他でもないヴィンチェンゾ・クルスだった。
ここにきて、カラヴァルヴァじゅうの人間はなぜポッキーとトッポが監獄経由で売りにされたかを知ることになったのだった。




