第六話 ラケッティア、ポッキーがなかったらトッポを食べればいいのよ。
アーリアン・ブラザーフッドというプリズン・ギャングがいる。
アーリアンとはヒトラーが言うアーリア民族のアーリアであり、このギャングたちはスキンヘッドに鉤十字の入れ墨を彫ったりしている。
粗暴なドン・ウンベルト二世みたいなものだ。
ジョン・ゴッティがこのギャングに黒人ひとり殺したら五十万ドルやると言ったことがあった。
ガンビーノ・ファミリーのボスで、典型的な成り上がりマフィアだったゴッティも終身刑を食らって、刑務所ではかなりの年寄りになっていて、そこで何かが原因で黒人ともめて、ボコボコにされた。
で、ゴッティはアーリアン・ブラザーフッドに殺しを頼んだ。
ところが、アーリアン・ブラザーフッドはこれを断ったのだ。
この事件、ふたつの象徴的な出来事がある。
ひとつはイタリア系マフィアの影響力低下。
ゴッティをボコボコにするなんて、全盛期の時代には考えられないことである。
次はアーリアン・ブラザーフッドの影響力低下。
アーリアン・ブラザーフッドはとにかく凶暴なことで知られるギャングであり、連邦刑務所内で起きた殺人の二十六パーセントがこいつら絡みと言われる。
メンバーになれるのは白人のみで、しかもメンバーが見ている前で誰か殺さないと相手にもされない。
この縛りがあるので潜入捜査ができない。
刑務所内での殺しの請負は彼らの重要な資金源であると同時に彼らの支配の象徴であり、シャバでどれだけ元気なギャングでも、アーリアン・ブラザーフッドの機嫌を損ねると刑務所にいる仲間が殺されてしまうということで、あらゆる犯罪組織がこのアーリアン・ブラザーフッドに一目置くのだ。
ところが、そのアーリアン・ブラザーフッドがゴッティの依頼を断った。
どうもゴッティ襲撃事件が大々的に取り上げられていて、この殺しを受けると面倒なことになりそうだと思ったらしいのだが、これは創設期のアーリアン・ブラザーフッドであれば、考えられないことであった。
相手がカネを払う殺しを拒否しただけでなく、殺す相手は黒人。
アーリアン・ブラザーフッドの黒人嫌いはKKKがかわいらしく見えるほど凄まじいはずなのに、それをやらなかった。
いったい何がどうなっているのか?
向こう見ずな凶暴さが売りのアーリアン・ブラザーフッドも収入源が多様化して、弱体化したとも言われるし、対立していたはずの黒人系ギャングと麻薬取引をするようになったせいではないかとも言われている。
麻薬取引の旨味はいつだってルールをぶち壊す。
それが必要不可欠なものであろうと、最低のクズルールだろうと。
カサンドラ・バインテミリャは目に青あざをつくって戻ってきた。
カンパニーの特別部隊は女性の顔にパンチできるくらいに野蛮らしい。
そのころにはおれたちは牢屋に戻された。
「あんたらは相当な死にたがりらしいな」
ネギーニョが言ってきた。
「わしはそうではない。少なくとも天寿を全うしたいと思ってるがね」
「あの女は死んだも同然だ。ダウンに逆らったんだから」
「カサンドラ・バインテミリャを殺す?」
「殺す前と後でやつらはレイプする」
「それについて、ききたいんだが、この刑務所の性生活はどうなっているのかな?」
「看守どもがヤクと一緒にオカマ娼婦を連れてくる」
「ダウンとメツガーは?」
「やつらはオカマは買わない。新入りのかわいいのを犯すんだ」
「わしはかわいくないから関係ないな」
「一緒に入ったあのふたりは?」
「ヨシュアとリサーク?」
そう言えば、あいつら、おれのこと好き好きっていうけど、男娼とか買うのかな?
「そのふたりをダウンと手下どもがやるそうだ」
「どこで?」
「風呂場だ」
全てのセックス産業は風呂に通ず。
風呂は一日にしてならず。
そのとき、おれたちの棟の廊下にガラガラと車輪の音が響いた。
木製の、駅弁売るのにちょうどよさそうな手押し車に酒の壜や〈石鹸〉が詰まったブリキの入れ物が満載され、それをよぼよぼの双子じいさんがふたりがかりで押している。
ちなみにふたりは放火殺人鬼で子どもを分かっているだけで三十七人焼き殺したそうだ。
販売役の看守は主任の徽章をつけた太鼓腹の男で針槐の警棒を手でもてあそびながら、オカマ娼婦たちをせっついている。
オカマ娼婦はエスニック系のファッションの店が丸ごと動いてるみたいにいろんな色と材質の布をまとっていて、顔にひいたアイシャドウはカサンドラ・バインテミリャの青あざよりもデカい。
オカマはどれも白銀貨一枚だそうだ。
ここからは分からないが、ダウンの子分で義理の母親を斧で滅多打ちにしたウェイレル・ボーデルというマウンテンゴリラがオカマをひとり買ったらしい。
酒もヤクもオカマも縁がないおれはベッドに転がった。
まもなく看守がやってきて、鉄格子をガンガン叩いた。
「何かいるものはあるか?」
「ポッキーはあるかね?」
看守はオカマたちにポッキーはいるかとたずね、オカマたちはそんなやつは知らないとこたえた。
「ポッキーはいない」
「じゃあ、トッポは?」
看守はオカマたちにトッポはいるかとたずね、オカマがひとり、あたし、トッピィと手を挙げた。
「トッピィならいる」
「トッポは?」
「ない」
「じゃあ、結構だ」
ガラガラと手押し車が前進した。
「まあ、カネがあれば、ある程度の便宜は図ってもらえるわけだ」
「カネがあればな」
「だが、ポッキーとトッポは買えなかった」
「なんだ、それは?」
「細いビスケットとチョコレートでつくる菓子だ」
日本の少年院では週に一度ウェハースがひとり一枚配られ、それが一週間の楽しみだとか。
ひとりのウェハースをキットカットに変えたら、殺し合いが起きるだろうな。
「株式刑務所というのは儲かるのかねえ」
「それなりに儲かっているらしい」
「ポッキーもトッポもない移動販売車でか」
「ほとんどの連中はヤクとオカマを買うんだ」
「なぜ、本物の女をあてがわない?」
「せがれが禁じている」
「あんたのせがれは禁欲主義者なのか?」
「合理主義者なんだよ。ダウンとメツガーを対立させ、適度に囚人の不満をガス抜きすることで刑務所を良好な状態で維持する。この刑務所は常に株主の監視の目があることを忘れてはいかん」
ぎゃあああああ。
遠くから断末魔。
「あんたのお友達がやられたらしいな。いまのは腹まで裂けたんじゃないか?」
だが、担架で運ばれたのはダウンの手下たちだった。
頭が半分崩れたやつ、肋骨が全部折れて胸がふにゃふにゃになったやつ、手足の関節が外されてタコみたいになったやつ、額のど真ん中に手作りナイフが刺さっているのに奇跡的に生きてて意識まであるやつ。
死んだか死んだも同然の連中が運ばれて、次にやってきたのは連射式クロスボウを持った特別部隊に囲まれたヨシュアとリサークだった。
ふたりは獲物を飼い主に見せにきた猫みたいに誇らしげだった。
ネギーニョは目を丸くしていた。
「あんた、いったい何者なんだ?」
「大したものじゃない。とにかくポッキーかトッポを差し入れさせないと。面会はいつできるんだろうな?」




