第二話 ラケッティア、久々にパクられた。
カラヴァルヴァの七月は暑い。
気温が三十四度くらいあるのだ。
とはいえ、蒸すわけではないので日陰に入るとしのげる暑さではある。
この季節になると、カフェなどの物件に高値がつくし、路上で飲み物を売る際に払う権利金みたいなものも高くなる。
全く見事としか言いようがないほど利権利権しているのだ。この街は。
どこでもいいから通りの一部を切り取ってみるといい。
そこで串焼き屋台を開く権利、道にせり出した看板をかける権利、行商人として歩きながらオレンジを売る権利、店舗を持つ権利、泉を使う権利とこまごまとした利権の割り振りがあって、それぞれにカネがかかる。
そのカネを誰が徴収するかというと、道路管理官だ。
以前、ロデリク・デ・レオン街の道路管理官選挙で流血の大惨事が起こったことがあったが、それというのもおいしい利権が詰まった道路を好き勝手にできる職能ゆえだ。
「あー、冷たくて気持ちいー」
フロストゴーレムの破片をボストン・シェイカーのなかに入れ、冷たくなった金属をお肌にくっつける。
「実に気持ちいー」
いま〈モビィ・ディック〉にはおれしかいない。
ダンジョンに行ってるわけではない。
ジャックはリキュールの買い出しに、ヴォンモはセイキチとデート、〈インターホン〉もデート、クリストフはジンパチを連れて闇マーケットの怪盗専門店に行ってるし、トキマルは寝てる。
印刷所軍団は印刷所にいるし、爆弾エルフ姉妹は取り立て、シャンガレオンはグラムを誘ってある貴族を強請に出かけてるし、フレイは〈ラ・シウダデーリャ〉の機械屋にいて、カールのとっつぁんとエルネストも〈ラ・シウダデーリャ〉の二階の事務室でおれが来るのを待っている。
マリスは剣を砥師のもとに持ち込みにでかけ、アレンカは限定版の絵本を買いにでかけ、ツィーヌはお昼寝、ジルヴァは請負殺人を一件こなしにでかけている。
まあ、とにかくみんな仕事をしてるわけで、おれはというと〈モビィ・ディック〉のカウンターに立ち、フロストゴーレムの破片をちべたいちべたいと言いながら触っている。
たまにはこういう日があってもいいはずだと思っているところへヨシュアとリサークがやってきた。
げっ、と声を上げるところだったが、ふたりがおれに襲いかかってこないところを見て、あ、そうか、おれ今、ゴッドファーザー・モードだったと思い出した。
例の道路管理官絡みのゴタゴタを解決するために朝一で薬を飲んで変身して、それを解かずにいたのだ。
「いらっしゃい」
「叔父御よ。あなたの甥を所望する」
ヨシュアよ。人間関係の基本は挨拶からだよ。つーか、ストレート過ぎない?
「叔父上、あなたの甥御さんをわたしにいただけますか?」
リサークよ、おれという存在はチャーシュー増量してもらうような気軽さで与えられるものではないのだぞ。
「甥は人気だな。あれのどこがいいのか、きいてみてもいいかね?」
三白眼、悪、奥ゆかしさ、ずるい優しさ、などなど。項目は六十余り。
正直、きかなきゃよかった。
「なにか飲むかね?」
強い酒出して、こいつらベロンベロンにして追い出しちまおう。
〈命の水〉があったので、そいつをたっぷり注ぐ。
こいつらの性格を考えると、途中でこいつだけには負けたくないモードが発動して、無茶な飲み方を始める。そこを狙って、こっちもガンガン飲ませて、正体なくしてやる。
ふたりがグラスギリギリまで注がれた琥珀色の液面にその唇を触れさせたその瞬間、ドアが乱暴に開かれ、警吏と捕吏がどやどやなだれ込んでいた。
出入りだ、出入りだ、来やがった! いや、手入れだった。
「そこまでだ。この店は営業許可を得ていない。酒類提供法違反の現行犯で逮捕する」
と、見たことのない警吏が言った。
この街の警吏はみな知っているが、今いる男は見たこともきいたこともない、昨日までは存在しないも同然の人間だった。
捕吏どもだって同じだ。こいつら、いったい何者だ?
「家宅捜索令状は持っておるかね?」
こいつらが偽警吏じゃなくて、おれを人気のない場所に連れて行って頭をズドンするつもりはないことは知っておかねばならない。
見たこともない警吏が令状を見せた。
間違いなく本物の令状だ。イヴェスのサインもしてある。
これが偽物ならエルネストを越える贋作屋があらわれたことになる。
しかし、イヴェスのサインを見ていると、いつもの令状に見られる力強さがない。
イヴェスが何かにサインするときはその結果行われる正義に関して全責任を負おうという気迫に満ちている。
だが、このサインにはそれがない。
実際、〈モビィ・ディック〉が酒の提供免許を持ってないことはカラヴァルヴァの人間なら誰でも知っているし、それを急に問題にしだしたあたりにうさん臭さを感じる。
おそらくイヴェスもそのうさん臭さを感じてはいたが、それでもサインしたということはこの決定にはイヴェスよりも上の人間がかかわっているということだ。
ヨシュアとリサークも一緒にパクられることになったが、ふたりはちらりとおれのほうを見た。
うん、この視線の意味、分かる。こいつら全員殺すかとたずねているのだ。
正直、見覚えのない警吏だが警吏であることに変わりはない。
それを殺すとイヴェスが完全に敵にまわってしまう。
それはあまりよろしくない。
おれは小さく首を横に振り、大人しくお縄を頂戴することにした。




