第六話 ラケッティア、公営質屋のオークション。
甲冑職人街にある公営質屋は公営と言っているが、犯罪にどっぷり首まで浸かっている。
おれがここに来た当初、街のワルを全員集めて、緊急会議を開いたことがあったが、そのとき場所を提供したのが公営質屋だ。
正直、国から給料もらって、さらに盗品さばいてピンハネしてと、公営質屋は聖職者の次に儲かる仕事だ。
そして、儲かる仕事がひとつあれば、空きができるのを待ってるやつが五百人いて、そのうち五十人は人殺しを屁とも思っていない。
実際、おれらが着いたとき、早速人殺しがあって、公営質屋の外階段に質屋の換金係が手斧で頭を叩き割られ、心臓を至近距離でピストルでぶち抜かれて死んでいた。
犯人はどうしても換金係の職が欲しかったに違いない。
捕吏たちが警棒で野次馬を遠ざけている横を通り過ぎる。
夕暮れ時の質屋というのは古着を持ち込み、安く買いたたかれ、二度と来ねえぞ、こんな店と啖呵を切った連中が戻ってくる時間帯だ。
交渉は無駄だと分かっているので、買い取りはサクサク進む。
公営質屋にものを持ち込むとき、おさえておくべきコツがいくつかある。
まず、十一時半は避ける。
これは質屋の昼休みが十二時で腹が減ってるから、買い取り係が機嫌が悪い。
次に主張すべきは主張する。
公営質屋とは陰キャの墓場だ。
窓口対応する連中は野蛮なケダモノみたいな連中で、品物を持ち込む連中を人間以下に扱う。
「また来やがったか!」
そう怒鳴って、外套やスカートやブーツを乱暴に取り上げる。
買ったとき、金貨三十枚だった毛皮外套が銀貨三十枚と値段をつけられるが、ケダモノどもはそれすら払うのを嫌がり、誰の用にもならねえきったねえテントを二枚渡して、現物で済まそうとする。
そこで、「あの、あの」とか細い声を出していたらやられてしまう。
だから、陰キャ諸君はこう叫ぶのだ。
「ふざけんな、殺すぞ、コノヤロー!」
さっきも言ったように公営質屋の職は殺してでも奪いたいやつがいる人気職だ。
だから、ここで殺すという言葉が出ると、それは脅しで終わらず、実行まで進む可能性が非常に高い。
特に買取受付の窓口係は実入りがいい。
客に銀貨二十枚で買い取った品物を帳簿には銀貨三十枚で買い取ったと記録して、十枚ちょろまかせるのだ。
そこで一発、殺すと脅せば、相手は態度を軟化させる。
まず現金を出す。
だが、数えると銀貨二十八枚しかない。
「おい、違うだろ、殺すぞ、マジで」
受付のケダモノはしぶしぶ二枚出す。
「おい、殺すぞ」
ここで素直に銀貨三十枚もらってはいけない。
交渉はまだ続いているのだ。
殺す、殺すと言い続ければ、まあ銀貨四十五枚くらいまで行ける。
これでも交渉としてはソフトなほうなのだ。
なかには包丁を取り出して、カウンターに突き刺すやつがいる。
受付もその手の連中には慣れているから、なだめて、買い取りに色付けて、早々にお帰りいただく。
受付のカウンターは基本的に一枚でつながっているが、それぞれの受付の板は個別に取り外せるようになっている。
これは質屋の慣習なのだが、受付が殺されると、そのカウンターは取り外され、新しいものがハメられる。
だから、カウンターに刃物の傷がいくつも残っているのは腕のいい古株の受付ということだ。
殺されない程度に買いたたく技術の妙を知っている。
こうして長々と説明したが、これはカネに困った貧乏人か、ワケあって故買屋を頼れない盗人の話であり、もうちょっと上、盗賊団の幹部とか密輸船の船長となると、話は異なってくる。
特別な部屋に通され、酒と女をあてがわれながら、盗品や密輸品を慎重に審査する。
ここでは殺すぞなんて脅しはないし、カネのかわりに現物を渡そうとするペテンもない。
お互い物の分かった悪党同士、話し合い、最後は握手で終わる。
もっと上になると、不動産や美術品の買取や競売となる。
おれたちが行こうとしているのはこれだ。
バーガンディのカーテンとバーガンディの絨毯とバーガンディのビロード張りの椅子。
それに砂時計があるが、中身はもちろんバーガンディの砂だ。
このオークションは盗品も扱う。
こうして何もかもバーガンディで固めると、罪が洗い流されるとでも思っているのかもしれないが、なんか売春宿にいるような気持になる。
「こっち。頭領。ほら」
オークション会場の隣にはこれから競売にかける予定の品がガラスケースに入って並んでいる。
王冠、宝石、金の杯、絵画、胸像、天蓋付きのお姫様ベッド、鎧一式、人の皮でつくった禁呪の本。
トキマルの欲しがっている忍び刀『ムラサメ丸』は抜き身のまま、バーガンディのビロードの上に横たわっている。
その刀を見るトキマルの横顔をじっと見てみた。
ロンゲのイケメン枠中性的部門のトップであるだけあって、整った顔をしている。
ただ、本人はあまり口にしないが、このつくりの顔を女々しいと思っていて、一度、頭領みたいな三白眼が良かったとこぼしたこともあった。
知っての通り、おれの三白眼に夢中なやつらというとヨのつく人やリのつく人だから、こっちは死ぬほどびっくらこいて椅子から転がり落ちた。
ともあれそんな美少年のトキマルくんがカネで暗殺を請け負うようになったということは、あのパッツィに狙われる可能性も大ということだ。
「なに、頭領。おれの顔、まじまじと見て」
「いや、これからやってくる不条理がちみにどれだけのダメージを与えんとするか考えてた」
オークションが始まると、後ろの席に座って、高価なもの、偽物っぽいもの、出元がヤバそうなもの、呪われたものが「三〇!」「三〇が出ました。三五はありませんか」「三五!」とお馴染みのやり取りで買い取り価格をぐんぐん上げて、トンカチのひと叩きとともに落札者の手に落ちていく。
ただ、この日のオークションはしけていた。
そこまで高い値の付くものがなく、見ている限り一番高いものでも象嵌細工の衣装入れで金貨八十枚で落札された。
オークションのやり取りも最初は珍しくて、面白かったが、同じようなやり取りが何度も続き、おまけに白熱する競り合いもないので、トキマルはぐうぐう寝始め、おれもあくびが止まらなかった。
そして、最後のオークションになるのだが、その品名をリストで見せられた主催係は何とも言えない感情を抱いて顔をゆがめ、助手に、本当にこれをオークションにかけるのか?とたずねた。
助手のほうおも何とも言えない顔を歪め、はい、この通りです、とこたえたので、主催係は小首を傾げながら、
「では、本日、最後の競売品になります」
といい、ビロードのベールを取り払った。
「こちらのとことこミツルちゃん人形です。銀貨十枚から」
「ふぁっ!?」
死ぬほど驚いたが、驚いたのはおれだけではない。
参加者もみんな驚いた。
「なんだ、あれは?」
「どうしてあんなわけの分からないものが」
「誰が買うんだ、あんなもの」
別にあの人形に誇りとか感じてるわけじゃないけど、こうもけなされるとへこむ。
しかし、誰だ、あれをオークションに持ち込んだのは。
ちょっと立ち上がって、とことこミツルちゃん人形の表情を見たら、捨てられた子犬みたいな涙目だった。
ヨシュアが持っていったのはジト目のとことこミツルちゃん人形だから、たぶんやつ以外の客がガールたちに暗殺を依頼して、あのとことこミツルちゃん人形をもらったのだろう。
そして、後は仮面ライダースナックの愚行。シールだけとって、お菓子は捨てる。
今回は捨てられた場所がたまたまオークション会場だったってだけ。
しかし、罪づくりな人形である。
主催係はすっかり困っている。銀貨一枚でも値段がつかないのだ。
落札者なしでカタをつけようとしたそのときだった。
「金貨一枚」
手が上がった。黒いほっそりとした袖と抜けるような白い手。
間違いないヨシュアだ。
会場はどよめいた。
あんな価値のない人形に金貨一枚払うやつがいるなんて思いもしなかったからだ。
「金貨一枚が出ました。他にありませんか?」
「金貨三枚」
今度は白いゆったりとした袖に褐色の手が上がる。
なんてこった、リサークまで来てる。
ヨシュアがふり返り、リサークの視線とぶつかって、宙で火花が二、三発散った。
「金貨三枚が出ました。金貨五枚はありませんか?」
ヨシュアが手を上げた。
そのまま値段は上がり続け、金貨百枚へ跳ね上がる。
ざわ、ざわ……って言葉が見えてきそうだ。
「金貨百枚。百十枚の方はいませんか?」
「金貨三百枚」
リサークが手を上げた。
日本円にして九百万。そんな価値がとことこミツルちゃん人形にあるのだろうか?
いや、ヨシュアとリサークはコンプしようとしているのだ。
とことこミツルちゃん人形を。
こうなってしまうと、ソシャゲのガチャにハマった課金ソルジャーも同然。
「き、金貨三百枚。他には? 他にありませんか?」
ヨシュアはジト目のとことこミツルちゃん人形をぎゅっと握ると、手を上げた。
「金貨五百枚」
「ご、五百枚?」
主催係は腰を抜かしそうになる。
銀貨一枚で始めた競りがここまで育つのは初めてのようだ。
リサークのほうを見ると、人差し指と親指で顎の先を軽くつまんでいる。
どうやらこれ以上は出せないようだ。
「金貨五百枚です。他にいませんか? では、こちらのとことこミツルちゃん人形はこちらの紳士に――」
「金貨千枚!」
おれは手を上げ、一撃必殺を叫んだ。




