第二十二話 ラケッティア、教訓の値段。
なんだよ、これ。最低の手札じゃん。
〈富豪〉から〈平民〉に落ちてから三度、なんとか貧困層の攻撃をしのいできたが、今度ばかしは〈大貧民〉に落ちる。
6とか7とか9ばっか。一番でかいのはジャック。
8がないから八切れないし、極端に低い手札もないので、革命はおろかイレブンバックすら期待が持てない。
6が三枚あるが、主導権を握れるのはこれを出した一度だけだろう。
一度だけのチャンスでどれだけカス札を消化できるか。いや、できない。
ちなみに現在の序列はこうだ。
大富豪:ツィーヌ
富 豪:ジルヴァ
平 民:おれ
貧 民:アレンカ
大貧民:マリス
「ああ、手札が強すぎて困っちゃう」
ツィーヌが言う。ツンデレキャラと大富豪の地位は妙に相性がいい。
あの口調からだと大貧民にくれてやった最弱カードは10くらいなのだろう。
「ふん、革命が来れば、ボクだって」
「他人の革命をあてにするようじゃ、まだまだねー」
「うー、今度こそ貧民から脱出するのです」
「……アレンカ、交換」
「はいなのです。これがアレンカの一番強いカードなのです。ジルヴァの一番弱いカードは――え、ええっ! 本当にこれが一番弱いカードなのですか?」
「……(こくん)」
「ううー、格差なのです……」
平民はカード交換がない。だから、弱いカードをもらってから革命が成立したりすることがない。
スヌーピーの格言じゃないが、配られたカードで勝負するしかないのだ。
こうなると、カード以外の要素で勝負するしかない。
平民に一番強いカードを差し出すように、マスター命令でも出すか?
いや! それは余計みじめになるだけだ。
考えろ。この敗北間違いなしの状況から脱する手を!
救いの手は双子がもたらした。
「あのぉ、あの女の子、目を覚ましたようだが」
「はい、ゲーム、おしまい!」
おれはカードを投げ捨てた。
「あっ、マスターの手札、弱い! どっちに転んでも強くなれないほど弱い! さてはマスター逃げる気だな!」
「マスター、逃げるのはよくないのです!」
「シャラップ! おれは捕虜を尋問するべく、仕方なく抜けるんだ。断じて逃げてなんかない」
「ああ、嫌ねえ。平民と貧民と大貧民がみじめな口論してる。ねえ、ジルヴァ?」
「……(クスッ)」
「あー、ジルヴァ! 今、笑ったな!」
「ブルジョワジー許すまじなのです! こうなったら、武力革命なのです!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい部屋を後にし、双子のじいさんたちと一緒に地下の倉庫へ向かう。
ちびた蝋燭をのせた手燭を頼りに階段を下りながら、双子の片割れが言った。
「なんだか、急に孫がたくさんできたような気分だよ」
「静かな生活を乱してホントに申し訳ない」
「いや、にぎやかで楽しいじゃないか」
「そう言ってもらえると助かるっス。あ、あと、あの捕虜、あれ、実は男なんですよ」
「なんと。まったく偉い人のやることは分からんことが多いわい」
「ホントっスよね」
地下の倉庫には小麦粉を入れた樽や菓子用の甘いワインを入れた瓶、砂糖の袋、それにドライフルーツが詰まった箱がある。
おれは手燭の火を借りて、柱にぶら下がったガラスランタンをつけた。
闇が払われ、影が現れる。
捕虜の忍者は部屋の真ん中に転がっている。
いわゆる中性的な美少年ってやつだ。
まあ、女に化けるくらいだからな。
双子に手燭を返し、二人が帰るのを見てから、扉を閉めた。
「さて、まずはご挨拶だ」
おれは薬その一を飲んだ。おれの姿がゴッドファーザーになる。
忍者はちょっとだけ目を見開いた。
おれは笑いながら、薬その二を飲み、元の姿に戻った。
「すごいもんだろ。でも、お前の変装ほどじゃない。事前に知らされてなかったら、気づかなかった」
「事前に?」
「そうだ。デルレイド侯爵とメダルの騎士から伝言で、お前がいつ、どこでおれを襲うつもりか、教えてくれたよ。やつらと連絡を絶やさなかったのが運の尽きだったな」
「そんなウソに騙されると思ってんのかよ」
「あながちウソでもないだろ。こうして捕まってるんだ」
「……」
おれは樽を一つ傾けて真ん中まで転がし、天板に座って、忍者と向かい合った。
「お前、どうして自分がハメられたか分かるか?」
「けっ、知るかよ」
「はしたカネで雇われるからだ」
「あ?」
「簡単な算数の問題だ。侯爵の息子の身代金は金貨五千枚。やつらがお前に払ったカネは金貨五十枚。お前を差し出したほうが金貨四九五〇枚得だろ?」
「わざわざ教えてくれてありがとよ。くそ面白くもねえ」
「面白い話もある。おれがお前を雇ってやる」
「は?」
忍者は驚いた顔をしてみせた。で――、
「あんた、バカなんじゃねーの? 自分の命を狙ったやつを雇うか、ふつー」
「命を狙ったっつっても、仕事でやっただけだ。それも金貨五十枚分の仕事だけどな」
「チッ。いちいちうっせーな」
「おれがお前にいくらつけるか、興味ないのか?」
「どーでも」
と、いって、そっぽを向いたが、間違いなくこいつ気になってる。
ジルヴァに比べれば、こいつの考えていることなんて読むのはちょろい。
「金貨三百枚払う」
「んな!?」
「なんだよ、金貨五千枚もらえると思ったか。そりゃ自惚れだ」
「ちげーよ。なんで、おれにそんなに払うんだよ。今までの流れなら五十枚よりも安く買い叩くだろうが、ふつー」
「ふつー、ふつー、って忍者のくせにずいぶん〈ふつー〉が好きなんだな。おれはあまり好きではない。ふつー、にやってたんじゃラケッティアとして三流どまりなんでな」
「らけってぃあ? あんた、何言って――」
「おれはこれまでのいきさつ考えて、お前雇うのに三百枚なら出してもいいと思った。それでこっちの仕事もきちんとやるだろうってな」
「またやつらがおれを買い戻したらどーする? あんたより高い値を出してきたら、おれ、また寝返るかもしれねーぜ」
おれは、ふむ、とうなずいて、ちょっと言葉を切った。
もう大丈夫だろう。
おれは忍者の縄を解いてやった。
また、樽にどっかと腰を下ろす。
忍者のほうは手首をさすりながら、おれのほうを珍獣でも見るような目で見ている。
「お前、おれがなんで解放軍と一緒にいるか知ってるか?」
「そんなの、あの王子さまに国を取り戻させるために決まってんだろ」
「それもあるが、それは第二位の目標だ。第一位はエルネストだ」
「は? だれそれ?」
「おれのコンシリエリ、つまり相談役なんだが、ガルムディア軍がそいつの身柄とカネを不法に押さえたからそれを取り戻すために解放軍と一緒に動いている。そりゃ、直接、ガルムディアの連中と取引したほうが早く安く上がるかもしれない。でも、おれはおれのファミリーの身内とカネに手を出したら、国一つ失うことになるんだときっちり教訓として教えてやるつもりだ。お前はどうだ? 自分をハメて売り渡したやつらに、どんな教訓をくれてやるつもりだ?」
「……」
「で、どうする?」
「……わあったよ。でも、一つ条件がある」
「そんなこと言える立場じゃないと思うが、まあ、きこう」
「デルレイド親子とメダルの騎士。こいつらはおれが殺す」
「それは約束できない。お前が気絶してるあいだに労使交渉があってだな、お前には敵地の撹乱、情報収集、変装、潜入、破壊工作その他もろもろをさせてもいいが、暗殺だけはさせるなと決まった。文句はアサシンの特権を守るのに汲々としている、あの四人に言え」
「なんだよ、それ?」
「まあまあ。へそを曲げることもない。不可抗力を狙う手もある。戦場でばったり出くわしたら、それはしょうがない。さっくりやっても文句は言わないさ。それにおれに雇われると、他にもいろいろいいこともある。めっちゃうまい梅干しが食えるぞ」




