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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第十八話 戦記、忍びの仕事。

 ディルランド王国の王都ディンメルは豊かなメディム川から水を引き込んだ水路が縦横を走っている。

 石造りのもの、赤いレンガで縁どったもの、あるいはもとからあった小川をそのまま使っているもの。

 水路に行商舟が集まってちょっとした市場になることもあれば、月に一度の漕ぎ比べ大会の舞台になり、街区ごとに出した代表たちを応援する声がワアワアと賑やかに沸き出すこともあった。


 だが、ガルムディア帝国軍が駐留すると、帝国軍総司令官デルレイド侯爵の命令により、移動のための水路利用が一切禁止となり、そのうち水を汲むことさえ禁じられた。


 ある洗濯女が自分はこの水路で四十年洗濯をしてきたのだと言い張って、三軒の家をまわって集めた一週間分の洗濯をしようとしたら、帝国兵によってその場で処断された。


 この水路利用禁止令と洗濯女の斬殺で示したいのはガルムディアが今やディルランド人の生殺与奪を握っていることを示すためのものだった。


 事実、王都の市民たちはそのうち道路禁止令を出されて、家から一歩も出ることすら叶わなくなるのではないかと怯えだした。


 だから、フィッツロイ水路のほとりに座り、釣り竿を振り出している異国風の少年を見たとき、ディルランド人の多くは関わり合いになりたくないとフィッツロイ水路沿いの道を避けた。


 まもなく二人のガルムディア兵が少年を取り囲んだ。


「貴様、水路禁止令のことは知っていような?いかなる形での水路利用も極刑だ。覚悟はできているか?」


 あぐらをかいていた少年は後ろをちらっと見た。


 目の先に突きつけられた刀身に少年の、涼やかに整った目鼻立ちが映る。

 剣におびえるわけでもなく不愛想に返す。


「利用なんてしてねーよ。まだ一匹も釣れてねえし」


 兵士が少年の肩に手をかけようとした瞬間、


 ドボン。


 手首が離れて川に落ちた。


 悲鳴を上げようとして動いた喉仏を抉り出し、永遠に黙らせる。


 もう一人が慌てて剣を抜き放とうとするが、鳩尾へ膝を食らい、前のめった後頭部に苦無が打たれ、延髄を破壊する。


「ドボンドボンって派手に落ちやがって。魚が散っちまった」


 至極面倒くさそうな顔をして、通りの両側からやってきたガルムディア兵たちを見る。


「こりゃ、魚釣ってサボってる場合じゃねーな」


 合わせて五十人はいた。全員が既に抜き身の剣を手にしている。


「おい、そこのガキ! 貴様、自分が何してるか分かってるんだろうな!?」


「水路利用で死刑だろ」


 水路に落ちた二人の死骸に蔑みの笑みを浮かべながら、


「水葬ってのも水路利用のうちに入るんじゃねーの?」


 と、こたえを期待しない問いを仕掛けた。


 魚はあきらめて、こいつらを釣ってみるか。

 少年は何人殺して放り込んだら水路が詰まるだろうかと考え、また蔑笑を浮かべる。


 だが、結局、人間の死体を使った治水の試みは果たされなかった。


 メダルの騎士。

 上衣、外套、ブーツ、フェルト帽を黒で統一し、マントに赤い棘十字を刺繍した灰色の髭の男が兵士たちに号令し下らせたからだ。


 ガルムディア兵たちが殺気に満ちた目で少年を睨みながら、殺された仲間の死体を水から引き上げる。兵士たちは亡骸を荷馬車に積んで兵舎へと引き上げた。


「トキマル。貴様、ここで何をしている?」


「見りゃあ分かんでしょ、釣りだよ」


「水路禁止令のこと、知らないわけではないだろうが」


「ふーん。あれ、ディルランド人だけに使う法律だと思ってたよ。しょっちゅうガルムディアの雑魚兵が立ちションに使ってたから」


「自分の立場は分かってるのか?」


「おれ、あんたらの家来じゃねーから。もらったカネの分だけ働いてるだけ」


「ローバンでの解放軍軍師の抹殺は? まだ仕事は済んでないぞ」


「ほんの小手調べ。つーか、大変だったんだぜ。あれから」


「詳しいことをおききしたいと仰せの方がいる。その方に直接話せ」


「へーへー」


 メダルの騎士の執務室がある旧市庁舎の三階にいたのはデルレイド侯爵の息子の一人だった。


 弟のほうか。

 デルレイド侯爵には二人の息子がいて、それぞれ司令官となっている。

 兄ロベールは残酷で有能、弟カスパールは残酷で無能。


 今、いるのは残酷で無能なほうだ。


「解放軍軍師を仕留め損ねたそうだな」


 本来、メダルの騎士が座るはずの席に身を反らし、横柄な調子でトキマルを睨む。


 おれに言い訳させたいらしいな。逆ねじ食らわせるか。


「解放軍の軍師って、どっちの?」


「なに?」


「あんたらは知らないかもしれないけど、いま解放軍には軍師が二人いるんだぜ。一人はおれが狙ったクルス、もう一人はアレクサンダル・スヴァリス」


「確かか?」


 メダルの騎士がたずねる。


「ただ逃げ帰るんじゃ芸がないだろ?」


 トキマルはカスパールとメダルの騎士を眺めながら、自分の持ち込んだ情報が雇い主たちに染み込むのを退屈そうな顔をして待っていた。

 そのうち本当にあくびが出たが、二人のほうは結論が出ていないようだった。


「トキマルと言ったな。お前はこれから解放軍の陣営に潜入し情報を流し続けろ。そして、頃合いを見計らって軍師を斬れ」


「どっちの寝首掻くの? 二人いっぺんは無理だよ」


 カスパールはメダルの騎士を見た。メダルの騎士は小さく首をふった。


「どちらでもよい。だが、可能ならスヴァリスを殺せ」


「へーい。じゃ、おれ、帰るから。支度とかあるし」


 トキマルがふわっと飛び上がったかと思うと、吹き抜けの梁を飛び継いで天窓から消えていった。

 同時にカスパールが拳を机に叩きつけた。


「なんだ、あのガキは! わたしを誰だと思っている!」


「お許しを、閣下。アズマのシノビにございます」


「シノビだと? もっとマシなやつはいなかったのか?」


「腕は確かで……」


「だが、一度失敗しておるだろうが。それも小娘どもに追い回されたときく。まあ、いい。クルスかスヴァリス。どちらか葬れれば、あとはどうなってもいい」


「はっ」


 カスパールはまた椅子に深く腰掛けた。

 ディルランド王国軍との戦いではろくに手柄を上げられなかった。

 兄のロベールばかりが戦功を重ねている。


 このままではまずい。どんな手をつかっても……。


 だが、情けないことにこの男にはその〈手〉というものがまったく思い浮かばなかった。

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