第十六話 ラケッティア、スカウト。
夢で苦無が飛んできて刺さりかけたかと思ったら同じことが現実にも起きた。
集団パラノイアまであとちょっとの大騒ぎをした後、おれはアサシン娘に大げさなくらい厳重に守られながら、解放軍司令部のある市庁舎へ顔を出した。
「狙われたときいた。無事で何よりだ」
ユリウスは大きな地図を広げたテーブルについて、補給品を運ぶ荷馬車に関する計算書に目を通していたところだった。
「正直、まだ残ってるワインのほうが命に危害を及ぼしそうだよ」
もっと正直に言うと、枕に苦無が刺さってから、アサシン娘たちによって床に押さえられ、部屋から引きずり出され、もみくちゃにされたほうが命の危険を感じた。
もちろん、おいらはジェントルマン。そんなこと口に出したりしませーん。
「でも、女の子にもみくちゃにされるのは悪い気分ではない」
そんな軽口がきけるくらいに調子を取り戻してますよアピールをして、何か新しい動きがないかたずねてみる。
「あれからシェリンガムとランプリングを陥落させた。ケーレホン高地との連絡線を強化し、三つの城塞で北部のガルムディア軍の侵攻にあたることができる」
「よく分からないけど、まあ、調子がいいってことね。で、差し当っての問題は?」
「きみの命が狙われたことだ。ガルムディアが雇ったのは間違いないだろうが――」
「たぶん忍者だね」
「忍者?」
「えーと、この世界にちょっと他とは違う特殊な風習を持ってる小さな国がない?」
「東にアズマという島国があるが……」
なるほど、このファンタジー異世界には昔の日本風の国が存在し、忍者も存在しているわけだ。
たぶんこの感じだとサムライもいるな。
しかし、忍者か。
中二のとき、臨時雇いのイギリス人英語教師がいて、そいつ、日本に来たのは忍者に会うためだと張り切っていたのだが、おれが今の日本に忍者はいないよというと、まるでこの世の終わりみたいな顔をしたっけ。
そいつは忍者に会うために人生の全てをささげて、日本に来たのだ。
でも、いないもんはいない。
結局、そのイギリス人は忍者は隠れるのがうまいから、きみたちでは見つけられないだけなんだと言って、頑なに忍者の存在を信じた。
いやあ。哀れなもんだよね。
アメリカにいけばカウボーイがいるし、イタリアにいけばマフィアがいるけど、日本に来ても忍者はいないんだよ。
さて、では気を取り直して――、
「で、これから解放軍はどう動くんだ?」
「軍師が欲しい」
「お?」
「リッツ地方で決起した民兵が加わって、解放軍も四千を超えた。兵の数もこれからはどんどん増えていくだろう。民兵を鍛え上げ、大軍をまとめる才のある人物が欲しい」
「あんたじゃダメなの?」
「わたしでは三千を指揮するのがせいぜいだ」
「軍師、かあ。心当たりは?」
「一人いる。名将の誉高い人物なのだが」
「なのだが?」
「少々変わっている」
「あー」
「そこで頼みがあるのだが、その軍師に会ってみてはくれないだろうか?」
「おれが? おれ、軍事のこととか、全然分からないんだけど」
「ハルトルドとトスティグを和解させ、ローバンを奇策で落としたきみなら、きっと相手も話をきくと思うのだ」
「うーん、自信ないなあ。失敗しても怒らないでね」
――†――†――†――
「と、いうわけで、これから軍師ゲットの小旅行に出かけまーす」
いそいそと旅支度を進める四人にちょっと待ったコールをする。
「ついてこれるのは二人だけ」
「どうして二人だけなのよ」
ツィーヌが不満げにたずねてくる。
「そうなのです。四人で行けばいいのです」
「例の忍者、あれがユリウスの命を狙う可能性がある。だから、蛇の道は蛇で有能なアサシンを二人、護衛のために残しておきたい。ほら、あみだくじはもうつくってある」
四人の少女は自身の存在をかけ、熱きあみだくじに全てを投ずる。
この、最初の場所選びで全てが決まるハードな勝負を前にすれば、誰もが運命論者になるのは間違いなし。
くじを指で下りながら、横線を曲がるたびに、オオーッとか、アアーッとか、大げさな声が飛び交い、『お留守番』と書いたゴールへの道が決まった瞬間の絶望のあまり、くじを下る指を極力のろくする無駄なあがきは見る者に愉悦を与える。
「はいっ! 結果発表ーっ!」
ついていくのはマリスとツィーヌになった。
おいてきぼりを食らうことになったアレンカはいじらしさと切なさの混じった表情で「寂しいけど仕方ないのです。マスターの命令ならアレンカは従うのです」と心にもないこと言って決定を覆そうとし、実際、覆りかけたのだが、マリスとツィーヌが鷹のように目をつりあげてきたので、未遂に終わった。
ジルヴァは何も言わないが、たぶんこの不憫な目にあった元凶を忍者に求め、忍者というものは車裂きの拷問にどれだけ耐えられるものだろうかと考えているに違いない。
――†――†――†――
翌日、軍師の住むというフェルヴバーの森へと向かう。
最前線からほんの数キロ足らずの場所にある森で、解放軍と帝国軍と斥候がときおりぶつかって戦闘がおっぱじまることもあるらしい。
南方の椰子と北方の松が入り混じった不思議な森。
砂まじりの葦原からざらついた風が吹き、ねじれた灌木の小さな丘にはゴブリンがやったらしい人間の頭蓋骨と棒杭でつくった現代芸術(新機軸を求めすぎて原始時代に回帰するようなやつ)が乱立している。
「ゴブリンもモダンアートを売ったりするのかなあ。値札はついてないみたいだけど」
「マスター。その軍師、名前はなんという?」
「ん? ああ。名前はアレクサンダル・スヴァリス。元はディルランド王国軍の元帥だったんだが、歳をとって引退したらしい」
「引退した老人引っぱり出すの? 解放軍ってそんなに人不足?」
「いや、表向きは老齢による引退なんだけど、実際はちょっと奇行が目立って、宮廷貴族たちに嫌われたとか」
「奇行?」
「宮廷晩餐会で居並ぶ貴婦人たちを前にズボンを降ろしてケツを見せたらしい」
「マスター、こんなこと言ってはなんだが、その軍師、アタマ大丈夫なのか?」
「ダメなんじゃね? でも、ただの露出狂ならなんとか操縦できる。ときおり、自分のパンツを下げたくなる衝動を許してやればいいんだから。これが他人のパンツを下ろしたがるとなるとヤバい。お前らだって、そのじいさんがお前らのパンツ下ろしにきたら殺すだろ?」
「当然」
「愚問だ」
「な? でも、じいさんは自分のズボンを下ろすんだけなんだから、じいさんがズボンを下ろしたら、まわりのみんながそっとよそを向けばいい」
「本当に有能なのかなあ」
「おれは結構期待してるぜ」
「ほう。それはなぜたい?」
「いま、解放軍の軍略はユリウスが担当している。ユリウスの軍略は帝王学の一環で学んだ行儀のいい軍略だ。そして、解放軍は奇抜な案を出せる軍師を探してる。露出狂の軍師なんて間違いなく奇策を思いつきそうなもんだ」
「まあ、マスターが信じるなら、ボクも信じる。ツィーヌは?」
「信じる。けど、お金賭けろっていわれたら、絶対賭けない」
「そりゃおれだって同じだ」
右側が開け、小さな沼が現れた。
壁のように密集する葦のなかからカエルがゲコゲコ鳴いているのがきこえる。
「マスター。下がって」
マリスが剣を抜いた。見れば、ツィーヌも指のあいだに三本の試験管を挟んでいる。
こういうとき、ハズレだったことは一度もない。
だいたい何かろくでもない意図をもった暴力的な集団――人間の場合もあるが、そうでない場合もあった――が待ち伏せしているのだ。
ギギイィ!
毛むくじゃらのゴブリンが山刀みたいな剣をふりまわしながら、葦と木立から飛び出した。
たぶん、おれらの頭蓋骨で現代アートの金字塔をつくるつもりだろう。
ザクッ!
身を下げたマリスの突きがゴブリンの頭蓋を顎から貫き、血煙を上げて倒れる。
次にかかってきたゴブリンを右へ身を寄せて、左手の短剣で首に打ち込む。
ギャアウ!
試験管が割れ、ツィーヌの毒薬を顔に浴びた二体のゴブリンがもといた葦の茂みへ倒れると、たちまち硬そうな茎をもった葦や蒲がみるみるうちに変色し、葉が落ち、紫の煙を出しながら萎れていく。
毒薬をもろに浴びたゴブリンたちがどうなったかは考えるだけでもおっかない。
数分でゴブリンたちは十数体の骸を残して敗北した。
サブクエスト完了ってやつだ。おれに経験値は入らないけどね。
「まあ、少しはいい運動になった」
「こっちも研究に使えそうなデータもとれた」
「うっす、お疲れ様です。お二人の活躍のおかげでおれは森の芸術家たちに頭蓋骨を供出させられることもなく、無事に道中に復することができます」
「じゃあ、変人さんに会いに行こうか」
変人――アレクサンダル・スヴァリスの屋敷まであと少しだ。
変人については結構耐性がついてるおれだ。どうってことない。
でも、もし覚悟している以上に変人だったら?
まあ、そのときはそのときだ。




