第十四話 ラケッティア、やっぱりおれの体にはラケッティアの血。
銃の公定相場は火縄銃が金貨五枚、ピストルが金貨二十枚。
だが実際の相場で、火縄銃が金貨二十枚、ピストルが金貨百枚。
ドゴ将軍はこの値段で買うと言っている。
だから、まずおれが火縄銃一万丁とピストル四百丁を公定相場で買う。
合計が火縄銃が金貨五万枚、ピストルが金貨八千枚。
ミデルス伯爵はこの分の銃の購入のための出荷命令書を王室近衛兵の調達係として発行する。
これは事後で勅令に準ずる扱いになるから、聖院騎士団があれこれイチャモンをつけることはできない。
おれは手数料として金貨一万枚をミデルス伯爵に払う。
まず前金に現金で五千、銃の購入が済んだら、残りの五千を払う。
銃の購入に使う支払い手段はさきほど用意したゴブリン銀行の為替手形。
買った銃はエスプレ川を下る船に乗せて、そのままカラヴァルヴァに向かう。
カラヴァルヴァに着いたら、銃は合計二十四万枚で売れる。
売上240000-銃の仕入れ値58000=金貨182000枚
そこからミデルス伯爵に払う手数料10000と銃の輸送を行う船乗りたちへの払い1000、ゴブリン銀行の為替手数料580を差し引くと、利益は金貨170420枚となる。
売上に対する利益率は約71%。
ボロ儲けどころの騒ぎじゃない。
ヤクなんかに頼らなくともこれだけ稼げる。
これぞラケッティアの神髄よ。
――†――†――†――
さて、ロンバルト街の銀行家が集まる料理屋〈狂った棹秤〉は味の濃いポトフを出すと評判だ。
一日じゅう、のるかそるかの銭勝負に明け暮れた健啖家を満足させるには、こってりとした脂が必要なのだ。
その脂が税金をごまかしたり担保を水増ししたりするエネルギーとなって、ペテンと馬鹿笑いの資本主義の車輪をぐるぐるまわす。
その車の行き先が谷底に真っ逆さまなのは分かっているけど、乗ってるやつはみな「自分だけはギリギリのところで飛び下りれる」と思っているおめでたさん。
「こんなに大量のポトフは胃に入りきらんな」
ゴッドファーザー・モードのおれが言う。
ポトフの鉢を左隣の部屋に近づけると、扉が開いて手が伸びて、あっという間にポトフがこの世から消えた。
ここは続き部屋の個室でおれのいる部屋の左右に別々の部屋がある。
銀行家がメシを食うにしてはテーブルが武骨だし、窓ガラスはボコボコのものをひし形に切って鉄の枠にはめている。なにより狭い。手を伸ばせば、左右のドアに届く。
本来おれのいる部屋は食べるための部屋ではなく、外套や帽子を置く部屋なのだが、おれがわがままを言って、無理やりテーブルを入れてもらっている。
個室の外ではウォールストリートの株屋みたいに発狂した金融業者たちが娼婦のスカートを景気よく引っぺがすのに忙しそうだ。
ノックがきこえ、ミデルス伯爵がやってきた。
アルストレムも一緒。
ミデルス伯爵は昼間見たのとは違う服だが、アルストレムは同じ服。
「違う服だな」
自己紹介だのなんだのを始める前に言っておく。
「なんですって?」
ミデルス伯爵というのは物凄くダンディな声をしてる。
「もし、わしがあんたの立場なら生活の水準をひとつ、いや三つほど落とす。だが、結局のところ、あんたはわしじゃない」
「その通り。あなたはわたしではない。失礼を承知で言うが、血筋が違う。それに立場も違う」
「ほう?」
「陛下の御前に常に侍るものであれば、その身なりもまた常に改めなければいけない」
「ああ、そういうことか。確かにわしとあんたは違う種類の人間だ。あんたは貴族で王の侍従。だが、わしは――」
なんちゃって葉巻のロミオの吸い口を切り、テーブルに乗っている小さな一本の蝋燭でゆっくり火をつけ、たっぷりカモミールティーの煙を宙に吹かして、
「王そのものだ」
ミデルス伯爵の顔は予想通りの嘲りを浮かべたが、アルストレムのほうは、まあ、なんともいえない顔になっていた。
アルストレムみたいな人間は相手の瞬きの回数や言葉を口にするときの歪み具合で相手の感情に山勘を張るのが仕事だ。そして、アルストレムは初めておれがなんちゃって葉巻を吹かすのを見たわけだが、それが上機嫌なのか怒りをあらわしているのか、つかみかねているらしい。
「もちろん、冗談です。大切な商談の前にはお互い、気持ちをほぐさねば。それにしても長きにわたる歴史、四百年でしたかな?」
「三百と八十三年だ」
「三百と八十三年の歴史を誇るミデルス家の当主から見れば、わしなど、民間市井のならずもの」
「アルストレムからはあなたは普通のならずものとは違うとききました」
「この通り、年老いたならずものですな。わしのような生業のものは長生きできるだけで奇跡だ。たいていはこの年齢までに監獄につながれて朽ちるか、エスプレ川に死体が浮かぶ。だが、こうしてわしは生きていて、葉巻を吸い、銀行家たちの下品な冗談をきくことができる。なぜだか、わかりますかな?」
「さあ。あなたがたのような生き方をするもののことなど、考えたこともありませんので」
「借りはきちんと返してきた。返せないほどの借りをつくることはしなかった。それだけのことですよ」
ミデルス伯爵は自分があてこすられてると思って、不機嫌になったのだろう、
「商談、というが、そんなものは存在しない」
と、プリティなこと言ってきた。
「今日は伝えに来ただけだ。出荷命令書を発行する謝礼は金貨十万枚。先に全額支払ってもらいましょう。わたしのような人間と取引することはあなたの名を高く上げるでしょうから、そのぐらいの価値はあるでしょう。それに銃砲の現在の価格を考えれば、この金額は決して高くない」
「つまり、今日は商談ではなく、手数料を値上げしたことを一方的に伝えてきたと?」
「そうとっていただいて結構」
「ひとつ、ききたいのですがな、もし、わしがその取引を不服としたら、どうなさるおつもりかな?」
「出荷命令書がない以上、銃は手に入らない」
「それで?」
「あなたが銃を売ろうとしている相手と直接取引することもできる」
「それは無理でしょう? あなたが自力で金貨五万八千枚を用意しなければいけない」
「ドゴ将軍は買い付け金の一部を喜んで前払いしてくれる」
「ああ、そういうことか。将軍に売りつける相場を少し下げて、それでわしを取引から締め出そうというわけか?」
「そういうことだ。セニョール・クルス。あなたも少し賢くなったほうがいい。わたしと張り合うのは愚かなことだ」
伯爵のドヤ顔もそれなりに笑えるが、それ以上に笑えるのはアルストレムの顔だ。
こいつ、間違いなくおれが伯爵をぶち殺すために誰か送ると思ってやがる。
おれはこんなことは全然何でもないんだといった感じで、
「しかし、分からんですなあ。ドゴ将軍と直接取引するアイディアがあるのに、なぜここにきたのです? まさか、しなびた老人の顔を拝みに来たわけではないでしょう? あんたの計画をきいていると、わしは必要ないのに、あんたはわしに手数料を金貨で十万枚支払えと言ってくる。そんなことせず、わしのことは忘れて、直接、将軍と出荷命令書のやり取りをすればいいのに」
「わたしなりの慈悲のつもりですよ、セニョール」
「慈悲? ふむ?」
ハッタリだな。
ドゴ将軍はそんな手付を払うような甘ちゃんには見えない。
おれは右のドアへ手を伸ばした。
扉が少し開き、さっと伸びた手がおれに一枚の羊皮紙を握らせる。
「伯爵。これを見ていただけますかな?」
おれが渡した羊皮紙を見ると、伯爵の顔がちょっと険しくなった。
「これは偽物だ」
声はまだ震えていない。よーしよし。なかなかプリティ。
「偽物? しかし、書式は王立近衛隊で使われるものだし、蝋の印章も然り。なにより、それはあなたのサインでしょう?」
エルネストがつくった出荷命令書。
本物よりも本物。職人の逸品である。
伯爵がその後、取った行動は実に幼稚だった。
おれの出荷命令書を蝋燭の火で燃やしてしまったのだ。
テーブルを汚すと店に悪いと思ったので、燃え上がる出荷命令書の下に帽子を置いてやった。
「こんな小細工でわたしがひるむと思っているなら大間違えだ」
いやいや。
あんた、ひるんだから、燃やしたんでしょ?
おれはまた右のドアへ手を伸ばした。
さっき燃えたのとまったく同じ出荷命令書が出てきて、伯爵の顔がさっきよりは蒼くなった。
「これは偽物だ」
「それはさっききいた」
「先ほどの出荷命令書とまったく同じものだ!」
「先ほどの出荷命令書? そんなものがどこに? ああ、もしかして、このわしの帽子のなかでくすぶっている灰のことか? これがどんな書類だったか、きみは分かるかね?」
アルストレムは「いえ、分かりません。ドン・ヴィンチェンゾ」とこたえた。
「伯爵。あんたはわしを取引から締め出せると思っているが、それはこちらも同じことだ。あんたが出荷命令書を発行しないなら、わしはわしの出荷命令書で銃を手に入れる」
わかりました、と突然、伯爵が言い出した。
「商談をしましょう。金貨で八万枚でどうです?」
「一方的な通告から商談に繰り上がったわけか? 伯爵、ちょっと考えてみてほしいのだが、どこから見ても本物の出荷命令書がわしの手にあるのにあなたをこの取引に噛ませる理由は何だと思います?」
「高貴な血筋への崇敬?」
「伯爵、あなたと話すのはとても楽しい。まあ、そういうことにしておきましょう。わしは貴族としてのあなたの四百年――失礼、三百と八十三年の歴史と伝統を重んじ、尊敬して、あなたに出荷命令書を発行する機会を与えた。それに対して、あんたはわしのケツを血が出るまで掘るような真似をしようとしやがった。そこで質問だが、自分のケツを掘ろうとしたあんたに金貨で八万枚も払う理由は何だと思う?」
わかりました、と伯爵。
「金貨七万枚。これならいいでしょう」
「金貨一万枚分だけ賢くなったわけだな。いいでしょう。あんたへの手数料は金貨五千枚として、前金で二千、船に全ての銃を積み込んだら三千渡しましょう」
「五千枚!」
「貴族としてのあなたに金貨一万枚の値段をつけたつもりだが、あんたはそれに値しないことが分かった」
「ふざけるのはよしたほうがいいのでは?」
こいつにまだ強がる手札はあったかな?
「お前は偽の出荷命令書で銃砲を取引しようとしている。これをわたしが国王陛下に言えば、お前はすぐに絞首刑だ」
ふーん。またまた、こいつプリティなこと言ってきやがったな。
偽物だと言って、国王に見せるのはエルネストの出荷命令書なわけだから、やつに勝訴の可能性は万分の一だってない。
「伯爵。別にこの出荷命令書を国王に見せて、恥をかくのはあなたの勝手だが、果たしてあなたはこの店から生きて出ることができるかな」
そういって、おれは左のドアを叩いた。
すると、重々しいノックが二回返ってきた。
「全員集めるのに苦労したよ。〈狂犬〉と〈斧〉、〈悪魔殺し〉、それに〈天使〉」
ミデルス伯爵の目が左のドアから離れられなくなった。
体のほうは防衛本能が働いたのか、後ずさりして右の部屋の壁に背中をぴったりくっつける。
ようやくこいつも状況が『OKには程遠い』ことが分かったのだろう。
「あんたにカネを貸した連中が、この商談を見守っている。商談が成立すれば、利子くらいは返してもらえる。だが、あんたが商談を蹴るなら、カネは入らない。あんたの債権者たちは部屋から飛び出して、あんたをバラバラにして、ポトフの具にする」
わかりました、と伯爵。
今日はやたらと「わかりました」って言う日だなって自分でも思ってるだろう。
まあ、長く生きてりゃ、そういう日もあるさ。
「金貨五千枚で手を打ちましょう」
「それはさっきまでの値段で、今は金貨千枚だ」
「だが、それでは――」
「じゃあ、三百と八十三年の歴史に敬意を表して、三百八十三枚にしてやる」
すると、伯爵から、プツン、と音がした。
膝を折って、おれの手に縋りつき、何度も口づけしながら、ああ、ドン・ヴィンチェンゾ、お願いです! どうしても金貨で一万枚が必要なのです!と必死にお願いしてきた。
「やつらは――」
と、左の部屋を手で指しながら、
「ケダモノです! 金貨一万枚が手に入らなかったら、わたしは殺されてしまう! 荘園は、もう抵当に入っていて、どうしてもカネが必要なのです、ドン・ヴィンチェンゾ、お願いです!」
「じゃあ、ひとつ貴族らしいところを見せてもらおう。甥にきいた話では農民の請願者がひとりいて、その農民が何も請願できないまま、蹴り飛ばされたときいた。この農民を見つけて、その請願を叶えてやるといい」
「しかし、請願が叶うかどうかは国王陛下が決めることで――」
「なら、国王がその農民を助けたくなるように全力を尽くして説得することだ。さっきも言った通り、あんたの本物の貴族らしいところを見せてくれ。それができれば、手数料は元通り金貨一万枚だ」
「わかりました、ドン・ヴィンチェンゾ。必ず請願を通らせます。通らせますからなにとぞ……」
ドスン、と右から音がして、樫板を鉄枠で補強した宝箱がひとつ。
中身は金貨五千枚。
「前金だ。残りは銃を確認したら渡す。それとも、ここで借金を返すかね?」
おれが顎で左の部屋を差すと、伯爵は慌てて、
「いえ、その、ここではなく、後で返します。ドン・ヴィンチェンゾ」
「ちゃんと借金を返すのに使うことだ。間違ってもギャンブルに使うな」
「は、はい! ドン・ヴィンチェンゾ、本当にありがとうございます!」
従者らしい男がふたり、もともと狭い部屋をさらに狭くしながら、宝箱を持っていく。
ミデルス伯爵は国王にだってこれほど頭を下げないだろうと言うほど、おれに頭を下げた。
そりゃそうだ。
国王は金貨一万枚なんて払ってくれないからな。
「で、何か質問でもあるのかね?」
アルストレムは呆然としていた。
そりゃそうだ。〈青手帳〉は鍋なおし屋の上に本部を持つほど予算が少ない。
金貨で一万、十万なんてやり取りを目の前で見てたら、頭がぼうっとなるのも当然だ。
「なぜ、あんたはやつに金貨で一万枚も払ったんだ?」
ん? 変なこと質問するなあ。
「大きな取引だからな。手数料も大きくなる」
「でも、ドン・ヴィンチェンゾ、あんたは出荷命令書を持っている。信じられないが、本物の出荷命令書だ。それがあるなら、ミデルス伯爵への手数料など必要ないはずだ」
「きみは諜報機関の人間だから、わしが買い取った銃を誰に売るつもりかは知っているはずだな。そこで考えてみてほしいのだが、わしが売った銃でアトルピアの兵士が撃たれれば、アトルピア政府はドゴ将軍がどこから銃を調達したのか問題にする。国際問題となると、ミデルス伯爵はいい身代わりだ。自分でつくった出荷命令書が問題になるわけだが、伯爵もまさか偽物とは言えまい。伯爵は出荷命令書にはサインをするだけで、書類自体の作成は書記官が行うわけだしな。そことの証言をすり合わせられないと言い逃れはできない。だが、そもそもミデルス伯爵には言い逃れをする必要がない。伯爵が出荷命令書を発行するのはまったくの合法なのだし」
「もし、伯爵が売った先はあんたであり、問題はあんたとドゴ将軍の取引にあると言ったら?」
「それはつまり、伯爵がわしを売るということだ」
ちょっとだけ怖い顔してみた。
これでこたえになっただろう。アルストレムは帰っていった。
さて、全てが終わったので右の部屋に顔を出す。
そこではクルス・ファミリーの連れてきた面々が豪華な分厚いサンドイッチを食いながら、二組のトランプで大貧民をしている。
現在、手札残り一枚で第二富豪の地位から大富豪を狙うツィーヌがたずねてきた。
「なんで、金貨で一万枚も払うの? あんなやつに」
「おれの商売、ブローカーが絡むことが多いんだよ。手数料を馬鹿みたいに下げられたって評判が立つと、商売がちょこっとやりにくくなる。それにまあ、あんなのでも宮廷の人間なのは間違いないし、もっと間違いないことはあいつ、あのカネでまたギャンブルする。カネを返したとしても、そりゃ一時的でまたギャンブルで借金をこさえる。だから、カネに詰まったら、何か儲け話を持ってくるかもしれない。手なずけて損はない人種だよ、ありゃ」
「ふーん、そうなんだ」
「それとツィーヌ、ひとつききたいんだけど、いま革命起きてるの?」
「起きてないけど」
「じゃあ、クルス・ファミリーの大貧民ローカル・ルールはいつから2であがるのがOKになったの?」
「え? あ。あーっ!」
ツィーヌが大貧民決定したところで、今度は左の部屋へ。
左の部屋ではお百姓のおっさんがひとり、おどおどしながら待っていた。
「あ、あの、言われた通り、ノックされたらノックし返しました。二度。これで村は救われるんでしょうか?」
「連中のほうからあんたを探し出して、徴税請負人を蹴散らすことを約束してくれますよ」
「ほ、本当ですか」
「もちろん」
「あ、ありがとうございます。ドン・ヴィンチェンゾ。なんとお礼を言ったらいいか」
「礼など無用ですよ。わしはわしの生きる世界で通すべき筋を通しただけですからな。賄賂を受け取りながら見返りをよこさないような真似を許すと、この世界、ケダモノだらけになってしまう」




