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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第十五話 ラケッティア、ゲーム脳。

 アレンカが間違えて、おれにワイン入りの杯を渡し、それから一週間、おれは菓子屋のベッドで一週間二日酔いに、というか七日酔いに悩まされながら、現実とも夢とも分からないものを見ていた。


 夢のなかのおれはスーファミのファイアーエムブレムをしていて(サブタイトルは忘れたが、3DSの奴だった気がする。スーファミなのに)、それの主人公がユリウスで、クラスは王子、ヘイルゼンが騎士、マグナス・ハルトルドとハーラル・トスティグはハイランダーなのだが、一人使い物にならないクラスがある。


 それがラケッティア。

 こいつはカネを稼ぐのだが、おれは買い物禁止縛りでプレイをしているので、カネをまったく使わない。


 かと思うと、逆に物凄く使える、というか使ったら簡単すぎてゲームにならないのが、アサシン。


 なんせこいつら、というのも四人いるんだけど、移動範囲に制限がなく、ステージスタートとともにボスのすぐそばへ動かすことができるうえ、ボスも含めて敵はみな一撃必殺。


 ファイナルファンタジー・タクティクスのオルランドゥを思い出すバランス崩壊キャラが四人もいるので、ゲームに張り合いがなく、さくさく進み、都市が一つまた一つと解放軍の手に落ちていく。


 ちょっと簡単過ぎじゃない?


 そもそも買い物縛りしてるのに、なんでゲームバランスが崩壊してるアサシンは使うのかというと、このユニットどもは使わないと文句を言って、テレビ画面をメッセージウィンドウだらけにしてしまうのだ。


 だから、使うのだが、それだとゲームが簡単すぎる。


 で、おれは任天堂に苦情の電話を入れた。


「もしもし。任天堂さんですか? お宅のファイアーエムブレムをしているものなんですが、ゲームバランスがおかしいんですよ。テストプレイしました?」


「……どの作品?」


 なるほどファイアーエムブレム・シリーズはたくさん出ている。

 ただファイアーエムブレムといっただけではどれのことだか分からない。


 おれはカセットのラベルを読んだ。


「えーと、ラケッティア戦記?」


 こんなの出てたっけ?


「そんな、タイトル、ない……海賊版?」


 あちゃー。そう言われると、このカセット、晴幸せいこう叔父さんが香港土産に買ってきたような気がしてきた。


「じゃあ、保証の範囲外?」


「専門家がいる。待ってて……」


「はあ、よろしくお願いします」


 保留のボタンが押され、エリーゼのために、を三ループ鳴らした後、専門家が電話に出た。


「はい! こちら、マスター苦情受付専門係なのです!」


「海賊版のファイアーエムブレムにも対応してくれる?」


「もちろんなのです! マスターのお願いはみんなみんなみーんな叶えるのが、マスター苦情受付専門係のお仕事なのです」


「じゃあ、このファイアーエムブレムのアサシンが強すぎるから、どうにかしてほしいんだけど」


「あうあう。アサシンが強すぎるとよくないのですか?」


「ゲームが簡単すぎて張り合いがないよ」


「でも、簡単にクリアできないとクソゲー呼ばわりされるのです」


「そうかもしれないけど、でも、ここならおれのお願い、みんなみんなみーんな叶えてくれるんだろ?」


「うー、仕方ないのです。マスター苦情受付専門係に二言はないのです。じゃあ、マスターにお迎えを送るので、本社に来てほしいのです」


「え、迎え? なんか悪いねえ」


「マスターのためなら、このくらいなんともないのです」


 家の前にはサイドカー付きのオートバイが待っていた。


「さあ、マスター。急いで出かけるとしよう」


 この凛々しいライダーの運転はおれに天国の門を垣間見せた。たとえが古くて申し訳ないがスティーブ・マックイーンだってこんなにとばさないだろ、ってくらいとばした。

 途中でトラックの下敷きになりかけること二度、路面電車と正面衝突しかけること七度、違反切符を切ろうとするパトカーに追いかけられること十三度で免停待ったなしの運転だったが、どうにかおれは生きたまま、任天堂本社の前までやってくることができた。


 あれ? 任天堂本社ってこんなにちっぽけなのか?


 灰色の建物が並ぶ広くもない街路の三階建ての緑のビル。

 古すぎて自動扉もない。


「さあ、マスター。行こう。ボクが案内するよ」


 と、女の子がおれの前を歩く。


 かと思ったら、ビルに入るなり、ミシシッピー殺人事件ばりの突然さで(またたとえが古くて恐縮だが)落とし穴が開いて、女の子は消えてしまった。


 まあ、そんなに大きくないビルだから、案内はいらなさそうだけど。


 受付の囲いから女の子が一人立って、おれのほうにつかつか歩いてきた。


「マスター、道に迷ったの?」


「迷ったっていうか、そのね、落とし穴がさ――」


「しょ、しょうがないわねー。どうしてもっていうなら、わたしが案内してあげてもいいんだからね」


「え、あ、はい。じゃ、お願いします」


 こうして新しい女の子についていくのだが、受付スペースを振り返ると、黄色と黒の斜め縞の工事現場っぽい色の枠のなかに赤いボタンがある。

 押したらいかにも、落とし穴がひらきそうな――。


 二階の大部屋が古めかしい仕切り板で十二の小部屋に区切られていて、煙草をくわえた社員たちが月ごとに分かれた花札の絵を何百枚と描いている。

 おれはここがファミコンを売り出す前の任天堂本社なんじゃと思い始めた。


「ねえ、ここで本当にスーファミのこと分かるの? 海賊版どころか正規品のことだって面倒みられそうにないけど」


「マスターは黙ってついてくればいいの。わたしに任せれば全部大丈夫なんだから」


「はーい」


 三階には裸電球がぶらさがった長い廊下があった。

 途方もなく長く、緑の壁紙がだらしなく剥がれ、壁に溶けかけた貼り紙には、なんかこう、任天堂の意気込みのようなものが殴り書きにされている。

 マジコン使用者に死を!とか、カセットに回帰せよ!とか。


 女の子が廊下のどんづまりのドアを開け、なかに入るよう顎でしゃくる。


 入ると、背後でドアが閉じられる音がした。


 天窓のあるホコリっぽいホールに老人が一人。

『バラキ』でジョセフ・ワイズマンが演じたサルヴァトーレ・マランツァーノにすごく似ているんだけど、社長だろうか。


「海賊版のファイアーエムブレムを持ってきたそうだが」


 老人が言った。


「ええ。そうなんです」


「ゲームバランスが悪いとか」


「それもその通り」


「海賊版か。タチが悪い。デンマークから輸入した児童ポルノを売りさばくのと同じくらいタチが悪い。どちらも子どもを苦しめる。世界は不公平にできていることは、まあ、承知しているが、これはひどすぎる」


「ゲームを調整してくれますか?」


「さっきも言った通り、世界は不公平なのだ。ゲームバランスのおかしい海賊版が存在することもまた世界の哀しいさがとして受け入れなければならない」


「え? ゲームバランス再調整してくれないの? ここにくれば、なんとかしてくれるってきいてたのに」


「だから、なんとかしただろう? 世界は不公平だと教えた。わしらは不公平なもので満足しなければいけない。それにワイン一杯分のアルコールだって、もう肝臓が処理したはずだ。目覚めのときだよ」


 目覚め? いったい何を……


 そのとき、何か金属が天窓を破って、おれの鼻先をかすめて、床に突き刺さった。


「うぎゃ!」


 一瞬鼻がもげたかと思って両手で押さえたが、鼻血一滴だって出ていない。

 なんとなく大げさに驚いたことに気恥ずかしさを覚えつつ、謎の飛来物に目を向けた。


 それは床板に突き刺さっている。


 苦無だ。ほら、忍者が使うやつ。


「うーん。忍者か。……とりあえず抜いてみっか」


 なんでそんなことするのかって?

 マスターソードの可能性が捨てきれないだろ? ここ任天堂の本社だし。


 苦無を引き抜く。

 すると、八方へピキピキと亀裂が入り出した。


 ジョセフ・ワイズマンな社長は首をふった。


 床が割れる。花札が飛び散る。バーチャル・ボーイが世界最優秀ゲーム大賞を勝ち取る。


 おれは混沌のなかを落ちる。赤と黒の世界をどんどん落ちる。


 ローソク型の古い電話が宙を浮いている。


 その受話器を取ると、マスター苦情受付専門係の声が――。


「マスター! 起きてくださーい! 八日目の朝なのですー!」


     ――†――†――†――


 カーテンが開いて、目ン玉に錐をねじ込まれたようなすさまじい痛みが襲いかかった。


 おれは太陽の光をいっぱいに浴び、うぎゃあ、とか、ひぎゃあ、とかわめきながら、おれのアルコール漬けの脳みそを外刺激から守ってくれる毛布を求め、ベッドの上を転がった。


 されど、探せど探せど手は毛布にぶつからず、体からじゅうじゅうと上カルビを焼くような音がする。


「マスターが寝ているあいだに都市が二つ、解放軍についたのです」


「うーん、ひょっとして、城将を暗殺したりした?」


「どきっ」


「あー、殺っちったんだ?」


「あんなに隙だらけじゃ暗殺してくださいってお願いしているようなものなのです」


 その昔、キューバ革命が起きたとき、CIAはマフィアにカストロを暗殺してくれと泣きついたことがあった。

 マフィアのボスたちもキューバのカジノをカストロに没収されたのでCIAと協力してカストロを殺っちまおうと思っていた時期があったらしい。


 マフィアが政治的な暗殺に関わることはまったくないわけではない。

 人によってはケネディ暗殺の黒幕はマフィアだと言っているやつらもいる(ちなみにおれはCIAとマフィアと亡命キューバ人たちの三位一体説を信じてる)。


「まあ、いいや。こっちが勝ったのなら、その途中のことについて気にしない。勝てば官軍ですよ、勝てば」


 起き上がった瞬間、金属でできたカワセミが窓ガラスを突き破って、おれがついさっきまで頭を置いていた枕にぶっすり刺さった。


 いや、そっからさきはとんでもねえことになった。

 アレンカがおれをベッドから引きずり降ろして、床に伏せさせ、おれの上に覆いかぶさり、異変を察知したツィーヌ、ジルヴァが現れるや窓を蹴破って、屋根伝いに賊を追いかける。

 抜き身の剣を手にしたマリスがおれのことを子猫みたいに首根っこつかんで部屋から引きずり出し、怪我がないか全身くまなく調べられた。おれが恥じらって必死に抵抗しなかったら、パンツまで引っぺがされてケツの穴まで調べられただろう。


「賊は!」


「逃げられた!」


「マスターには怪我はない! 解放軍本部にいって報告を!」


「わたしが行く!」


 散々部屋を引きずり回された挙句、ようやく自由意志を働かせて動くことを許可されたおれはボロ雑巾みたいによれよれになって、さっきまでいた寝室へと戻ってみた。


 そして枕に刺さったままの鋼の飛来物を引っこ抜いてみた。


 苦無だ。

 忍者が使うようなやつ。

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