第二十話 ラケッティア、六日目のデート。
錬金術学校の講堂は驚愕とどよめきに包まれた。
「あの少女は何者だ?」
「まさか、あんな大胆な仮説を実証する手順が実在するとは」
「賢者の石に最も近い少女だ!」
「知恵の泉だ!」
祭壇と教壇を兼ねた台形の水鉱石で鉛を金に変えるヒントを持っていると褒めたたえられているのは他ならぬ我らがアレンカだった。
「以上が第一物質の解放をラーンクトン石碑の碑文に記された哲学的水銀の精製法から試みる際の手順です。これがあれば夜空に宮殿座がかかるのを待つことなく、卑質から第一物質を抽出、解放することができます。ただし、十日間の熱を加えて、分離後に生ずる〈硫黄〉と〈水銀〉の管理は非常に困難であり、この管理法が今後の実験計画策定において重要になりますが、その論述は後続の研究に譲ります」
アレンカって無理をすれば「なのです!」を語尾から外すことができる。
無理と言っても、プルプル震えながら背伸びした状態を維持するくらいの無理。
正直、なに言ってるか分からなかったが、アレンカがその知性でもって、すげえすげえと褒められて、いまは澄ましているが、内心は誇らしげになってるんだろうなと思いながらにまにましてると不思議と睡魔も寄ってこない。
錬金術については前々から思っていることがあるが、たとえ賢者の石をつくって鉛を金に変えても、経済的には金が鉛と同価格に暴落するだけで、経済的成功からは程遠い。
そもそも、カネに対して、そんな目端の利く考え方ができれば、犯罪都市の錬金術学校で教師なんてしてないだろう。
学校を出て、赤ワイン通りを北へと歩く。
「アレンカは思うのです。鉛を金に変えず、ケーキに変えるべきなのです。マスターのいた世界に錬金術士はいたのですか?」
「いたよ、大勢。カネを銀色の玉に換えて、釘を何十本も打った台に玉を飛ばして、チューリップに入れたら、玉が増えて、増えた玉はまたカネに交換できる。これをパチンコという。学校行く途中のパチンコ屋の前には少しでもお気に入りのパチンコ台に座るべく、死んだ顔した錬金術士が夜明け前から並んでいた」
「それは錬金術じゃなくてギャンブルなのです」
「パチンコはギャンブルじゃない。法律上はそうなってる。会社や検定協会などの関係団体は警察官僚OBの天下り先になってて、お巡りさんがこれはギャンブルじゃないって言うんだからギャンブルじゃない」
「マスターの好きそうな話なのです」
「このパチンコ、微妙なところを彷徨ってるんだよ。天下りした警察OBを介して、警察が囲い込んでるからヤクザが簡単に手を出せない。ヤクザたちは当たるとデカいが外れるのもデカいパチンコを無許可で営業してたけど、警察に見つかるとすぐ潰された。そりゃそうだ。闇モノなんて自分たちのパチンコの商売敵だからな。パチンコなんて法で禁止しちまえっていう意見も仰せごもっともだけど、そうしたらヤクザがパチンコ屋をやるだけで禁酒法の愚を犯すことになる。公営ギャンブルや警察の目が届くギャンブルに客を囲い込んで、ヤクザの違法賭博から遠ざけるのが必要悪というべきかどうかは微妙だが。でも、こうした警察によるある種の犯罪を囲い込むのはLAコンフィデンシャルっぽいな」
「でも、アレンカには分からないのです。どうしてただの鉄の玉がお金になるのですか?」
「パチンコの玉と金を交換したがる稀有な商人が必ずパチンコ屋のなかにいる」
「マスターはパチンコはしたのですか?」
「まさか。おれ、自分ではギャンブルしないもん。ギャンブルで儲かるのは胴元でも客でもなく、そのどちらにもカネを貸す高利貸しだ。おれが目指すところはそこ」
「あう。マスターの話は難しいのです」
「講堂でアレンカがした話よりはずっと簡単でチョロいよ」
「つまり、もっと難しい話ができるアレンカはもっとえらいのです。えっへん」
おれが昨日、ゴッドファーザー・モードで臨んだ会談はもっともっと難しいかもしれない。
ロデリク・デ・レオン街で派手に暴れた代償に治安裁判所と聖院騎士団から手入れという名のイヤガラセを受け、ケレルマン商会は子分たちが盗んだものを保管している隠し倉庫がやられ、シグバルト・バインテミリャは自宅をガサ入れされた。
他にもヤクを抑えられたとか、ピストルを全部没収されたとか、ひどい目に遭ったという話は出てきた。おれのとこも〈ラ・シウダデーリャ〉にガサ入れがあったが、帳簿を抑えられたとかボスを国外追放にする物証を抑えられたとか、本当にヤバい手入れは行われなかった。
結局、裁判所と騎士団の両方が主催する会談に街じゅうのボスたちが集まって、黒のジョヴァンニはフェリペ・デル・ロゴスと怒鳴り合い、つかみ合い、シャツのボタンを全部引きちぎって「撃てるものなら撃ってみやがれ」と己が胸を大きく開けたりと芝居がかったことも行われた末、フェリペ・デル・ロゴスはカラヴァルヴァからの追放が決まった。
殺し合いとその後の復帰で三十人にまで減ったデル・ロゴス商会は他の〈商会〉から「どこへなりともと消えろ。二度とカラヴァルヴァに顔を出すんじゃねえ」と言うことになったが、揉め事の解決を先延ばししただけで、いつか捲土重来の覚悟を決めて、戻ってくる可能性が高い。
なんだかんだでカラヴァルヴァは魅力のある街なのだ、悪党にとって。
シデーリャス通りを右に曲がり、しばらくするとロデリク・デ・レオン街へ出る。
アレンカが開けた大穴を修理するために百人以上の労働者が土を運び、テントを張った石工たちの作業場からはお手頃サイズに石を割り削る音がする。
石工ギルドのギルド長がおれに気づくと、揉み手しながらやってきた。
そりゃそうだ。この工事で石工ギルドには四万枚の金貨が転がり込む。
そのうち一万五千枚がおれの取り分。
「これはこれは、来栖さま。御覧の通り、工事は順調に進んでおります。いやあ、儲かり過ぎて悪いくらいです。石ひとつに銀貨三十枚も払うのですから」
「いやあ、笑いが止まらないっすね」
「これなら、どんどん抗争してもらいたいと、みなで……ああ! あなたさまは!」
ギルド長がアレンカに気づくと、これ以上下がらないだろと思うほど、頭をぺこぺこ下げ始めた。
「アレンカさま! いやあ、あなたさまのおかげでこの繁栄ぶりです」
「えへん、なのです」
「できれば、来月あたりサンタ・カタリナ大通りあたりで一発大穴を開けてほしいのですが」
「ちょっと待ってほしいのです。予定を確認するのです」
と、言って、アレンカが取り出した手帳はアルトイネコ通りの本屋で買ったミニ絵本で大きな熊さんと大きなライオンさんが頭をごっつんこしたページを開き、澄ました顔で来月なら十七日が空いているのです、なんて言っちゃったりしている。
すごく頭がいいけれど、こういうところがかわいいのだ。この子は。




