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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
幻術返し 『カポ・ディ・トゥッティ・カピ!』編
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第六十一話 マフィア、犬泥棒の話。

 顔役探しをするにあたって、注意すべきは大っぴらに「顔役はどこだ!」ときいてまわらないことだ。

 顔役と呼ばれる人間には必ずひとりかふたり、ひょっとすると三十人は手下を抱えていて、敵対組織に買収されたり、警察のイヌにならない限りは顔役に忠実であろうとする。

 そして、顔役のことをきいてまわるよそ者を足腰立てなくなるまで殴りつけることは忠誠心の証になる。


 では、どうやって顔役を探せばいいかというと、自分はよその街の大物で街と街をまたぐデカいビジネスをしにきたのだが、そういったことに詳しいものがいたら……いや、やめておこう。忘れてくれ――といった具合にビジネスを前面に押し出し、そして興味を失ったような口ぶりを最後に押しておく。


 そうすれば顔役はそいつと組めば、どれだけ儲かるのか好奇心で発情した犬みたいになる。


 そうすれば、パッカードかキャデラックが止まって、向こうから顔役のもとに案内してくれる。


「顔役とは、どうしたらなれるものであろうか」


「人に言われて人殺してるようじゃなれないんじゃないかなァ」


「ふむ」


「僕の知っている顔役のひとりがね、まったく面白い顔役でさ。その顔役は彼が支配する市場の二階の事務室に一日いるんだけど、いろんな陳情者がやってきて、あの手この手でその人に媚びるんだ。かと思ったら、一触即発の抗争の危機がやってきて、かと思ったら、次の瞬間にはシャンガレオンって名前がステーキに向いてるなんてことを話してるのさ。あの日はステーキって言葉を一生分きいたかな。クク、人を殺す以外のことを面白いと思ったのはあの日が初めてだよ」


「命じられるのではなく命じる立場になり、多くの人に頼られるからこその顔役なのだな」


「そういうことになるのかなァ。でも、僕は顔役にはならなくてもいいかな。顔役になったら、自分で人を殺す機会が減りそうだ。僕は人を殺すのが好きなんだ。クックック。人を殺すと自分がいまここに存在して生きていることを実感できる。快感は魚竜のカルパッチョや毒キノコのから揚げを食べても得られるけど、実存は人を殺さないと感じられない。こんなことを話すのは、そろそろ誰かを殺して、僕がいま生きているってことを感じたいからなんだ。アッハッハ」


「参考にきくが、どんなものを殺したい?」


「大物がいいね。やっぱり。殺すなら、大物が一番さ。クックック」


「となると――」


「そう。顔役ボスを殺したい。ゆっくり、ゆっくり殺すと生への実感もゆっくり、ゆっくり利いてくる。そこで相談なんだけど、最初の顔役は殺させてもらえないかな? で、ふたり目の顔役からバグのことをきこう」


「まあ、わたしはそれでも構わぬ。この探索が面白くなり始めたところだ」


「ありがとう。クク」


 ブーゲンビリアの咲く裏路地を歩きながら、刑務所に入ったことがあるかという話になり、クレオは標的が監獄にいたのでわざと入ったことがあると認めた。クレオが偽証しているエマニュエル・〈メンディ〉・ワイスは刑務所に入ったことがあるどころか、電気椅子で処刑もされた稀有なギャングだった。ユダヤ系の殺し屋メンディ・ワイスは1944年に処刑されたが、そのころ、ヨーロッパではヒトラーが大量のユダヤ人をガス室送りにしていたのは何かのブラックジョークだろうか。


 ともあれ、クレオの話だが、監獄に入るためにアサシンギルドが選んだ罪状は犬泥棒だった。

 クレオは標的の抹殺の前に犬を盗むハメになったが、そこらの野良犬同然に飼われている犬を盗んでも、棒で打たれるだけで監獄には行けない。監獄に入りたいのなら、それ相応の犬を盗まないと。


 そこで彼はさる公爵夫人のプードルを盗むことにした。

 犬泥棒の手口は犬をごちそうで釣ることなのだが、焼いたソーセージにも揚げたソーセージにも食いつかない。ちょっと高価な子牛のカツレツを張り込んだが、これにも食いつかなかった。


 ギルドがクレオの任務を円滑に遂行するために援護要員として付けた犬泥棒の専門家と話してみたが、


「子牛のカツレツでもダメだってのか?」


「ああ。ちらりとも見ないね」


「レバーは試したか?」


「ダメだったよ」


「子牛と豚、どっちで試した?」


「どっちも試したさ」


「口が肥えてやがるんだな」


「こうなると、後は人肉くらいしかないねえ。ククク」


「まあ、待て。野菜スティックを試してみろ」


 メルルーサのフライが好物だと分かるまでのあいだに標的は刑期を務めて、クレオは入れ違いに監獄行きになり、罪深い前科の一ページに脱獄も加えることとなった。


 バグを秘め、七色の電球が差し渡されたブーゲンビリアの街の夜は慎み深くもはしたなく、山刀と安ワインを売る屋台やビリヤード屋、陽気な音楽が鳴る酒場、娼婦のバンガロー、裏手の部屋で〈ブツ〉を売ったり買ったりしている礼拝堂がそれぞれのやり方で金持ちになろうと策を凝らしていた。


 ギャングたちはだぼっとしたスーツと小さすぎる中折れ帽をかぶったマヌケで、対立したギャング団同士がバッタリ出くわすと、顔をそむけたまま当たる見込みのない弾をばらまき、弾倉が空になると煙のように消え失せた。


 こんなギャングを束ねている顔役を殺して、果たして生きているという実感が得られるのか怪しくなってきたところで、カジキマグロの缶詰の看板の裏から白と緑で縫ったパトロール・カーがあらわれて、ふたりの横についた。


 乗っているのは制服警官と私服刑事で制服がハンドルを握り、私服は座席を目いっぱい後ろに下げていた。刑事の腹はその上で小さな店が開けるほど出っ張っていて、シャツのボタンは肉の圧力に負けて、いまにも弾き飛びそうになっていた。


「顔役に会いたいってのはお前らか?」


「時と場合によるね」


「落ち着けよ。こっちは何かしてやろうと思ってるわけじゃないんだ。ただな、顔役に会いたいってやつは大勢いるが、どいつもこいつも犬泥棒が精いっぱいのカスばかりだ」


「フウン、犬泥棒は簡単に見えて、奥の深い犯罪だよ」


「そんなこと知ったことじゃあない。おれとしては顔役の時間を犬泥棒のために無駄にして、怒りをこっちに向けられたくない。だけど、顔役は特別にお前らに会いたいと言ってる。車に乗りな」

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