第三十五話 忍者 闇オークション。
正直、品物がダブついていた。
みな無欲なのか、それともトキマーロ・ファミリーはヤバいと敬遠してるのか、誰もシカゴ・アウトフィット小学校ダイビング部の発掘品バザーを買っていこうとしなかった。
しゅんとしている子どもたちを見て使命感に駆られたパパ・ジョニー・トリオがリヴォルヴァー片手に曲がり角で待ち伏せし、最初に見つけた通りすがりに銃をつきつけて、水晶の髑髏を買わせたことがあったくらいで、まったく売れなかったのだ。
それに園芸部の野菜。
これはそもそも売れるほうがおかしい。
だが、こうしたヤバいブツたちをさばくために闇オークションというものがある。
会場があるサタンズ・キッチンはサグ・タウン西の高級住宅街で、見かける車もイスパノスイザのリムジンかロールスロイスのオーナー・ドリブン・モデルばかり。
そんな高級車が金魚すくいの金魚みたいにあちこち走りまわっているのに、トキマルたちの乗っているのは……1930年型モリス・オックスフォード。
これがもし、1922年型ダッジ・ツアーリングなら、安さと時代遅れさが嫌でも目立つ。
これがもし、1930年型フォード・モデルA・ヴィクトリアなら、安さだけが目立つ。
1930年型モリス・オックスフォードはどちらも目立たない、そこそこいい車である――元パトカーであることを除けば。
「冴えねえなあ。パクられたわけでもないのにパトカーに乗るなんて」
と、ハンドルを握るスカリーチェがこぼす。
イギリスのパトカーは警察の印をつけないので、ただの黒塗りの自動車と見分けがつかない。
ジェリー・ラングは助手席にいて、手回し式サイレンと赤ランプをいじっている。
「お、グローヴボックスに違反切符があったぞ。なあ、その辺の車、停車して、これ切ってやろうぜ」
「却下、どこの世界にタキシード着たパトロール警官がいるんだよ」
闇オークションに行く、ということでトキマルと来栖ミツルも含めて、全員が貸し衣装屋の札がついたままのタキシードである。
「ククク、ビュッフェ楽しみだなあ」
クレオもついてきていたが、目当てはオークション会場で無償でふるまわれる魔族料理らしい。
「頭領。おれ、はやくも帰りたいんだけど」
「でも、カルリエドが闇オークションの主催者なんて、見たまんまじゃないですか。面白そうだと思いません?」
来栖ミツルはいまから二時間ぴったし後にヨシュアが競り落とした鳥籠のなかに入れられ、トキマルの言う通り、引き返さなかったことを猛烈に後悔することになるが、それはまだあとの話。
「闇オークション、楽しみですなあ」
こんなふうに暢気にしている来栖ミツルが見られるのはあと二時間である。
――†――†――†――
サタンズ・キッチンの中央に高級車を吸い寄せる巨大な館がある。
オークション会場はその広大な敷地の地下にあり、面積一万平方メートル、客席数二千以上のオペラ座劇場のような空間にラピュタみたいな形をしたシャンデリアがぶら下がっている。
そのさらに地下には闇オークションには欠かせない牢獄がある。
ここに世界じゅうのあらゆる場所からさらってきた美少女や美青年、それに絶滅寸前の動物を閉じ込めるのだ。
オークション会場ではタキシード姿のカルリエドが舞台に立っている。
その白銀の髪にフットライトの光を滑らせ、妖美な貌を不敵な笑みに歪めると、いまにも、
「紳士淑女のみなさん、今宵は当オークション会場へ足を運んでいただき、まことにありがとうございます。さて、皆さまは欲しいものはございませんか? 絶世の美少年、穢れなき美少女、この世にふたつとない宝玉、神代のころより生きるドラゴン。全てが手に入ります。好みに躾けるもよし、荒々しく蹂躙するのもよし、もし望むのであれば食すことも……。ククク、ここでは全てが叶います。カネ次第でね。さあ、夜は長い。最初のオークションを始めましょう!」
とか言って、いかにも奴隷でございって布切れみたいな服を着せられた金髪の美少年が檻に入れられて運ばれてきそうだが、実際は、
「ヒューマンのブラッダ、ニンジャのブラッダ、よく来たんよー」
まあ、カルリエドである。
「トゥデイな出品、オール、ブラッダん持ち込みだや。だから、今日のブラッダたちはスペシャルサンクスのブラッダなんよー。プログラム見るだぎゃ。テイスティんお野菜いっぱいだや。ピカピカなんよー。ピカピカんお野菜、体にいいんはサタンも知ってることだや。どんどんイートするちゃグッド・ボディなんよー。それにきらきらブライトんアイテム、いっぱいだや。コップもお皿もみーんな湖ん下に沈んでただや。つまり、ミネラルウォーター漬けだったんよー。これ、ヘルスにグッジョブなんはデビルも知ってることだや。では、スペシャルサンクスなオーディション、開始だや~」
オークションは闇オークションというより、マグロの競りに近かった。
ただでさえ分かりにくい魔族の言葉が今度こそ解読不能になって「だやだや」「んよんよ」飛び交うのだ。
「ぴっぴぴぴっぴっぴっぴぴー、ハイ、きゃんきゃんきゃきゃん、きゃん、きゃきゃんきゃん、ハイ、ボボン、ボンボン、ボン、ボボン、ハイ、かーかーかかー、かー、かかー、ハイ、ぴー、あるだや? ないだや? ハイ、かーと言えばぴーで落札なんよー!」
来栖ミツルのイタリア料理がおいしくなる呪文並みに意味不明である。
水をかけると発煙筒になる草や三種類の呪術がかかった金の邪神像が次々と落札され、行き場のなかったヤベえブツたちがカネに変わっていくのは気分がいいものである。
「さあ、次でラストなんよー」
ガラガラと台に載せて、持ち込まれたのは鳥籠だ。
はてな?と来栖ミツルは首をかしげる。
あんな発掘品または野菜があっただろうか……。
「出品はラケッティアの妖精みっちゃん飼う権利だや。それじゃ、オークション開始だや~」
「ハアッ!?」
すぐに理解不能な競りが始まった。だやだや、んよんよ。激しいやり取りがされ、何を言っているのか分からないが、値段がどんどん釣り上げられていくのが分かる。
「ふーん。頭領を、ねえ。物好きもいたもんだ」
「ちょっと! ぼーっとしてないで、わたしを競り落とす努力をしてください!」
「別に最後に高い値段出せばいいんでしょ? ちゃんと落とすから安心してよ」
競りが進むにつれて、ひとり、またひとりと脱落していくなか、トキマルが手を挙げる。
「ハイ、コケコッコーが出ただや! コケコッコー出ただや!」
それがいくらなのか分からないが、誰も手を挙げないところを見ると、かなりの高額らしい。
「ショージキ、お金の無駄遣いな気もするけど」
「こらっ。わたしがいなかったら、いろいろ困るでしょう!」
「どーでも」
コケコッコ―、コケコッコー、とカルリエドが繰り返す。
「コケコッコー以上、出ないならフェアリーのブラッダ、ニンジャのブラッダが――」
と、小づちを持ち上げたときだった。
「ホーホケキョ」
すっと、細く真っ直ぐな手が上がる。
その場にいた魔族が振り向きざわつく先には――、
「ぎゃあ! ヨシュアだ!」
すっかり魔族のなかに溶け込んでいたヨシュアがいた。
「さあ、ホーホケキョが出ただや! ニンジャのブラッダ、どうするだや?」
「絶対落札してください! 命に代えても落札してください!」と耳元で怒鳴る来栖ミツルを追っ払いながら、トキマルは手を挙げる。
「えーと、よく分かんないけど、とにかく入札」
「カルリエド、困るだや。いくらなんか教えてほしいんよー」
「いくらって言われても……がおー?」
「それじゃダメだや」
「にゃーお?」
「それでもダメだや」
来栖ミツルはだちょー! だちょー!と叫んでいる。
ダチョウの鳴き声のつもりらしい。
「ホーホケキョよりサタンな額はないだや。フェアリーのブラッダはホーホケキョのブラッダが落札だや」
小づちが打たれ、来栖ミツルは終身刑が決まったマフィアのボスみたいに顔を蒼褪めさせた。




