第七話 ラケッティア、身代金をとる。
カーソン・ムーア。
その土地についた名前だ。
小さな池が点在し、それ以外は固い雑草に覆われた荒野。
場所としてはケーレホン高地の入り口であり、ハルトルドとトスティグ、二つの氏族の境界にある。
西には地名と同じ名前の小さな村があり、今も羊飼いがちぎった雲みたいな丸々とした羊の群れを牧草地へと誘導している。
街道もあるが、賦役がないらしく、あまり整備されていない。
それでも道は道だから、戦略的な価値はあるし、そもそも帝国軍がケーレホン高地へ攻め込むにはここを通るしかない……と、ユリウスが言っていた。
この平野を見下ろせる位置にある岩の上で、あぐらをかきながら、おれはアレンカとマリスが帰ってくるのを待っている。
二人にはおれが手紙をもたせて、それぞれハルトルドとトスティグの陣営に使者として向かわせた。
二人が帰ってくると、おれは手紙を渡したときの反応をきいてみた。
「物凄く怒っていたのです」
「こっちも同じだ。マスター。あの手紙、なんて書いたんだ?」
「トーレとエルダは預かった。返してほしかったら金貨千枚用意しろ、と書いた。身代金目的の誘拐だって、立派なラケッティアの仕事だ」
「まったく、知らないとはいえ、とんでもない手紙をもたせられた。二人は今どこに?」
「そこの岩陰に縛って転がしてある」
「分からないわね」
その岩陰からツィーヌがひょいっと出てくる。
「あの二人は?」
「薬で眠らせてあるから平気。それより、これからどうするの? 身代金を取ったりしたら、ハルトルドもトスティグも解放軍の仲間にはなるどころか、こっちを敵視して襲いかかってくるじゃない」
「むしろ、その逆でハルトルドとトスティグを無二の親友同士にし、この地方に押し寄せる帝国軍を攻撃させ、解放軍に参加させるには身代金が必要だ。たとえ天地がひっくり返って、おれの尊敬するリトル・ニッキー・レンジリーが目の前に現れて、馬鹿な真似はよせと言ったとしても、やつらから身代金を取らないといけない」
「あう。アレンカには難しいのです」
「安心しなさい。わたしもさっぱり分からないから」
「ボクもだ。ジルヴァ、きみは?」
いつの間にか、おれの後ろに立っていたジルヴァも小首をかしげた。
「でも……マスターのやることだから、間違いはない……」
「それは言えてるかも。でも――」
ツィーヌは腕を組んで、少し難しい顔をする。
「金貨千枚なんて払えるのかな? 簡単に用意できる額じゃないでしょ?」
「それに関してはおれとしても100%の確信を持ってるんだが――払えないな、絶対」
おれの考えたラケッティアリングはたいていの場合、アサシン娘たちの想像と理解を越えているらしい。
こんなとき、腕を組んで真面目にウンウン呻って理解しようと頑張るのはツィーヌとジルヴァだ。
身代金、それも払ってもらえる見込みのない身代金をケーレホン地方の二強勢力に課し、彼らのプライドを傷つけ、それでいて、彼らが帝国軍と戦い、おまけに解放軍に参加するかもしれない。
どこをどうねじったら、そんな考えが浮かぶのか、たぶん二人にとっては永遠の謎だ。
ツィーヌとジルヴァは文句なしの冷酷な暗殺者だが、悪知恵が足りない。
そして、おれがやろうとしてるペテンの仕組みを理解するには悪知恵が必要だ。
あと、多少の金銭欲。
意外かも知れないが、マリスは考えるのをとっととあきらめる。今だってそのへんの草の茎をくわえて、草原に寝転んで、流れゆく雲をのんびりと眺めている。
終わりよければすべてよし、の剣客らしいサバサバしたところが発揮されているのかもしれないが、おれのなかではボクっ娘というものはひょうひょうとして皮肉っぽいようで根は真面目という、どこで培ったか自分でも分かっていない先入観があるのだ。
アレンカはというと、こちらもちょうちょ相手に遊んでいる。
ただ、アレンカの名誉のために言っておくが、彼女は決してパアではない。
むしろ、知性の面では四人のなかで一番だ。
アレンカの読んでいる魔法書なんて何が書いてあるのかさっぱり分からない。
比喩が意味不明すぎるのだ。
『〈硫黄〉と〈水銀〉の結婚』という言葉にはアレンカ曰く、雷属性と炎属性の魔法をかけ合わせる基本的な秘術が記されているらしいのだが、おれにはさっぱり分からない。
しかも、〈硫黄〉と〈水銀〉はおれの知っている硫黄と水銀ではないらしい。
なんのこっちゃ?
もっともアレンカからしてみたら、おれのすることだって謎だらけなのだから、おあいこか。
「どっこいしょ」
「マスター、どこに行くんだい?」
「人質でも眺めようと思ってな。なんたって金貨二千枚相当の人質だ。眺めりゃ目の保養になる」
岩陰では二人は縛られて、横になって眠っている。
できるだけ寝心地をよくしてやろうと、まわりの草をせっせとぶちぬいてベッドのかわりにしたのだが、野趣にあふれる雅な形式でございます。
まあ、この二人も後でおれに感謝する。絶対。
なぜなら、おれのラケッティアリングが成功したら、帝国軍に勝利するだけではない。
駆け落ちなぞせずに二人は結ばれるのだ。
ロミオとジュリエットでは薬剤師が下手こいて散々なことになったが、トーレとエルダではラケッティアがスマートに、しかもカネまで稼いで解決する。
「マスター、マスター!」
ゴムボールが跳ねるように勢いよくアレンカが飛び込んできた。
「来たのです! 来たのです!」
「どっちが?」
「どっちもなのです!」




