第六話 ラケッティア、キューピットになる?
トランクのなかの死体というのはマフィアとは切っても切れないアイテムだ。
しかもバラエティに富んでいる。
ハンサム・ジョニー・ロゼリのような大物マフィアがドラム缶に詰められた状態でフロリダの海水浴場に打ち上げられるケースもあれば、ウィリアム・“アクション”・ジャクソンみたいにまるまる一週間拷問を受けてから車のトランクに詰め込まれるケースもある。
フィラデルフィア・ファミリーの相談役アンソニー・“トニー・バナナズ”・カポネグロは尻の穴に三百ドルほど詰め込まれた状態でやはり車のトランクから発見されたが、ケツのなかのカネというのは、自分のボスであるアンジェロ・ブルーノを裏切り、ショットガンで頭を吹っ飛ばした報いというメッセージが込められている。
他にも、二十世紀初頭のマフィアたちのあいだで流行った樽詰め殺人事件なんてものもあったりしたわけで、いつの日か、箱詰めされた死体に出くわすこともあるだろうと覚悟はしていたのだが、やはり実物は違う。
宝箱に詰められていたのは割と新鮮な死体で腐臭もないし、肌が土気色になったりもしていない。
年齢はおれと同じくらいで、毛織のキルトをまとっている。その着こなしの乱雑さからすると、ケーレホンの氏族だろうか?
死体はときどきウーンと唸っている。
「この世界じゃ死体が呻ったりするんだな。ひょっとして、ゾンビ?」
「どう見ても生きてるわよ、これ」
箱から少年を引っぱり出すと、なるほどツィーヌの言う通り、生きてる。
呼吸もしているし、長いこと箱に閉じ込められていたのだろう、体の関節をさすっている。
それにしても、この少年、ゴブリンの宝箱のなかで何してたんだろう?
手品の練習? プレゼントはア・タ・シ♡とかやろうとしてた?
「やあ、お兄さん。ご機嫌いかが? ちょっとたずねたいんだけど、あんた、ゴブリンどもの箱のなかで何してたの? ドッキリの練習?」
「ゴブリン? そうだ、ゴブリンどもがエルダを――」
「エルダ? それ、誰? おれの知ってる人?」
少年はいきなりおれの両肩をつかんで、カネを入れたのにジュースを出さない自販機をゆするみたいにめちゃくちゃにゆすった。
「エルダだ! どこにいる! もう、一人、おれの他にいたはずだ。どこにいる! エルダをやつらから取り戻さないと戦争が起きる!」
戦争、とは物騒な言葉だ。
だが、もっと物騒なのはおれがインチキ自販機みたいにぐらぐらゆすられているのを見て、マスターの危機とばかりに短剣を抜いて、少年の喉元に突きつけるアサシン少女たちなのだが。
「ちょっと待て。お前ら、武器をしまえ。それに、あんたも落ち着け。順を追って話してくれ、な」
――†――†――†――
少年の名前はトーレ・ハルトルド。
ハルトルド氏族の族長マグヌス・ハルトルドの跡取り息子だ。
そして、そんなトーレが恋した相手は宿敵トスティグ氏族のエルダ。
エルダは族長ハーラル・トスティグの妹だ。
要するにロミオとジュリエットだ。
対立する二つの氏族のあいだに生まれた愛の物語。
で、こういうときは駆け落ちに限るということで駆け落ちしたのだが、二人はゴブリン盗賊団に捕らえられた。
その盗賊団の背後には帝国諜報員〈メダルの騎士〉がいて、誘拐は対立する相手氏族の仕業と思わせて、ハルトルドとトスティグを戦わせ、弱ったところで軍を派遣しケーレホン高地を支配するつもりらしい。
「で、どうしたもんだろ?」
おれはたずねる。
ユリウスたちはゴブリン盗賊団の主力を粉砕して戻ってきたばかりだ。
このまま二つの氏族が戦えば、ただ帝国と共和派貴族に利するだけ。
「ハルトルドのほうへはわたしが行こう。ヘイルゼン、きみはトスティグ氏族のほうへ。トーレどのにはともにハルトルドの説得にきてもらいたいが――」
「悪いがそれはできない。エルダが捕らえられているのにおれだけ戻るのはケーレホンの男のすることではない」
「しかし、それでは――」
「いいんじゃないか?」
と、おれ。
「もし、トーレだけがハルトルドへ戻っていることがトスティグに知れれば、それこそ誘拐はハルトルドの仕業だと言わせる根拠になる。エルダの救出はこっちでやるから、一緒に来ればいいって」
「すまない」
ユリウスとヘイルゼンがそれぞれ南北へ針路を変えて遠ざかる。
こっちはゴブリン盗賊団からエルダを取り返さなければいけない。
「箱に詰められたとき、ずっと斜面を下っていた。西に進んでいたのだと思う。それに川を二度渡っている。それで道を逆にとって居場所を割り出せる」
「ホント? そりゃすげえな。じゃあ、急いで片づけるか」
――†――†――†――
ゴブリン相手に苦戦するような彼女たちではないが、囚われのエルダ姫を助けることを念頭に動いてくれとは言っておいた。
つまり、地形が変わるほどの大技は使わんでくれ、と。
ゴブリン盗賊団は既に主力は壊滅していたので、隠れ家の殲滅自体は簡単に済んだ。
無事、エルダも救出。
トーレとひしっと抱き合っている。
いい光景だ。実にいい光景だ。
どっこい本当の問題はこれからだ。
ハルトルドとトスティグの二つの氏族に二人が帰って、めでたしめでたし、とはならない。
二人が帰れば帰るで、人質もなく安心して戦争ができるとほざくに決まっている。
それに二人はお互い好き合って、駆け落ちしたのだ。
たぶん、元の場所に帰るのを嫌がる。
で、このまま駆け落ちさせたらさせたで、相手がたぶらかしたとか言って、二つの氏族は戦争する。
二人が戻っても戻らなくても、ハルトルドとトスティグは戦争状態に陥るのだ。
すでに派遣されたユリウスとヘイルゼンの説得もきかないに違いない。
そうなったら解放軍の負けは確実。
トーレとエルダがさらわれたのはこのケーレホン高地を軍事的に制圧するためだ。
そのための敵軍はもうこっちに向かっているはず。
どうやって二つの氏族を協力させ、帝国や共和派貴族と戦わせ、その上で解放軍に加えさせるか。
どうみても解決不可能なクソパズル。
ところが、これらをまとめて解決する手段が一つだけある――ラケッティアリングだ。




