第十八話 忍者、新しい扉。
当然だが、ダイビングの学校は湖のそばにある。
当然だが、湖のそばにはヨシュアが住んでいる。
当然だが、来栖ミツルはダイビング学校へ行くのを嫌がった。
「ヨシュアに捕まったら、昆虫標本にされてまう! 針刺されちゃう!」
「でも、妖精を連れていけば割引ってチラシに書いてある。頭領もたまには役に立てば?」
「役に立ちまくってるじゃないですか、失敬な。ホテル・トキマーロの影の立役者、みっちゃんなくしてホテルはまわらず。なんならホテル・クルスにしてもいいくらい」
「じゃあ、そうすれば」
「でも、できません。クルスって名前はスペイン系っぽくきこえるんですよね。イタリア系ならクローチェとなるところですが」
「よく分かんない」
「アズマ人の名字でもイタリア人の名字で通用する人がいるってことです」
「たとえば?」
「井田。ニューイングランドのボスにジョセフ・イーダという人がいました。それに真栗。カラブリアのンドランゲタの長老ボスにアントニーノ・マクリという人がいます。田代もいいですね。タッシロと発音すればゴッドファーザーに出てくるテッシオみたいにきこえます。片倉や守三だって、ヴィンセント・〈ヴィニー・ザ・カット〉・カタクーラとかトーマス・モリッツォって感じに読んで混ぜ込んだらFBIの盗聴電話記録に出てきそうな名前になります」
「どーでも」
さて、ダイビングに興味を持ったマフィアは三人。
ウィリアム・ダッダーノ。
チャッキー・ニコレッティ。
そして、もちろんミルウォーキー・フィル・アルデリシオ。
水遁の術の発展版かと興味本位で参加のトキマルもいる。
特徴のない街をスタスタ歩いていくうちに通りの向こうに湖が見え、浮き輪やカジキマグロの剥製がごてごてと飾られた店が一軒、桟橋のそばに立っている。
カウンターにいたのはジルヴァだった。
「入学四名、お願いしまーす」
「……マスターは潜らないの?」
「今回は見学」
「ミミちゃんも見学?」
「へ?」
戸口をふり返ると、シスター・ミミちゃんがチラシの束をかかえて、立っていた。
「どうもどうも。愛に生きる自販機ミミちゃんです。今日は教会のビンゴ大会のお知らせを配りにやってきました。ポスター、貼ってもいいですか?」
「……構わない」
「ありがとうございます。じゃあ、あそこに貼りますね」
あそこ、とはダッダーノのそばの壁だ。
サンゴの置物や額に入った水中写真のあいだにちょうど良いスペースがあった。
ミミちゃんは見たところ、興奮もしていないし、こないだの反応を見る限り、幼女そっくりの男の子は射程範囲外のようだった。
だから、誰もが油断していたのだが……
「よっしゃ! 幼女ゲット!」
甘かった。ミミちゃんはチラシを投げ捨て、ダッダーノに抱き着く。
シカゴ・マフィア随一の拷問マニアが「ひーっ!」と恐れの甲高い声を上げる。
「ボ、ボクは男の子だよーっ!」
「男の娘! うにーっ! 背徳! すごくいけない感じがする! 新たな扉が開いちゃいそう!」
「ポテトの神さま、タスケテー!」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。ちょーっとペロペロするだけだから。怖くなーい――ウギャ!」
ミミちゃんは後頭部に大きなたんこぶをつくってぶっ倒れた。
酸素ボンベを持ったジルヴァが「営業妨害……許さない」と正義の鉄槌を下したのだ。
「湖に沈めちゃおう!」
「無駄。こいつ、人間じゃないから」
「じゃあ、拷問する!」
「そんなことしても、こいつが喜ぶだけだ」
「ウウ、ボクはどうしたら……」
「ま、気絶しているあいだの時間を楽しむんだね」
「……そうだね。せっかくダイビングを習いに来たんだから、楽しまないと損だ」
トキマルはくるりとジルヴァのほうへ向き直り、
「そんなわけで入学四名。お願いね」
ジルヴァはこくりとうなずいた。




