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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ウェストエンド ファミリー発足編
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第六話 ラケッティア、ダメ出しする。

 鷲獣館グリフォン・ハウスを出ると、おれは、ん、と伸びをした。

 なんか少し疲れた。


 帰り道、隣でマリスがため息をつく。


「マスター。初めて見たけど、カジノというのはすごいんだね」


「仕事で行くことはなかったのか?」


「ああ。カジノ帰りのターゲットを襲ったことはあったけど、カジノのなかを見るのは今回が初めてだ。あんなにたくさんのお金が賭けられて、勝ったり負けたりして、料理とかも豪華で、なかは広い」


 そこで言葉を切ると、うつむいてからの上目遣いに、


「いくら、マスターでもあんなカジノは持てないかな?」


「そうだなあ、無理だなあ」


「そうか……」


「だって、あんなひどいカジノ、そのまま所有するなんて、おれにはできん」


「え!」


 マリスがびっくりして大きな眼をより大きく見開いている。


「いろいろダメなところがあるから、順に言っていく。

 まず、門番。こいつはさぞ当然のごとく銀貨をまき上げたが、そのくせ扉を開けもしない。


 言っておくが、もうこれで減点1なんだからな。

 入場料を取るカジノなんてアホくさくてかなわん。


 カジノってのはできるだけいろんな人間が入りやすいようにするために工夫をするもんだ。

 そりゃ、客に上流階級が多いから、格を保ちたいのは分かるが、それは客が入った後にメンバーズ・オンリーのポーカー部屋をつくればいいだけの話。


 次に入って一番最初に目につく階段。

 古い屋敷の玄関広間を本当にそのまま使っている。減点1。


 入って一番に目に入るのは、ギャンブルにうつつを抜かす客たちの姿を一望できる、やたらきらきらした広大な部屋じゃないとならない。


「マリスはお祭りとかの屋台に行ったことはあるか?」


「いや。だって、任務もないのに、そんなところにはいけない。

 誰も命令する人がいなくなって自由になってからはお金もなかったから」


「でも、遠くで祭りがやってる音、ざわめきとか花火とか、そういうのをきくと、行ってみたいって思って、なぜか気分が高まらなかったか?」


「うん」


「そのお祭りに行く途中の高揚感みたいなものを客に与えなきゃいけないのに、一銭も生み出さない、ただのでかい階段が一番に目に入る。空間の無駄遣いだ。


 で、とりあえず本業のギャンブルだが。


「玄関広間から右に行った部屋、覚えてるか?」


「豪華な部屋だった。大きなルーレットがあって。

 お客も見たところ、富豪ばかり。あれもマスターとしては駄目なのか?」


「ああ。辛抱強く観察して分かったんだがな。あのルーレット、ディーラーが出目を操作してる」


「ええっ!」


「そんなに驚くことじゃないだろ?」


「だって、ズルじゃないか!」


「当たり前だ。カジノは慈善事業でやってんじゃないんだからな。ただ儲けなきゃいけないが、やり方がマズい。ディーラーが思い通りの数字を出したりすると、店の利益にならない」


「思い通りに数字が出せるなら、店が負けることは絶対にないんじゃないの?」


「もし、ディーラーが客とグルになったら、イカサマを防ぎようがない」


「あ、そうか」


「実際、あのときだって客の一人でずっと勝ち続けている。あとで勝った分をディーラーと山分けするに違いない。よって減点1。ルーレット部屋から隣の広間へ行くと、カードゲーム専用だった。この世界のトランプはおれのいた世界のトランプと同じで助かったよ」


「これも減点1なのか?」


「いや、ここは別に問題はない。ゲームの種類も、ポーカー、ブラックジャック、バカラ。どれも人気どころだ。ただ、老婆心で忠告するなら、テーブル全部を統括する人間を置いたほうがいいな。客を少しでも長く引きつけたいなら、部屋全体でどれだけ勝ってるか負けてるかを把握して勝ち負けを調整する人間が必要だ。一階のギャンブルはこれでおしまいだったな?」


「うん」


「減点1」


「またか、今度はなんだい?」


「クラップスがない」


「クラップス?」


「ざっと言えば、サイコロを二個振って、七か十一が出たら勝ち、二、三、十二が出たら負け、それ以外が出たら、投げ手が交代。たぶん胴元の寺銭、要するに取り分が少ないのでやってないんだろう。でも、ルールが単純な分、賭け方を多彩にできる。大きく賭けることだってできるし、小さくも賭けられるから、初心者でもとっつきやすいし、上級者でも満足できる。これをやらないのは損だ。で、最後の部屋だけど――」


「レストランだった。おいしそうだった。もちろんマスターの作ってくれる料理が一番だ」

 

「あれは減点3だ」


「あんまりおいしそうじゃなかった?」


「カネ取ってたろ?」


「ああ」


「それが駄目だ。一度カジノに入った客は長いあいだ、カジノに居させたい。そのために一番いい手は食い物と飲み物をタダでサービスすることだ」


「そんなことしたら、タダで飲み食いして帰るだけのやつが出るじゃないか」


「まあ、そういうつもりのやつはたくさんいるだろう。だが、実際にタダ飯だけ食って満足して帰れるやつはほとんどいない。たいていのやつは我慢できずにゲームに参加するんだよ。ここでクラップスみたいな小額初心者向けのゲームが利いてくる。気づけば、タダで飲み食いした以上のカネを落としてるわけだ」


「まるで魔法だ」


「カジノは魔法の一種だ。光と音と期待感で客を魔法にかける」


「そういうことはどうやって学んだの? だって、マスターはボクらとほとんど歳は変わらない」


「ニコラス・ピレッジの『カジノ』の受け売りだよ」


「ボクには分かりそうにないな。まだ減点するところはあるか?」


「ある。二階が立ち入り禁止になってた」


「そういえば、そうだ。あれってなんだったんだろう?」


「階段の前でしばらく時間をつぶしていたが、目つきが鷹みたいに鋭い男たちが数人、降りてきて、レストランからカネも払わずにメシを持ってって、二階に戻ってた。あれは元イカサマ師だな」


「元イカサマ師?」


「たぶん一階の天井、二階の床に小さな穴を開けて、客とディーラーを観察してイカサマをしてないか見張ってる」


「それを減点するの?」


「いや、むしろ好ましい。ただ、二階全体を潰してやることじゃない。中二階みたいな部屋をつくってやればいいだけの話だ。元イカサマ師を詰めるだけで二階全部を潰すなんて正気の沙汰じゃない。減点1」


「もう、減点するところはないんじゃないの?」


「ある。庭を覚えてるか?」


「レストランのテラスになっていた。あれもダメなのか?」


「減点1」


「わかった、あそこにカードかルーレットを置けばいいんだな?」


「いや、別に庭をレストランの一部に使うことに問題はない」


「じゃあ、何が駄目なの?」


「庭の奥に来客用につくられた小さな別棟があったろ?」


「ああ」


「きいたら、あそこは物置なんだと。もったいない。ああいう場所こそ、上客専用の隠れ家にすべきなんだ。一定額以上でないと参加できない高額ゲームの会場にぴったしなのに、庭師の物置? あのカジノの持ち主はカネ儲ける気があるのかと疑ったね。もう一発減点しておくか。まあ、総じて言うと、小額の客を無視し、かといって、上客から剥き切れていない。減点は――全部で10。失格だな。これがここらで一番のカジノだなんてよく言えたもんだ。カジノをつくるカネさえあれば、ここの賭博の勢力図を一気に塗り替えてやれるのに」


「でも、マスター。減点減点と言うけど、では、マスターだったら、どんなカジノがいいんだ?」


「そりゃあ、きみ、ディーラーが全員現役女子高生のカジノだよ。おれはこの世界に飛ばされる三か月前、政府おかみに、カジノのディーラーを育てる女子高をつくって、沖縄にディーラーが全員現役女子高生なリゾート・カジノをつくるべきだって建言書を送ったことがあるんだが、結局、返事はこなくて……ん、ゴホン。まあ、とりあえずだな、今言った減点要素を改善したカジノを立てる。うちのギルドの大きな目標はまずそこだな。ただ、これだけのカジノ。きっと土地のヤクザみたいな連中が営業してるんだろうな。もし、カジノをつくれても、そこと一抗争起きるのは覚悟しないとダメか」


「そこのところはボクに任せてくれ」


 マリスはおれのカジノダメ出しで気圧されたのを取り戻すかのごとく誇らしく言った。


「マスターに害をなすやつ、全員、ボクが殺してみせる」


「……まあ、頼りにしてるよ」


 可愛い顔して、おっそろしいこと言うもんだ。


 一ティエ=二千円を消費して分かったのは、ここのカジノがカネの儲け方もろくに知らないということだった。

 まったくもどかしい。

 おれにあのカジノをまかせてくれれば、上がりを二倍にも三倍にもしてみせるのに!


 それに一番の問題。今のおれでもできる賭博がまだ固まってない。


 あの消費した二千円を生かした結論は出ないものか。


「あ」


「どうした、マスター?」


 思い浮かんだのは鷲獣館グリフォン・ハウスを取り囲む素寒貧たちの顔。


 それが今のおれには手つかずの金脈に見える。


「ナンバーズ! そうだ、ナンバーズがあった!」


 これまで体のなかでもやもやしていたもどかしさがパァン!と音を立てて弾け飛んだ。


「マリス! 次のラケッティアリングが決まった。これで勝てる!」


 何かを強く握りしめたくなり、おれはマリスの手を取った。


 すると、マリスの顔がみるみる赤くなり、


「ちょ、ちょっと待ってくれ、マスター。そんな、いきなり――べ、別に嫌ではないけど――びっくりするじゃないか」


 やばい、超かわいい。

 おれの隣にどれだけの美少女がいたのか、今になってようやく気づいた。


 神さま、ありがとう。

 お父さん、お母さん、ありがとう。

 ミミズもオケラもアメンボもありがとう!

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