第七話 ラケッティア、蜂の巣未遂。
十七回目の〈倉庫街の押し込み強盗〉キャンペーンにマフィアたちはげんなり。
マフィアにとって押し込み強盗とは開けてみてからのお楽しみ。
だが、十七回もやれば敵の出現位置から倉庫に何があるかまでしっかり覚えてしまう。
興覚めである。
「もー、飽きた」
と、言ったのはトキマルだった。
マフィアたちに負けず劣らずの飽き性なのだ。
「でも、まだ教会の〈ケダモノ〉に勝てる自信がついてません。どうしてあんなに強いんですか?」
現在、コンシリエリはミルウォーキー・フィル・アルデリシオである。
それはですね、と来栖ミツル。
「古来はファイナルファイトのころより、二面のボスは初心者殺しと呼ばれるくらい難易度が上がるのがゲーム業界のお約束だからです」
ちなみにここにいるマフィアたちはみなバーやゲームセンターなどにピンボールマシンをリースする会社を持っていたことがある。銃のチラ見せと鉄拳制裁、バットを使った効率よきコンボ技で自分のマシンを無理やり置かせてきたのだ。
「サムは他にジュークボックスのリース会社を持ってました。どこかのレコード会社が新人をデビューさせるとしますよね? そうしたら、サムにコンサルタント料を支払わないとジュークボックスのなかにその新人の曲を入れないんです。もし、どこかの命知らずがサムのことを知らず、サムの縄張りで、その歌手のレコードが入ったジュークボックスを置いたりしたら、そのアンラッキーさんは自分で置いたジュークボックスの下敷きになって死んじゃいます。サムはもちろん一度は逮捕されますけど、たいていは不起訴処分で自由の身です」
「頭領。このサムって誰?」
「サム・ジアンカーナに決まってるじゃないですか、やだー」
「だから、普通の人間はそんなこと分からないっての」
さて、ミルウォーキー・フィル・アルデリシオをコンシリエリにして分かったのは、世界には石を見るのを目当てに旅行する観光客とその観光客だけをあてにしてかろうじて存続している都市がごまんとあるということだ。
考えてみるとアズマは木造建築文化である。
だから、城の木材は千年の月日に耐え切れず朽ち果て、石垣しか残らない。
ひどいのになると、その石垣すら苔に埋もれて、こんもりした緑の山になってしまう。
そうしたものを城の跡と呼び、そのあたりをワビだサビだ栄枯必衰だと、もてはやすのがアズマでは流行っている。
だが、それらはミルウォーキー・フィル・アルデリシオの好みに合うだろうか。
とはいえ、彼はこうも言っている。
「石というのはすごいんです。だって、昔から石なんですからね。この世界が出来てからずっと。ここやあそこに転がっている石だって、おそらくは何億年も前から石なはずです。これが生き物や木材ではそうはいかないんです。そうしたら、まるでぼくらはただ砂利の道を歩いているだけで百ドル札の上を歩いているような豪華さです」
「それなら空の雲だって同じじゃん。あんな高いところにあるものをいつでも見たいときにタダで見られるでしょ」
「ぼくらは気がついていないだけで、とても素晴らしいものはすぐそばにあって――」
そのとき、トキマルはふとウィンドウの外をゆっくり動く自動車に目がいった。
というのも、その自動車を運転しているのは〈ケダモノ〉で、そして後部座席のシルクハットをかぶった〈ケダモノ〉は何か黒い大きな鉄製品を持ち上げて、こちらに向けている……。
「っ! 伏せろ!」
トキマルはミルウォーキー・フィルにぶつかって床に押し倒し、その直後、四十五口径弾の壮絶な連射がウィンドウを粉々に吹き飛ばした。
コロマンデル衝立の向こうのカードゲーム組も慌てて伏せていたが、粉々になったガラスや酒、燃えたままちぎれたカード、サンドイッチのレタスやチーズが降ってきて、えらい目にあったようだ。
「チャッキー、大丈夫ですか?」とたずねるミルウォーキー・フィルのこたえに伏せた拍子に頭でもぶつけたのか「うーん、おれはチャッキー・ニコレッティ。人の頭をつぶしながらスパゲッティが食える」と目をまわしたようなことを言っている。
「悪徳リフォーム業者もびっくりのめちゃくちゃだ」
「そもそも、悪徳リフォーム業者とはわたしたちのことだ」
「やっすい建材と水みたいなコンクリート~」
どうやらあっちは無事らしい。
トキマルは立ち上がり、あらためてホテル・トキマーロのロビーの惨状を見たが、目を覆いたくなった。
弾丸の群れはトキマルたちにニアミスしただけでは飽き足らず、ホテルの壁を穴だらけにし、マホガニーの家具を焚き木に変え、二千ドルはする大理石のカウンターをおしゃかにした。
来栖ミツルが飛んできた。
「トキマル、敵は機関銃を使ってきたようです」
「それがこの雷みたいな惨状をもたらしたの? おっかねー」
「幸いなことにたったいま新メインクエスト『トミーガンをゲットせよ!』が発生しました」
「ナンバーズのメインクエストもまだ済んでいないのに?」
「これは攻略法になるので、こっそり教えますが『トミーガンをゲットせよ!』のほうが難易度が低いんですよ。それはつまり――」
「あのすごい武器を手に入れて、教会の〈ケダモノ〉を倒せばいいってことか」
「カンのいい忍者は大好きですよ」
「よし。ただ、その前にマフィアを三人ばかし釈放したい」
「どうかしたんですか?」
「これ」
トキマルが懐から取り出したのはサブクエスト発生を知らせる紙だった。
どれも安っぽくてザラザラした紙に滲んだような文字が点々と打ってあり、極めてヘタクソな挿絵がついている。
「ほっとくわけにはいかないでしょ?」
「まあ、やっておけば、お金と経験値は稼げます」
「今回は実働部隊と補助部隊の二本立てでいく」
ローソク型電話を取って、交換につなぐ。
「もしもし、アレンカか?」
「はいなのです。アレンカなのです」
「刑務所に賄賂。250ドルふたりと150ドルひとり」
「トキマルも羽振りがよくなってきたのです」
「一番簡単なメインクエストを十七回もやれば小金もそれなりに貯まる」
さて、一見ベンツだが、よく見ると1935年型のビュイックな自動車がやってきて、マフィアを三人ほどペッと吐き出した。
「ヴィンセント・アロです。所属はジェノヴェーゼ・ファミリーで、主にフロリダの賭博を任されていました。あなたが新しいボスですね? お見知りおきを」
「ジェンナーロ・ランジェラだ。所属はニューヨーク五大ファミリーのひとつ、コロンボ・ファミリー。あだ名はジェリー・ラングだ。ま、おれが来たからにはもう安心だ。ファミリーをガンガン盛り立ててやるぜ」
「ロイ・デメオっす。所属はガンビーノ。ニノの下でバラバラ殺人のクルーの監督やってました。全部で二百人くらいやったかな」
ヴィンセント・アロはすらりと長身で星光みたいな淡い色の髪をした知的な執事系イケメンで、ジェリー・ラングは真っ赤な髪に大きな盾を持つ戦士系のイケメン、そして、ロイ・デメオは脱力系で目尻の下がった目をいつも眠たげに細めている美青年。
「おーい、ロイ。こっちだよー」
ニノ・ギャッジが手をふる。
「あ、ニノ。もう来てたんすか」
「そーなんだよ。よかったあ。ロイが来てくれて」
「おれがいなくてもちゃんとご飯食べてるすか?」
「食べてるよー」
「食事の前に手は?」
「洗ってるよー」
ガリアーノとギャランテはそれぞれのファミリーのやつがまた来なかったとふてくされている一方、ピサノを見たときのアロの表情が一瞬曇ったのとトキマルは見逃さなかった。忍者は観察力なのだ。
なにか因縁があるようだが、ピサノのほうは特に気にしている様子はない。
だが、アロのほうではなにか負い目みたいなものがあるらしい。
こうしたことを考えて、メインクエストとサブクエストに派遣するマフィアを編成する必要がある。
サブクエストには第一クルーからひとり、それに新人をふたりつける。
となると、ヴィンセント・アロとピサノをメインクエストにぶち込み、最古参で目立たない目立たないと言いながら、なんだかんだで頼りになるガリアーノを新人ふたり――ジェリー・ラングとロイ・デメオにつける。
ニノ・ギャッジはロイと離れることが決まると、「あー」と名残惜しげに手を伸ばしたが、ロイのほうは「今生の別れってわけでもないのに大げさっす」とハーブソルト対応。
そこにオリーブオイルを垂らし、皮の固いパンをつけてワインと一緒にいただく。
「よし」とトキマルはボスとして、作戦計画を発表した。「コンシリエリはこのままミルウォーキー・フィル・アルデリシオで行く。メインクエスト『トミーガンをゲットせよ!』にはミルウォーキー・フィル・アルデリシオ、ギャランテ、チャッキー、ニノ・ギャッジ、ヴィンセント・アロ、それにピサノで行く。サブクエスト『手提げ金庫』にはガリアーノとジェリー・ラングとロイ・デメオ。ここで一発どかんと働いて、ホテル蜂の巣にされたまま、黙ってるおれたちじゃないことをしっかりアピールすること。返事は?」
「おーっ!」




