第二話 忍者、五人の初期マフィア。
ラケッティア・ゲームスが送る新感覚擬人化オンライン・ブラウザゲーム
『カポ・ディ・トゥッティ・カピ!』!!!
イケメン・マフィアを召喚!? ボスはあなた!
召喚できるマフィアは六十種類!
育てたマフィアたちを率いて抗争を勝ち抜き、街を牛耳るボスのなかのボスを目指せ!
――†――†――†――
気がつくと、トキマルは育成シミュレーションゲームのブラウザのなかにいた。
「なんだ、この空間……」
がらんとした殺風景な部屋。
窓もないし、家具もない。ありふれた植物柄の壁紙が四方を埋めているだけだ。
「『カポ・ディ・トゥッティ・カピ!』の世界へようこそ!」
聞き覚えのある声にふりむくと、そこには空を飛んでいる小さな来栖ミツル。
「頭領!?」
「頭領? 違います。わたしはラケッティアの妖精『みっちゃん』です。この世界であなたのお手伝いをするために生まれました。よろしく」
「くそっ。これは夢じゃない。幻術返しだ。まさか、時間差で来るとは」
「あなたにはこれから『サグ・タウン』に出て、仁義もへちまもない〈ケダモノ〉どもと戦い、いっぱいの悪さをしてサグ・タウン最大のファミリーのゴッドファーザー、ボスのなかのボスを目指してもらいます」
「しかも、この幻術。いつものよりもずっときついぞ。くそっ。おれはまた頭領を越えられなかったのか」
「あの、きいてますか?」
「ああ、分かった。頭領の勝ちだ。だから、元の世界に戻してくれ」
「元の世界? 元もなにもここがあなたの世界ですよ」
「じゃあ、帰れないのか?」
「少なくともゲームを楽しんでいただくまではお返しできませんね」
「はあ、郷に入っては郷に従え、か」
「それであなたにはボスとして、五人のマフィアのなかから初期マフィアを選んでもらいます」
「どーでも」
「いえいえ。これはしっかり選んでいただかなくては。やっぱり最初に選んだマフィアというのは感慨深いものですよ?」
「……ハァ。で、どーすればいいの?」
「五人のマフィアにはすでに来てもらっています。自己紹介してもらって、それから好きなマフィアを選んでください」
「わかった。とっとと終わらせるよ」
すると、壁紙が床のほうからきれいにくるくるめくれて、五つのドアがあらわれた。
ぐずぐずしていてもしょうがないのだから、まず一番左端のドアを開けてみた。
そこは緑の庭園で、白い屋根の園亭に天使のような美青年がひとり、白い手袋を外して指先に小鳥をとめている。
天使もどきはトキマルに気づくと、にこりと笑いかけた。
「あなたが僕たちのボスになる方ですね。はじめまして、アンジェロ・ブルーノです。所属はフィラデルフィア・ファミリーで、アトランティック・シティにも縄張りを持っていました。僕のモットーですか? 平和が一番ですよ」
「マフィアって頭領から知る限り、人を殺してなんぼの世界でしょ? いいの? そんなんで?」
「人を殺さずにビジネスがうまくいけば、それに越したことはありませんよ」
「得物は?」
「この剣です。抜かずに済めば、それに越したことはないですけどね」
「ちょっと見せて」
「どうぞ」
ブルーノの剣は刀身がほっそりとしていて、持ち主同様、頼りない気がする。
しかし、怒らせると本当に怖いのはこの手の人間だ。
実際、この剣はよく手入れされていて、カミソリみたいに切れそうだし、よく見れば、戦場でつけたと思われる誉れ疵がふたつ、刃を少し削っていた。
来栖ミツルがたずねる。
「どうしますか?」
「とりあえず保留。他の連中も見てみたいし」
「素敵な縁がありますように。お待ちしております」
左から二番目の扉は特徴らしい特徴のない部屋に通じていた。
家具什器はいいものらしいが、際立つ装飾や工夫は見られない。
ひと言でいえば優等生の部屋だ。
眼鏡をかけた学級委員ふうのイケメンがひとり。
「トーマス・ガリアーノです。所属はニューヨーク五大ファミリーのひとつ、ルケーゼ・ファミリー。……はい。よく目立たないと言われますが、でも、新聞にさらされず、刑務所に入らず、殺されもせず、最後までボスとして生きる。マフィアっていうのは、そういうものじゃありませんか?」
「で、武器は?」
ガリアーノはブレザー風の上着を左右に開いた。
内側には本人同様、特徴のない簡素なつくりのスローイング・ダガーが何本もボタンで止めてある。
「気に入っていただけましたか?」
「そーね。まあ、あと三人、マフィアがいるから、そっちも見て決める」
「まあ、目立たないマフィアが初期マフィアってのは嫌ですよね。分かりますよ」
真ん中の部屋は真っ黒に煤けた石造りの部屋で天井から下がった鎖にはドラゴンの頭の骨がかかっていて、石炭がごうごうと燃える炉の光が、禍々しい影を投げかける。
この部屋の主であるイケメンは息苦しいほどの埃と熱を物ともせず、長持ちに腰かけている。
煤けた長い髪は背に負った、これまた禍々しい魔剣の上を流れ落ち、末のほうで針金が髪を一束にまとめている。
「カーマイン・ギャランテだ。所属はボナンノ。ニューヨーク五大ファミリーだ」
「いかにも戦闘狂って感じだな」
「邪魔するやつは叩き潰す。マフィアとしての生は戦ってこそだ」
「さっき真逆のことを言ってるやつがいたな」
来栖ミツルが空を飛ぶ。
「どうしますか?」
「次の部屋、行ってみよう」
「潰したいものがあるなら、おれを連れていけ」
右から二番目の扉は常夏のリゾート地につながっていた。
どこまでも伸びる椰子の並木道。パイナップルとブルーのカクテルを出す椰子の葉葺きのバー。そして、海と空。
「ようこそ! 常夏の世界へ! おれはミッキー・コーエン。ロサンゼルスが縄張りだ」
そう言って、握手の手を伸ばしてきたのは小柄ながらもエネルギッシュで尖がった髪形をしたイケメンだった。
「細い手だなあ! おれの手を見てくれよ! なろうと思えば、全米チャンピオンにもなれたんだぜ」
「チャンピオンってなんのだ?」
すると、ミッキーは素早いステップで左へ右へと見えないパンチを躱し、見えない挑戦者にジャブを送り込む。
「ボクシングさ、決まってるだろ!」
トキマルは来栖ミツルに言った。
「お気楽なやつだな」
「ミッキー・コーエンはユダヤ系ですので、正確に言うとマフィアではありません」
「どーでも」
「じゃあ、コーエンに決めますか?」
「ここまで来たら、最後まで一応見るでしょ」
「レイモンド・パトリアルカ。所属はボストン、ニューイングランド・ファミリーでボスをやってた」
最後の部屋は家具職人の店のようだった。
おがくずのにおいがして、板材が積み上がり、工具がきちんと壁の棚に収まっている。
朴訥とした大柄のイケメンが自分でつくったらしいテーブルでコーヒーを飲んでいる。
「ミスター・ビッグと言われることもあるが、おれの図体はそんなにでかいか?」
「まあ、でかいほうなんじゃない?」
「そんなことより家具が欲しくないか? リフォームもやってやるぞ」
「でも、この世界、これから〈ケダモノ〉と戦いに行くんでしょ?」
「分かってる。武器だろ。あれだ」
と、指差した先では鋼鉄製のラックに大型のバトルアックスが納められている。刃だけで剣五本分ぐらいの重量がありそうだ。
「正直、戦うより家具や建物をつくってるほうが楽しいんだがな。そのほうがマフィアらしいし」
さて、五つの部屋を見て分かったのは、マフィアらしさ、マフィアであることの意味はマフィアの数だけ存在することが分かった。
ブルーノとパトリアルカは不戦を、ガリアーノは長寿を、ギャランテは戦闘を、コーエンは……よく分からないが楽しければいい、といった具合だ。
正直、誰でも一緒のような気がしたが、誰でも一緒だからこそ選べなくなることがある。
その一方でラケッティアの妖精みっちゃんがどうするどうするとしつこくたずねてくる。
「こーゆうとき、正五面体があれなばって思う」
「ダメですよ、サイコロなんかで決めちゃ。ちゃんと、思い入れを持って、初期マフィアを決めてください」
「じゃあ、それなら――」
――†――†――†――
「本当にわたしでいいんですか?」
マフィアの世界の優等生、目立たないトーマス・ガリアーノがたずねる。
「ショージキ、誰でもいい」
「そうですか。まあ、目立たないわたしなら――」
トキマルが遮る。
「目立たないのはあんたの言う通り、悪いことじゃない。おれたち、忍びも目立たず、影となって行動する。その意味じゃ、あんたが一番わかりやすかったってこと」
「……そうですか」
ガリアーノはくすっと笑った。
「なら、頑張らないといけませんね。よろしく、ボス」
ここで来栖ミツルが飛んできて、
「さあ、用意はできましたね。では、これからサグ・タウンへ行きましょう! マフィアの頂点――カポ・ディ・トゥッティ・カピを目指して!」




