第五十五話 ラケッティア、種明かし。
「ポテト万歳!」
「ポテトは偉大なり!」
「ポテト! ポテト! ポテト!」
ポテト信徒の歓喜は止まらない。
ロンキエール砦はポテト教の聖地となるが、瘴気が染み込んだ土地を聖地なんかにしたら、ますます異端派カルト教団になってしまう気もする。
だが、もうおれを異端呼ばわりできるやつはこの街にいない。
イリーナが連れてきたエセ傭兵――聖院騎士団の特殊部隊のみなさんがセント・ルコナンまでやってきて、ルコニ派の主要メンバーを逮捕したからだ。
聖院騎士団はルコニ派による麻薬売買を追っていた。
内戦中のルフェイルで敵陣営へのダメージと軍資金獲得を目的に派手に活動していたが、ルコニ派の結束が固く、なかなか捜査は進展しなかった。
潜入捜査官であるロジスラス・キセリク――暗号名『ペレスヴェト』がルコニ派司祭として潜入するまでは。
ちなみに潜入は三年目をむかえたところだったそうな。
――†――†――†――
聖院騎士団の特殊部隊〈聖アンジュリンの子ら〉は宗教裁判所を占領した。
聖院騎士団の特権でセント・ルコナンは連中が一時的に治めることになったが――、
「実際のところ、その占領もポテト派の協力がなければ不可能だ」
ペレスヴェト――ではなくて、ロジスラスが言った。
着ているのは〈聖アンジュリンの子ら〉の制服だ。
聖院騎士団の制服は白とか青が主だが、〈聖アンジュリンの子ら〉の制服は黒が基調となっている。
だが、ルコニ派司祭のころも黒を着ていたので、正直そんなに見た目が変わったわけではない。
そもそも三年間も潜入捜査をしていたのだから、自分のなかから『ペレスヴェト』を引っこ抜くことだって大変だ。
「いろいろ確認したいんだけどさ――」
召喚状をもらって出頭したら、がらんとした法廷に連れていかれた。
書類が積み上がった判事席にロジスラスと――それにイリーナがいた。
こっちはおれとヴォンモだけである。
対等ってのは大事だからな。
「商人どものボスのマルチェロ。あいつの寝室のドアに『てめえはヤクの売人だ』って張り紙貼ったのはあんたか?」
「ああ。こちらの考えた通り、やつはボロを出した。わたしの任務はルコニ派の内偵だが、そもそも無法となった内戦国での麻薬売買を断つのが部隊の目的だ」
「あんたが潜入捜査官だってこと、アルストレムは知ってたのか?」
「明かしたつもりはないが、あの青い手帳にはわたしの正体が書いてあってもおかしくはない」
「……で、おれはなんで呼び出されたんだ?」
「さっき言った通りだ。いま、聖院騎士団はセント・ルコナンを占拠し、一時的だが、その治安維持に責任を持つことになっている。だが、それにはポテト派の協力が必要不可欠だ」
「ポテト派が平和を愛する良き民であることはこないだの小競り合いでよく分かったと思うけどね。ワルドーが暗殺部隊にドラゴン戦車とメチャメチャな攻撃を仕掛けてきたあいだ、ポテト派は家に籠って、全てのポテトに平和のあらんことをと祈ってた。そもそもそういうふうにしろと言ったのは、あんただ」
「……ポテト派がロンキエール砦の戦いで動かなかったのは、お前が動くなと命じたからだ。そして、いま、お前が蜂起しろと命じれば、暴動が起きる」
「ポテト派は暴動を起こさない。その他、諸々の暴力だの示威行動だのも起こさない。ルコニ派信徒への攻撃は絶対に禁止する。これを破ったものは永遠に聖なるポテトからつくられたポテチを舌にのせることはできない。そう通達する。言葉だけで不安なら一筆書こうか?」
「それには及ばない。それともうひとつ、ワルドーの行方だ」
「ああ、カツラを残して屋敷から消えたんだってな」
「残されていたのはそれだけではない。カラスの羽根もあった」
ロジスラスの視線はばっちりヴォンモを捉えている。
ヴォンモは――ちょっと恥ずかしそうにもぞもぞしている。
「オホン」
おれは肩をすくめた。
「やっこさん、訴追が間違いなかったからな。逃げたんだろ」
ロジスラスが斬った暗殺部隊の指揮官は即死はしていなかった。
やり残したことがあるというので、ヴォンモがありったけの闇魔法をぶち込んで人間カラス爆弾にした。死んだ状態で意思があるだけで、長くはもたないが、少なくともやり残したことを果たせるくらいは人間の体を保ってはいられる。
ところで、ヴォンモだが、あの砦の戦いのすぐ後、気分はどうだときいたら、もじもじしてちょっと顔を赤らめながら、
「えっと……自己嫌悪中です」
血に酔った反動で冷静になると、自分がすっかり気持ちの高ぶりに乗っ取られたことがアサシンとして未熟だというのが本人の談だ。
ヴォンモが目指すのは「キャハハ! 死んじゃえ!」系アサシンじゃなくて「……さよなら」系アサシンなのだ。
「み、見ないでくださいっ、マスター。いまは……恥ずかしいです」
かわいいなあ! もう!
で、ロジスラスはそのかわいいヴォンモをじっと軽く睨みながら、
「……どこに逃げたか、知っているか?」
「知ってるわけないでしょ。やつがトンズラしたことだって、いま知ったんだから」
ロジスラスは目を閉じた。
まぶたが開くころにはその話はもうあきらめる気になったようで、視線をおれに戻した。
「もし、どこかで会ったら、あんたが探してたこと、伝えとくよ」
まあ、正直、あそこまでやられたら、トップを殺らないとファミリーとしてケジメがつかない。
三年間も追っていたホシを取られたのは悔しいだろうがさ。
「ところでさ、やつのヤサから免罪符は見つからなかった? 一枚金貨千枚の超豪華なやつ」
「見つからなかった」
「くそっ。これじゃ金貨二千枚、ドブに捨てたことになる」
「免罪符など、もともとドブに捨てたも同じだろう。あんなものには意味がない」
「ルコニ派なのにそんなこと言っていいの?」
「わたしはロスタルチウス派だ」
「あー。うん、似合ってるよ。理神論者の先生も火あぶりから助けたんだって?」
「ロスタルチウス派の教義には火あぶりもない」
「いいことだ。ことにおれは前から真冬に火あぶりをやって、貴重な薪を消費することについて変だなあとは思っていた」
「そうか。……ひとつ、頼みがある」
「断る」
「まだ何も言っていないぞ」
「でも、分かっちゃうんだな。イリーナのことだろ?」
「……彼女の任はルコニ派司祭ペレスヴェトのためのアサシンだ。だが、もうペレスヴェトはいない。もう、平和な生活に戻してやってもいい頃合いだ」
「おれのいた世界――じゃなくて、えーと、国でだな、インディアンってやつらがいるんだがな、こいつらのことわざに『お前が誰かの命を助けたら、お前はそのものについて一生責任を取って守らなければならない』ってのがある」
「普通、逆じゃないのか?」
「誰かを奴隷市場から拾い上げてやるなら、それだけの覚悟をしろってことだ。じゃ、あとはふたりで解決してくれ。おれは関係ないからな」
おれはヴォンモを連れて、外に出た。
――†――†――†――
外に出ると、おれたちはすぐ扉にぴったり耳をくっつけた。
だって、気になるじゃん。
「くそ、無駄に分厚い扉め。全然きこえねえじゃねえか」
「マスター、おれはきこえます」
「ほんとか? なんて言ってる?」
「ペレスヴェトさん……じゃなくて、ロジスラスさんがこう言っています。『ご苦労だった。これからは自由に生きていい』って」
「そりゃそういうだろうな。でもさ、ヴォンモ。おれがヴォンモに同じこと言って、ヴォンモ、ハイそうですかって言う?」
「言うわけないじゃないですか」
「ですよねー。じゃあ、次にきこえるイリーナのセリフは――」
「『わたしは自由はいらない。ただ、あなたに尽くしたい』――」
「やっぱ、そういうか。分かりやすいやっちゃなー」
「『……妻として』」
「え?」
「……ロジスラスさん、オーケーしちゃったみたいです」
「えええ!」
――†――†――†――
あとで知ったことだが、ふたりは回廊でつながっている大聖堂へ行き、そのまま結婚したそうだ。




