第四十七話 ラケッティア、プードルの知らせ。
結局、ルコニ派の連中がおれを訴追して得たものは納期だった。
やつらには一か月以内に保存用と布教用の超最高級免罪符をおれに納入する義務が発生した。
おかげでこっちは持ち込んだ指輪のほとんどを吐き出すハメになったが。
宝石細工師に見せたところ、この免罪符をつくるのに半年はかかるとのこと。
もし、あのヅラ野郎がおれに免罪符を納品できなかったら、あいつらを債務監獄につなぎ、牢屋に入ったルコニ派の面々の前で剣を飲み込む大道芸人にやつらの檻の鍵を飲み込ませてやる。
「しっかし、悪趣味な免罪符だな。キンキラキンじゃねえか。趣味の悪さもこれで許してもらえるのかな」
ポテト教会とその隣の家のまわりではポテト派がおれの無罪を喜んでどんちゃん騒ぎをしている。
ポテト万歳、ポテトに栄光あれ、の大合唱のなか、おれはというと、アランチーネをせっせと揚げては皿に山盛りにする仕事にいそしんでいる。
フライドポテトじゃなかった。残念!
それも食堂で待つ一同のためなのだが、訴追を免れたボスがなんで子分たちにアランチーネをつくるのか、普通逆だろ、お疲れ様です、親分だろ。
まあ、でも、下手したら、おれが油で揚げられてたことも考えると、こうしてアランチーネを元気につくれることを感謝し、そのありがたみを噛みしめるべきなのかもしれない。
「具はこっちの皿からシーフード、ハッシュドビーフ、ハム・アンド・チーズ」
「旦那は食わないのかい?」
「揚げ物って料理してるだけで腹がいっぱいになるんだよ」
アランチーネに関する皆の衆の感想はポテトよりもこっちを崇拝の対象にしたほうがよかったという非常に好意的なものだった。
しかし、聖体拝領において、アランチーネは構造的な問題を抱えている。
ポテチのように信者の舌に乗せようとするなら、薄切りにしなければいけないが、古来おにぎりの薄切りに成功したものはいない。
ぼろぼろに崩れてしまう。
かといってアランチーネを丸ごと口に突っ込むとなると、今度は信者側の顎の構造と耐久性、窒息せずに物を飲み込む巧妙さが問題となる。
それにアランチーネには質の保証ができない。
ポテト教の核心部に関わることだから大きな声では言えないが、ポテチなんて誰が作っても一緒だ。
だから、敬虔な信者の一部にポテチ儀式を下請けっちゅうか、フランチャイズっちゅうか、とにかくやらせることができる。
ところがアランチーネではそうはいかない。
つくるやつによって品質に差が出る。これはよろしくない。
ポテチ教は信じる者に画一的な救いを授ける宗教なのだ。
これにアランチーネを使うなら、アランチーネにも画一性が求められる。
それの意味するところはなにか?
それは全てのアランチーネをおれがひとりで揚げないといけないということだ。
よろしくない。とてもよろしくない。
「来栖くん、来栖くん」
テーブルから離れたスヴァリスがおいでおいでをしたので、裏口へ出る。
「なんだよ、じいさん」
「あれを見たまえ」
「あれ?」
もう夜中でよく見えないが、おれたちの家から裏手へ階段があり、その向こうに細い水路と小屋がいくつかある。
そのあいだを小道が通っているのだが、よく見ると、カンテラらしき灯が揺れながら、こっちに近づいてくる。
もっと、よーく見ると、それはふたり組で、もっともっとよーく見ると、それはペレスヴェトとウィリアムじゃあありませんか。
「え? なにしに来てんの、あいつら」
「重大なことを知らせに来るのだよ」
「じいさん、なんでそんなこと分かったの? 名将のカンってやつ?」
「ヘンリエッタという野良プードルがいる。泳げるし、空も飛べるし、人の言葉も分かる」
「さっぱり話が見えないんだけど」
「かわいそうな子なのだ。わたしの合唱団に入りたいが、入れない。彼女はカエルではないからな。むろん、カエルに似た顔でカエルのごとき美声を出せれば、挑戦の権利を与えることにはやぶさかではないのだが――残念なことに彼女はプードルのなかのプードル、愛玩犬の女王なのだ。それでも彼女はカエル合唱団への貢献がしたいということで、こうしていろいろ教えてくれるのだが――」
まともな人間がスヴァリス・ワールドを真に受けると発狂してしまう。
もし、おれがスヴァリス学の教授になったら、学生たちの目に着くところにこう張り紙をする――『立ち去れ! この道は狂気へつづく道なり!』
ペレスヴェトはイリーナのかわりにウィリアムを連れてきていた。
それがなにを意味するのか分からないので、そのことをたずねようとすると、
「明日、ワルドーが兵を率いてやってくる」
「へえ」
「驚かないのか?」
「いや、驚いてるよ。免罪符の納期三か月に伸ばしたら攻めるのやめるかな?」
「ワルドーがお前たちを襲わせようとしているのは王太子付きの暗殺部隊だ。すでに出発していて、セント・ルコナンに向かっている。明日の正午には到着するだろう」
「ワルドーってのはつくづく馬鹿なんだな。そいつら、つまり、覚悟が決まってる連中ってことだろ? まあ、それなら、こっちも遠慮なくぶっ殺せる。普通の徴兵された兵隊相手にするよりもずっと気が楽だ。で、なんでこのことを教えに来たんだ?」
「ワルドーの目的はお前たちポテト派の中核だ。雑魚に用はない」
「そんなツンデレなこと言ってるけど、つまりこういうことだろ? ワルドーの兵隊とポテト派信者がぶつかったら、大暴動になって死者が出る。だから、おれたちだけでどっかに籠城して、ワルドーの暗殺部隊を迎え撃てってこと」
「できるか?」
「楽勝。じいさん、どう思う?」
「理には適っている。大きな暴動が起きれば、その鎮圧を大義名分に王太子はこの都市に自分の軍を派遣できる。それは暗殺部隊などという小編制の軍ではなく、師団クラスの派兵だ。ともなれば、ルコニ派の自治が解消される」
「そういうことだ」
「ふーん。なあ、ペレスヴェト。あんた、カラヴァルヴァに親戚いない? コルネリオ・イヴェスって治安判事なんだけど」
「いない。それがどうした?」
「いや、考え方が似てるなと思って」
「とにかく明日の抗争にポテト派の信者が加勢しないように周知させろ。わたしが言えるのはここまでだ」
「それは分かったけど、ウィリアム――じゃなくて、ヴィルヘルムはどうしてここに?」
ウィリアムは自慢の詩を評論家という名の鮫にズタズタに食いちぎられたみたいな顔をして、
「わたしは今日の審問に納得ができないのです。心にわだかまりのように巣くった疑問がわたしを苦しめます。なにより――なぜか分からないのですが、わたしはあなたたちとともにいるべきだ。なにか大事なことがそこにあるのだという気がしてならないのです」
その大事なことがきいたら、泣いて喜ぶことだろう。




