第四十五話 ラケッティア、審問開始。
「こんなのキーフォーヴァー委員会みたいなもんだ。マフィアの大物をちょっくら上院でさらしものにして、ついでに全国放映してやろうってわけよ」
大聖堂付き宗教裁判所。三月二日。午前十時。
ふたつの傍聴席――聖職者用と一般ピープル用――は超満員だった。
学校で『神はお前らのことを気にかけていない』と教えたり、ふたつの家族の憎悪に基づく密告スパイラルによる裁判なんかと違って、ポテト教は大きな問題だ。
傍聴席のうち聖職者はみなルコニ派で一般ピープルはポテト派。
一般ピープル傍聴席の最前列にはクルス・ファミリーの面々。
おれはというと、審問側の机にヨゼーフュスとつき、シューバーホルト(弟)が資料をカバンから取り出している。
異端審問は実際、自分が被告席に座ると分かるが、退屈だ。
興奮するのは判決を言い渡すときだけで、それ以外は、
ペレスヴェト「ポテトとはなんですか?」
シューバーホルト(弟)「芋です」
と、下らねえ質問を大真面目にやり取りするだけだ。
似たような質問は他にもいろいろある。
カスケル「ポテトはどうやって揚げますか?」
シューバーホルト(弟)「火にかけた鍋のなかの油で揚げます」
ペレスヴェト「揚げたポテトをなぜ舌の上に乗せるのですか?」
シューバーホルト(弟)「耳の上に乗せては飲み込めないからです」
もし、こうした下らねえ質問の連続でこちらをうんざりさせ『もうどうなってもいいや!』という心境に追い込むつもりなら、大成功だ。
ところで、審問官席にいるのはペレスヴェトとカスケルだけ。
シューバーホルト(兄)はいない。
「尻からクソ溜めに落下することなんて滅多にないだろうから、兄から是非とも感想をきいてみたいんですな」
「あんた、本当にぶっ殺されるぞ。まあ、でも、裁判はいい感じだな。カスケルは絶対こっちに不利な判決は出さない。ペレスヴェトが火刑にしろと言ったところで審議不一致だ」
「火刑はペレスヴェトが言い渡すわけではないのですな。それはワルドーの役目なんですな」
「あのヅラ野郎か。でも、最後に免罪符を買うかどうかたずねてくるんだろ? てめえらを高級ハムみたいに薄切りにしてやると言い渡されても、免罪符でリセットだ」
「あなたのところでつくっている免罪符は? 他派の免罪符は買っていいのですかな?」
「神学上はどうだか知らんけど、ラケッティア的には免罪符はあればあるほどいい――それが本当に効力がある場合に限ってだけど」
――†――†――†――
開始五時間。
ようやくペレスヴェトがポテト教の教義に突っ込んだ。
「ポテトを薄切りにして揚げたものを食べることがなぜ聖性の獲得になるのか、述べよ」
「なぜなら精霊の女神を細かく切るわけにはいかんからなのですな。しかし、精霊の女神はこの救いのない愚かしい人類ひとりひとりに聖性を獲得させ、世界をより良いものにしようと情け深くも聖なるポテトを遣わしたのですが、なぜなら聖なるポテトはこの世で唯一の薄切りにできる聖物、神のお慈悲なのですな。そのお慈悲にすがるには聖なるポテトが自身を犠牲にして人類に救われたしと願ったポテチを拝領し、人間は聖なるポテトを受け止める聖なる器、精霊の女神の願いを受け入れる聖なる水差しになれるのですな」
「従来の信仰では人間は聖性を獲得できないと言うのか?」
「できないわけはないのですな。精霊の女神はあなた方、ルコニ派にも救いをと考えておられるはずなのですな。きっと聖なるニンジンか聖なるカブか聖なるマンドラゴラという形で。それにまだ気づかれてはいないのですな。しかし、精霊の女神の願いは正しい信仰をお持ちの方々ならきっと見つけることができるのですな。まあ、悲観はしないことですな」
「さきほど精霊の女神を細切れにはできないと言ったが、どういう意味か?」
「神を切り刻むような恐ろしいことが可能になったほど、我々人類は馬鹿になっていないのですな。しかし、精霊の女神を信じる心そのものが精霊の女神を成すのであり、信仰の集合体として、存在することを否定することもできないのですな」
「その主張では精霊の女神を信仰するものがいなくなれば、女神そのものが消滅するということになる」
「その通りですな。女神は消滅、とまで行かずとも我々はまったく認識することが出来なくなるでしょうな。それこそ異端者の望む世界であり、そうならないためにあなた方、異端審問官がいるのですな」
どうやら逆ねじを食わせたらしい。
ペレスヴェトはちょっと黙り、手元の分厚い資料を何ページかめくった。
「審問を一時中断。休憩を取る。再開は一時間後」
「はい、審問官殿。それではお休みするのですな」
――†――†――†――
「まあ、このままいけば、無罪は間違いないのですな」
被告側控室という名の物置にて、これから下るであろう無罪判決を楽しみにする。
ヨゼーフュスは早めのお祝いと称して、懐から取り出した小瓶をぐびりとあおり、シューバーホルト(弟)もやはり懐から取り出した小瓶をぐびりとあおった。
「しかし、下戸とはなんともかわいそうなお話なのですな。この世の半分を損しているようなものなのですな」
「別にいいの。おれはラケッティアリングを楽しむんだから」
「しかし、異端審問で無罪が出れば、わたしたちの教会はますます大きくなる。それはつまりお布施の額が増えて、ますます飲めるということだ。文句なしだよ。この街の名前がセント・ポテトに変わる日も遠くはあるまい」
「ポテトに街を乗っ取られるってのはどんな気持ちなんだろうなあ」
「それこそ兄にきいてみたいこと第一なのですな。ルコニ派が第一宗教の座から転落すれば、わたしたち兄弟の立場は逆転なのですな」
「まあ、未来はバラ色幸せ色だ。さて、そろそろ一時間か。じゃあ、審問に戻るか」
法廷に戻ると、審問官の壇上に誰もいない。
一時間を十五分も過ぎても、ペレスヴェトもカスケルも来なかった。
三十分過ぎて、ようやくふたりがあらわれたが、ふたりが座ったのは審問官席ではなくて、聖職者用の傍聴席。
なーんかおかしい。
ペレスヴェトはいつもの仏頂面がさらに仏頂面になり、なにか気に入らない様子。
カスケルのほうは義務から解放されたらしい晴れ晴れとした顔をしている。
「なあ、これ、どういうことだ?」
「わからないのですな。審問官が審問の途中で傍聴人席に移動するなどいままでなかったのですな」
「なんか、きなくせえな」
二時間が経過すると、ついにタネが分かった。
例の貴族の異端審問官で、ヅラ男のワルドーがあらわれて、壇上の異端審問官席に座り、高々と宣言したのだ。
「これより異端判決宣告式を開始する」




