第四十一話 ラケッティア、エセ傭兵。
ポテト教の信者のひとりに城壁勤めのクロスボウ射手がいる。
本当は民間人は上ってはいけないことになっている城壁の上の通路だが、ポテチの絆で特別に許可された。
「あれがそうだよ」
射手のレドゥモンドがごわごわした革手袋で指したのは小さな池のそばに滞在している傭兵の一団だった。
「あれのなにがおかしいんだ?」
「略奪をしない。あそこのそばの街道は行商が通るんだが、襲おうとしない。ちらと見もしない。相手が武装した隊商ならリスクもあるわけだから話はわかる。が、非武装の連中が通っても襲わないんだよ。ありゃあ、傭兵じゃないな」
「傭兵のふりをするメリットってなんだろ?」
「そんなもんありゃしないさ。みんな傭兵どもにはうんざりしてる。それにしても、おかしい。傭兵隊と言っても規模は三十人かそこら。商人どもの陣営じゃあないらしいが、かといって、おれたちの味方でもない。あいつら、いったいなにがしたいんだろうなあ」
「商売でも始めるんじゃないか?」
「略奪品を売る以外に商売なんてあるもんか。とくに傭兵どもはそうだ」
「なるほど、そうか。ともなるとあいつらが何考えてるのか、ちょっと気になるな」
「そこでだ、ブラザー・クルス。セント・ルコナンの傭兵隊長であるアドラーズヘルムが手下の兵隊たちと一緒にあそこのエセ傭兵隊に挨拶に行く。ルコニ派聖職者を代表して、ペレスヴェト神父が行くらしい。これについていけば、あの連中の正体も分かる。連れていけるのはふたりだけ。この情報は役に立ったか?」
「そうだな。情勢が不安定になるとポテトを揚げる油の供給に響く」
「ポテチに込められた世界平和への本願を知らんのは悲劇だな」
「まったくだ、ブラザー。ポテチに栄光あれ」
「ポテチに栄光あれ」
――†――†――†――
「今日はとても楽しい一日になるだろう。というのも、このセント・ルコナンの城壁から一キロと離れていないところで野営している謎の武装集団にルコニ派坊主どもの傭兵隊長が『てめえら、ここでなにしてる?』とききにいく日だ。返答次第では血の雨が降る。一緒に来たい人、手ェあげて! はい! ヴォンモとコーデリア!」
傭兵たちの一団が近づいても、エセ傭兵たちは慌てる様子もなく、水を汲んだり、干し肉をかじったりしている。
こっちの傭兵隊長があっちの傭兵隊長にどこの陣営かとか戦歴とかをたずねている。
気のせいかもしれないが、エセ傭兵たちの視線がおれたちに集中してる気がする。
「ヴォンモがかわいいからだな」
「あんた、寝ぐせひどいわよ」
「え、マジ?」
たったと池のほとりへ走り、水面を見ると、なるほどFF7のクラウドもびっくりの寝ぐせがばびゅーんと天を衝く勢いで尖ってる。
せっせと池の水で髪を直し、なんとか許容範囲にまで押し込んだが、エセ傭兵たちは相変わらずおれのことを見ている。
それもじっと見るんじゃなくて、ちらっ、ちらっ、と見る。
なんだかなあ。
「なあ、おれの後ろに背後霊とかいるの?」
エセ傭兵のひとりにたずねてみると、エセ傭兵はびっくりしたような顔をして、
「なんのことだ?」
「さっきからおれのこと見てるでしょ」
「見てないぞ」
「うそだぁ。見てるよ。ちらちら。寝ぐせのせい?」
「見てないものは見てない」
って、言いながら、他の連中はせっせと見てる。
よーし、そっちがその気ならこっちも見てやる。
「ヴォンモ、コーデリア、こっちもやつらをちらちら見てやれ」
「こうですか?」
ちらっ、ちらっ。
「いいぞ、ヴォンモ。素晴らしいチラリストぶりだ。ほら、コーデリアも」
「あほらし」
「なんだよ、冷てえな」
「それよりひとつ気づいたことがあるんだけど」
「なに?」
「あいつら、服のボロさがちぐはぐ」
「ん?」
「シャツは比較的新しいのにマントはボロボロ。帽子は中の上ってところだけど、ブーツは中古というにはまだまだの美品」
「それがどうした?」
「わたし、こっちに来てから傭兵たちの服装を見てきたけど、古びる度合いは帽子もシャツもマントも一緒。あんなふうに一部がきれいで、他がボロいなんてのは見たことがない」
「略奪して古いのと取り換えたんじゃねえの?」
「でも、あいつら、行商人は襲ってないんでしょ?」
「そういやそうだ」
「考えられるのは服屋がへぼかったってこと」
「つまり?」
「誰かが傭兵に見える服を都合してくれって言って、その素人みたいな服屋がろくに考えず、服を買い込んだ。それが不自然に見えるかどうかなんて考えないで」
「すると、やつらはますますエセ傭兵なわけだ」
「あいつらの正体は分からないわよ。でも、あいつらの服調達係が素人だってことは分かる」
「ガルムディアのスパイとかかな」
「そうかもしれない」
「それならおれのことをじっと見たのも納得がいくな。やつらに煮え湯を飲ませたのは一度や二度じゃないし」
「そんなことよりウィリアムよ。記憶をよみがえらせる方法は見つかったの?」
「頭をどつくのがいまのところ一番確かな方法かな」
「ちょっとやめてよ。ウィリアムの頭はデリケートなの。彼の詩情やボキャブラリーがそれで消し飛んだらどうするのよ?」
「それだけ世界は住みやすくなる」
「ふん。そうやって彼のこと馬鹿にすればいいんだわ。でも、きっと歴史が証明してくれるわ。彼が大詩人だってこと」
「正直、あれなら、おれが作詞作曲したシチリア料理がおいしくなる唄のほうがマシだね」
「あの昨日怒鳴りまくってた唄? あれ、何語なの?」
「ハナモゲラ語だよ」
「きいたことない」
「失われし古代言語だからな」
「そんな言語を知ってるなんて。マスター。すごいです」
「はっはっは。もっと誉めて誉めて」
――†――†――†――
こっちの傭兵隊長は放っておいても問題ないと思ったらしく、エセ傭兵たちをそのままにして帰城した。
おれとしてはもうちょっといろいろ突っ込んでみてほしかったが、ルコニ派のグリード流通にガルムディアが絡んでるなら深追いもしないかと思い、そこで納得することにする。
ポテト教会のまわりはすんごい人だかりでヨゼーフュスの怒鳴るような説教はこっちにまできこえてくる。
それを見守るようにちょっと離れたところにウィリアムがいた。
「ああ、あなたたちでしたか」
「ウィリアム」
「ぼくの名前はヴィルヘルムです。でも――」
「でも?」
「その呼び方をきくとなんだか懐かしい気持ちになりそうなのです」
「ねえ、ウィリアム、思い出して。ふたりの愛と幸福の日々を」
「すいませんが、お嬢さん。人違いですよ」
「ねえ、あんたたち、きいた? ウィリアムがわたしのこと、お嬢さんだって」
「きいたきいた。で、あんた、ここでなにをしてるの?」
「異端審問の召喚状を届けにきました」
おれは咄嗟に避けようとしたが、紙飛行機の形で折られていた召喚状はおれの回避行動を読んでいたかのようにこつんをおれの額にぶつかった。
アメリカでは裁判所の召喚状は本人が受け取らない限り、効力を発揮しない。
だから、執達吏はピンポーンってベルを鳴らして、ちょっと開いたドアの隙間に召喚状を放り込んで、ハイあんた受け取った、ってことをやるらしい。
「審問は三日後です。代言人をつける権利があります。ぼく個人としては、これだけ人の心に影響を及ぼすものには何らかの神性があるのではないかと思いますが、ぼくは審問官ではありません。とにかく審問が無事に進行することを祈ります。では」




