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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ルフェイル王国 セービング・プライベート・ウィリアム編
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第四十話 ラケッティア、異端審問の軽いジャブ。

 セント・ルコナンではトマトの調達が絶望的だったので、アランチーネをつくることにした。

 アランチーネとはシチリア風揚げおにぎりだ。


 ポテチでカネを稼いでいる以上は、このシチリア島のB級グルメもつくらねばなるまい。

 B級グルメの神さま、つまり聖なるポテトか聖なるアランチーネか知らんが、とにかくその捧げものにする。そして、二秒後にはおれたちの胃袋に賓客として移動してもらう。


 さて、アランチーネ。揚げおにぎりというくらいなのだから具はどうするという話だが、具はまあハヤシライスのルーを煮込んだものか、ハムとチーズを入れる。


 ざっと作り方を説明すると、米をバターとサフランを入れた水で煮て、固めのリゾットみたいになるまで煮て、水気を飛ばす。もちろん塩コショウも忘れずに。


 あとはその米にハヤシライスのルーやハムとチーズを入れ、おにぎりにしてパン粉をつけ油で揚げる。


 ライスコロッケみたいなものだが、これが見た目はジャガイモっぽい。

 カリっと揚がった熱々のバターライスおにぎりのなかでチーズがとろけたり、ハヤシライスになっていると思ってもらえば、なんとなく味は予想できると思う。

 具にはパエリヤに入れそうなイカやエビが入ってもめちゃうまい。


 さて。


 では、おれはこれから、最近作詞作曲したシチリア料理がおいしくできる唄を歌いながら、アランチーネをつくることにする。


「チート・ワッケ・ローネ・ソノバ・ビエル・ボックチョーロ・パボクボロス・ソットー」


「オーナー、ここにいたのか。客がきて――」


「ドーノ・セイ・ヅトー、ケ・グリヤ・ソロ・ヤーヤ、カヴァロ・ソント・グロノロントー」


「オーナー?」


「トゥッコ・ロッコ・ラーン! トゥッコ・ロッコ・ラーン! ルイグロメント・ロノ・セネバー!」


「オーナー、きいてくれないか。実は――」


「ウッソ・ソーニ! ウッソ・ソーニ! オッシ・トーコ・ショイバナーレ! アンナ・モービリ・スカラ・ボル・バーネ!」


「オーナー!」


「うおあっ! びっくりした。なんだ、ジャック。つまみ食いにでもきたのか?」


「客だ」


「待たせとけ」


「そうはいかないだろう。ペレスヴェトとウィリアムだ。異端審問だと」


「待たせとけ。いま、アランチーネつくるので忙しいんだ。よっしゃ。チート・ワッケ・ローネ・ソノバ・ビエル・ボックチョーロ・パボクボロス・ソットー」


 料理が趣味のマフィアのボスみたいに、あるいは『ボードウォーク・エンパイア』のウィリアム・フォーサイズ演じるマニー・ホロヴィッツみたいにエプロンをつけたまま登場。


 今日は教会はお休みにしているので、信徒席はがらんとしていた。

 最初は背もたれのない粗末な長椅子があったのだが、もともとボロボロだったので、人が押し寄せたら残らずぶっ壊れてしまった。


 ペレスヴェトとそのアサシンのイリーナ、そして詩を書かない分だけ世界をマシにしてくれる記憶喪失のウィリアムが反り返ってデコボコした床板にしっかりとアンヨを押しつけて立ち、まずおれのツラを、そして汚れたエプロンをじっと見つめた。


 おれは料理好きの男は人好きもするという偏見を狙って、フランクに出てみることにした。


「いやあ、待たせて悪いね。ちょうどライスコロッケつくってて。やあ、ウィリアム。記憶は戻ったか?」


「今日、我々が来た理由は分かってるか?」


「アランチーネのにおいに誘われたんだろ?」


「ポテト派の教義について質問しに来た」


「ちょっと待った。これって異端審問か?」


「予備審問だが、そう思ってもらっていい」


 殺気がぶわり。イリーナとジャックはお互いメンチを切り合っていて、相手がちょっとでもおかしな真似をすれば、すぐにナイフが手のなかに滑り込み、急所にぶち込まれる。

 聖なるポテトの教会の平和を乱すようなことは避けたいが、まあそれも相手次第だ。


「異端審問の予備審問ねえ。それならうちの専属司祭のほうが詳しくこたえられると思うけどなあ」


「ヨゼーフュスのことか?」


「知ってるんなら話がはやい」


「わたしはお前の口からききたいのだ」


「分かるよ。ラケッティアと飲んだくれ神父が新しい教団をつくる。誰だって変だと思うのは当然だ」


「ポテトを薄切りにして揚げて、授けることにより聖性もまた授けられるとはどういうことだ」


「そのままの意味だな」


「どうやって思いついた?」


「夢に出てきたんだ。精霊の女神が。女神は生きとし生けるもの全てが救われることを願い、その使者としてポテトを遣わした。目が覚めたときにはポテトがおれの手のなかにあり、これぞ混沌と暴虐の世から人間を救い出す聖なるポテトに違いないと思って、フライにしたわけ」


「説教ではポテトの油分にのみすがって生きていくという言葉があったそうだな。これは?」


「だから、そのままの意味だって」


「精霊の女神ではなく、ポテトを揚げた油にすがるとはどういうことだ?」


「精霊の女神はポテトにまつわる全てをもって、おれたちを救済しようってんだよ。聖なるポテトを揚げた油は聖なる油になるんだ。物質的には精霊の女神の最寄りの出張所である揚げた油にすがり、精神的な部分には精霊の女神と聖なるポテトにすがる。OK?」


 三人は帰った。納得いっていないようだが、ポテト教の神髄はそうそう簡単に理解できるものではない。

 それに本格的な審問には始めるのも取り仕切るのも時間がかかる。


 そのあいだに信者をガンガン増やして、ポテト教を既成事実にしてやる。

 もし、ルコニ派がポテト教を弾圧したら、ポテチの子らは怒り狂い、王太子派は革命商人の他にも交戦勢力を抱えるハメになる。


 もちろん、ペレスヴェトは不確定要素だ。

 後ろに常に筋金入りのアサシンを連れて歩き、マキャヴェリの弟子みたいな考え方してるかと思えば、途方もなく単純な宗教的情熱で事をめちゃくちゃにしかねない。


 つまり、王太子派の利害を考えてポテト教を残すか、あるいはルコニ派万歳神さま万歳で弾圧を仕掛けてくるのかが読めない。


「あのぉ」


 近隣の宿屋で働いている兄ちゃんがドア口から声をかける。


「おお、ブラザーよ。ポテトの家へようこそ」


「シスター・コーデリアを連れてきました。道にぶっ倒れていたんで」


 宿屋の兄ちゃんが言うにはコーデリアは馬車に乗って大聖堂へ帰るウィリアムを見つけて、馬車に飛びついたのだが、状況はそのまま彼女を落とそうとする馭者との苛烈な戦いへ引きずりこまれ、持ち前のガッツでかなり善戦したのだが、馭者はこういうときに使うくすぐりグッズを持っていた……。


 戸板に乗せられて運ばれてきたコーデリアは目をまわしていて、事情聴取のできる状態じゃなかった。


「いやあ、すいませんね。うちのコーデリアが。お礼と言っちゃあなんですが、これ――」


 白銀貨を一枚取り出したが、兄ちゃんは首をふった。


「いや、お金は結構っす」


「宿屋勤めってそんなに儲かるの?」


「儲かんないけど、もっと欲しいものがある。ポテチっす」


「でも、説教師がいないんだよなあ」


「実は客のあいだでポテチ洗礼のことが話題になっていて、そんなにご利益があるなら、ぜひ一枚もらいたいって人がいるんっす。ポテト教が世に広まるのはいいことだと思うから、その旅人に洗礼をしてほしいっす」


「まあ、じゃあ、ポテチもってくるよ。何枚?」


「十二枚っす」


「十二人もいるの?」


「そうっす」


 十二枚のポテチを持って、兄ちゃんは帰っていった。


 ……。


 これはいける。信者を獲得するのにこうやってポテト洗礼の下請けをつくるのだ。


 ソルジャーはカポのために、カポはアンダーボスのために、アンダーボスはボスのために。

 つまり、ポテト教団をマフィア組織化するのだ。


 そうと決まれば、配布用のポテチをじゃんじゃん揚げねば! ああ、その前にアランチーネを揚げねば!

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