第二十九話 ラケッティア、北の果て。
ノースマウンドトップの戦いによる死者は、その名の丘を商人連合と王太子派の軍勢が取ったり取られたりしまくっているうちに増加した。
約三千人が戦死したという。
『詩人にして、疫病神のウィリアム ここに眠る』
墓は墓碑名を刻んだ白い板切れを刺しただけの粗末なものだが、トートブルクの森のむき出しの白骨たちを思えば、埋めてもらえるだけ上等だ。
「王太子軍の騎士たちが突撃したんだ」
と、丘のふもとに小屋を立てた墓守が言った。
「わしはそんとき商人連合軍の市民義勇軍のとこにいた。その髑髏隊は、まあ、餌にされたのさ。おとりと言ってもいい。大した防御陣地もないまま、王太子の騎士団の猛攻を食らった。三度耐えたが、四度目で総崩れになった。商人たちは万が一のことを考えて、自分たちの市民軍のまわりに落とし穴の長いやつを掘っていたから、市民義勇軍へ突っ込もうとした騎士たちは次々落とし穴にはまって、討ち取られた。なにせその穴ときたら、女子どもやわしみたいな年寄りまで動員して掘ったやつで馬が丸ごと落っこちる深さがあった。市民軍は穴のなかへ槍を突っ込んだり、大きな石を投げ込むだけで騎士を簡単に仕留めることができた。傭兵たち? ああ、もちろんやつらも穴に落ちたよ。落とし穴のことを商人たちは傭兵には知らせなかった。傭兵隊長のゴルマック男爵だって知らされていなかった。当然、怒り心頭だが、失った兵隊の倍の数は雇えそうな賠償金をもらうと、ハイハイハイ。なんにだってハイとこたえた」
「その捨て駒のなかにウィリアムが?」
「わしはそのウィリアムってやつは知らん。でも、あの落とし穴に落ちたんなら、生きちゃあいないな。奇跡でもない限り」
「わたしのウィリアムはね、起こせるのよ。奇跡を」
「なんだい。あんたのウィリアムは神さまなのかい?」
「詩人よ。この世界を財布みたいにがっちり握ってるのは詩をつくれる人たちなんだから」
「それなら詩人たちに言っておいてくれ。あんたらががっちり握っている世界とやらがぼろぼろと崩れ落ちていると。ひとつの国が滅びるとき、そいつを最前席で見られるのが誰だか分かるか? 王でも貴族でも傭兵でもない。詩人でもない。墓守さ」
――†――†――†――
コーデリアを見ているとスカーレット・オハラを思い出すと言えば、言い過ぎだろうか?
ウィリアムの戦死がどんどん濃厚になっていくのに、まったく悲観せず、希望を捨てない執念は換金価値がありそうなくらいだ。
墓守のじいさんのいうことを信じるならウィリアムは三度の騎馬突撃を受け、穴に落ち、その上に馬がのしかかり、かつての仲間がえいえい!と槍を投げつけたにもかかわらず、コーデリアは敏腕中古服バイヤーにしか感知できない電波をキャッチできるセンサーを持っていて、それが『ウィリアムは生きている!』と悲鳴を上げているのだ。
そんなわけでノースマウンドトップから北へ三日ほどの距離にある小さな田舎村ノースゲートへやってきました。
人口八百人。藁ぶき屋根の家が四十あって、市場と鍛冶屋と酒を出す店がひとつずつ。
教会がふたつ。そのうち大きくて立派な塔がついている石づくりのが領主専用のもので、もうひとつの小さくて藁ぶきで板づくりのほうが村人用。
空き地や畑も目立つ場所だが、それにもかかわらず住人たちはノースゲートは村ではなく城塞都市であると言い張っている。
確かに村は四方を土塁で囲まれていて、さらに高さ二百六十七センチの石の防壁が立っていた。
ここまできけば、なるほど城だなと思うかもしれないが、どうも二十メートルほど石壁を立てたところで村の防衛予算が尽きてしまい、残り七百メートルには棒杭をスカスカにして打ち、城塞都市としての在り様をごまかした。
それでも北に開けた門と南に開けた門を真っ直ぐの道で結ぶあたりにはこだわりを感じる。
ノースゲートの北門はルフェイル王国最後の関所であり、そこから先は極寒の荒れ地ヴァイスランド王国である。
ノースゲートの住民に取り、北側の門は重要だ。村の存在意義だ。
それにヴァイスランドの蛮族がいつ襲ってくるか分からないし、魔物だっている。
そんな辺境を守る役が村人たちには課せられていて、定期的な訓練を欠かさず、戦い方を磨く。
全てはノースゲートを文句なしの城塞都市に格上げしてくれる残り七百メートルの石壁普請の代金を時の支配者から頂戴するためなのだが、王太子派も商人連合もろくにカネも支払わず、せいぜい頑張れのお手紙くらいしかくれない。
このルフェイル王国の北の果てまでやってきたのは、墓守の老人の話では、ゴルマック男爵の髑髏隊に属していた兵隊が何人か生き残り、このノースゲートでくだを巻いていると教えてもらったからだ。
「で、上着を失敬して、そいつで魚を包んで、送りつける。これは上着の持ち主は海の底だってメッセージになるんだよ」
「へえ、しゃれたもんだな。そいつはどこの風習だね?」
「シチリア島だよ」
「きいたことのねえ島だな」
「なあ、おい。魚はなんでもいいのか?」
「小さすぎるのもダメだし、上着からはみ出るくらいの大きいのもダメだな。理想は三十センチくらいの鯉だ」
「他にそういうメッセージはあるのか?」
「しゃべっちゃいけない秘密をもらしたら、口のなかに石を詰め込むし、仲間をカネで売ったら、口とケツの穴に硬貨を何枚か突っ込んでおく。仲間の女房に手を出したら、そいつのポコチンを切り落として、口に詰め込む」
「そのシチリア島ってのは実に創意工夫にあふれた島だな。おれたちで盗賊団をつくるときはぜひともその風習とやらを利用しよう。なに、ぶっ殺す相手には困らん」
ここには私闘がらみの略奪で稼いでる騎士もいる。
酒を出すだけでその他は普通の民家と変わらない店で世の中への憎悪をせっせとため込み、それをとんでもない方法でお返ししようと考える。
そんな鬱憤晴らしに利用できそうなアドバイスをして、ついでにそこにいる兵隊くずれたちに葡萄酒を一杯おごると、すぐに打ち解けて、なんでも話してくれるようになった。
おれがシチリア流死体見せしめ術を伝授しているあいだ、コーデリアもあちこちまわって、ウィリアムの情報をかき集めた。
ウィリアムは歩兵隊の第二列にいたらしい。
第一列が最初の突撃で崩れ、第二列は二度目、三度目と持ちこたえたが、相当な死傷者を出し、そして四度目で粉砕された。
「おれはやっこさんを埋めるのを手伝った。馬の蹄でめちゃくちゃに踏まれて、跡形もなかったが、やつだと分かったのは銀筆を持ってたからだ。やっこさんがヘンテコな詩をつくるとき、いつも使ってたもんだ。なかなかカネになりそうだから、そいつを取ろうと思ったが、死体の手は固まってて、筆を引き抜くことができなかった。で、やつは埋められた」
「その銀筆、わたしがプレゼントしてあげたやつだ……」
「そうかい。よっぽど愛着があったんだろうなあ」
「でも、まだ信じない。ウィリアムが死んだ瞬間を見たって人がいない限り」
「なら、狩人を探すんだな」
「狩人?」
「そのウィリアムってやつは動物の名前をつけた詩をつくってた。それを面白がってた狩人がいたんだ。そいつはしょっちゅう一緒にいたから、たぶん戦死したときのことも見てるんじゃないかな」
「その人はいまどこにいるの?」
その騎士は指を北に向けた。
「故郷に帰ったよ。ヴァイスランドにな」




