第四話 ラケッティア、互換性の問題。
今回の旅にアサシン娘をひとりも連れてきていないのは、コーデリアが持っているブツに関係している。
あれが存在するところであいつらと一緒では気まずい。
とはいえ、マリスの剣技、アレンカの火力、ツィーヌの毒薬、ジルヴァの隠密性がないのは、ちと心細い。
とりあえず、ジャックにマリスの代わりを務めてもらい、アレンカの火力はウェティアが司る。ジンパチの変装術はジルヴァの隠密性を補う。
ヴォンモがなぜついてきているのかというと、アサシン娘たちから、そろそろヴォンモも使えるようになったから試してくれと言われてのことだ。
シャンガレオンを連れてきたのは、まあ、プライベート・ライアンを見たことある人なら分かると思うが、腕のいい狙撃兵というのは非常に役に立つからだ。
いまだってそうだ。
場所は例の町から北へ数キロ程度行った畑のなか。
一シーズンまるまる放置され黒ずんだトウモロコシ畑で、おれたちはいま、そこで腹ばいになっている。
こっちが気持ちよくお日さまに当たりながら、街道を歩いていると、ヒューン!と嫌な音を立てて、弾丸がおれのそばを通り過ぎ、おれたちはすぐ身を地面へ投げ出して、そのまま、収穫されていないトウモロコシ畑に転がり込んだ。
カサカサに乾いた黄色いの葉に身を隠して三十分経過。
飛んでくる弾は見当違いの方向へ飛んでいるが、それでも五回に一回はトウモロコシの茎を折り、すぐそばの土にめり込んだりした。
おれの傍らには拒絶された降伏の意思が転がっている――なんて、御大層な言い方だが、要するにトウモロコシの茎に白いハンカチを結んだ白旗だが、敵の返答はハンカチのど真ん中に開いた穴が物語っている。
目の前でミミズが乾いた黒い土のなかへ入ろうと、もぞもぞしているのを見ていると、コーデリアが匍匐前進して、やってきた。
「ねえ、ひょっとするとウィリアムかもしれない」
「なにが?」
「撃ってきてる相手よ」
「ウィリアムは銃を触ったことがあるのか?」
「ないけど、それが戦争ってもんでしょ?」
「つまり、おれたちを殺そうとしてバンバン鉛玉を送ってよこすクソ野郎がウィリアムだっていうのか?」
「きっと語るに涙が欠かせないかわいそうな話があるのよ。こう、繊細な魂が戦争の惨状で破壊されて、こうやってかつての恋人にも銃弾を放つようになっちゃうの」
「それで?」
「でも、その恋人を見て、ウィリアムは本来のウィリアムを取り戻すのよ」
「また動物ビスケットみたいなポエム書くってか?」
「今じゃウィリアムは動物以外のものを題名に使うようになったのよ。これって進歩じゃない?」
「その進歩とやらが、今まさにおれたちの前進を阻んでるんですけど」
畑の尽きるところにある小さな窪地ではシャンガレオンが火打石式ライフル銃をふたつの石のあいだに据えて、そこから銃身と同じ長さの真鍮製スコープで狙撃野郎を探していた。
「シャンガレオン。いいニュースだ。おれたちをこのクソッタレトウモロコシ畑に釘付けしてるのはウィリアムかもしれないんだと」
「それ、誰情報だよ?」
「コーデリアに決まってんだろ。それより、野郎の頭を吹っ飛ばす目途は立ったか?」
「それっぽい木立は見つけた。ただ、姿が見えない。囮が必要だな」
「それって、おれに『おい、クソ野郎! 当ててみやがれ!』って叫びながら、この窪地から飛び跳ねろってこと?」
狙撃兵は火縄銃のストックに三十七個の刻みをつけていた。
シャンガレオンが発射した弾は狙撃兵の右目を撃ち抜き、全身に草を差して擬装していた狙撃兵は自分の掘ったタコツボに赤ちゃんみたいに丸まって死んでいた。
タコツボには水の入った大きな壺、ワインの壺、火薬の壺、煮豆と塩漬け豚肉が入った壺、クソとションベンを入れるための壺と壺三昧で、三日くらいは暮らせるだけのものがそろってた。
「残念。ウィリアムじゃないな」
そんな簡単にプライベート・ライアンが終わるとは思っていないので、またしても歩く。
ただ、街道はあんなふうに待ち伏せしているやつがいないとも限らないので、街道から若干それた細い道を行くことにした。
ここでは太陽は灰色で寒さがえらく身に染みる。
灌木林に囲まれた集落があり、人家が三つ、四つ、丘の上にある。
どちらの軍勢にも占領されていない人里を見つけても油断ができない。
住人そのもののモラルが消し飛び、山賊化しているケースがあるのだ。
ちょっと通りがかっただけなのに、
「おい、てめえ、待ちやがれ」
とか言い出して、でっかい斧を手に襲いかかってくる手合いが多いのだ。
それによく脱走兵と鉢合わせする。
紫色の野花がガス台レンジのごとく燃え上がる野草の広がりで、ムシャムシャ花を食っていたじいさんは最初は生活をよくしてくれそうだと革命派に志願したが、実際は一部の商人が儲かるだけで、これまでの国王の支配とはあまり変わりがないどころか、むしろもっとがめつくなっていたことに失望し、おまけに給料が四か月間払われなかったので脱走したが、そこで王太子派に捕まって、絞首刑か志願兵かの二択を迫られ、王太子の軍になった。
だが、革命派もひどいが、やはり王太子派もひどく、毎日どつかれて嫌気がさして、また脱走。
今度こそ捕まるまいと思って逃げ出したが、またまた捕まり、古巣の革命軍で兵隊をすることになったが、やはり革命軍も最低だったので逃げ、こうして花びらを食べているというわけだった。
じいさんに大きめのサンドイッチをふたつやると、じいさんは感動し、もしおれたちが軍を立ち上げたら志願すると約束した。
「そんなこと言ったって、じいさん、どうせ脱走するんだろ?」
「そうなるかもしれんし、ならないかもしれん。まあ、とにかくいまのわしは戦争はこりごりだ。故郷に帰って、泥炭掘りでもするさ。あれもきつい仕事だが、少なくとも泥炭はわしを殺そうとはしないからな」
「そうか。ところで、じいさん、どこかの軍でウィリアムってやつを見なかったか?」
「いろんなウィリアムを見たよ。頭がなくなったウィリアムに、両腕がなくなったウィリアム。ハラワタごっそりのウィリアムに、ポコチンをきれいさっぱり切り落とされたウィリアム――おっと、お穣ちゃんには失礼を」
「そのウィリアムは詩人なんだ」
「詩人? もしかして、そいつ、動物の名前を題名にした詩を書くやつか?」
「その動物が肝心の詩には出てこない。ヒョウモンダコって詩を書いたら、絶対ヒョウモンダコは詩のなかに出てこないんだけど」
「間違いない。疫病神のウィリアムだ」
ちょっと!とコーデリア。
「ウィリアムのどこが疫病神なのよ!」
「だって、カネにならんものばかり欲しがるからだよ。一度、わしらの軍が図書館を焼き討ちしたことがあったが、あの疫病神、司書と一緒に必死になって本を燃える建物から運び出してた。一銭にもならん」
「そのウィリアムがどこにいるか分かるかい?」
「さあな。疫病神と一緒にいたのはその図書館騒動のときのことだ」
「街の名前は?」
「アーゾイスって街だ。いまはどっちが占領しているのか知らんが、まあ、行ってみるといい。あ、それと、これは大切なことだから伝えておこう。その図書館の司書、すごい美人だった。案外、疫病神も考えがあったのかもしれんな」
コーデリアは弾でも食らったみたいにのけぞった。




