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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ルフェイル王国 セービング・プライベート・ウィリアム編
632/1369

第二話 ラケッティア、越境。

 浅くくぼんだ土地にはそれこそいろいろな種類の布が寄り集まっていた。

 毛織物、綿織物、青の更紗、濡れると紙みたいにもろくなる麻の生地。ないのは絹だけだ。

 それらの布は戦争難民たちの暮らすテントの屋根として使われている。


 セヴェリノ王国の北、ルフェイル王国と国境を接する地方では珍しくもなんともない光景だ。


「地図によれば、あそこが国境よ」


 と、コーデリアが指を差す。


 そこは何にもない原っぱではるか遠くで霞む青い山の影まで続いていた。

 焼けた村や小さな木立はあるが、それくらいで国境であることを示す石碑や里程標はないが、国境警備の任につくクロスボウ騎兵の一隊がセヴェリノ側をうろうろしていて、一方、ルフェイル側には小さな砦があるのだが、これが攻略の真っ最中だ。


 石造りの壁をよじ登る兵隊とそいつらに弓を射かける兵隊。

 旗の模様を知らんので、どっちが革命商人派でどっちが王太子派なのか分からない。

 あるいは派閥内抗争かも。


「あの砦が戦闘で手いっぱいのうちに国境を越えるのがよさそうだ」


 ジャックが言う。

 よく磨いた革の胴衣にスローイング・ダガーを何本も差し、ブーツにも一本ナイフを入れている。

 考えてみると、バーテンの格好をしていないジャックを見るのはかなり久しぶりだ。


 国境へと降りる坂道には道幅の狭い小さな町があり、短剣や布地、干した魚や平らなパンなどを売っていたが、どの店もルフェイルに持ち込めば倍の値段で売れると騒いでいた。

 正直、短剣は柄が緩んでるし、布地は虫に食われていて、干した魚は骨ばかり、平らなパンはかさばるばかりでそこまで利ザヤは稼げそうになかったが、どこにもおめでたいやつというのはいて、そいつらはもう巨万の富を手に入れたつもりになって、魚の干物を背嚢に詰め込めるだけ詰め込んでいた。


 それに大勢の逃亡犯や脱走犯が町外れにいたが、これはルフェイルで傭兵になって貴族になるのだと豪語していた。


「もし、おれっちが城持ちになったら、お前らまとめて、召使として雇ってやってもいいぞ」


 と、寸分の土地もまだ自分のものにはなっていない無精ひげの大男が言った。

 人間、夢がなければ向上心もわかず、向上心がなければ何事も成せぬものだ。


「あー、ありがと。なんかあったら、よろしく」


「見たところ、おめえら、カタギじゃねえな?」


「へー、ご名答。おれたち、カタギじゃないんだ。ここにいるのはラケッティア一匹と――」


「服の故買屋一匹」


「バーテンダー一匹」


「狙撃兵一匹」


「忍び一匹」


「マフィアエルフ一匹ですわ」


「え、と。アサシンの卵一匹です」


「じゃあ、合計七匹じゃねえか。まあ、おれっちが分捕る予定の城は、こう、湖みたいにめちゃくちゃ広い城になる予定だからな、たぶん全員雇えるだろう。城の名前も決めてある。マウルヴォルフスグリエン城(おけら城)だ! なんかよく分かんねえがかっこいい名前だろ?」


     ――†――†――†――


 国境を越えるのはあっさりできた。

 町の家並が切れたところをしばらく歩いていると、いつの間にかルフェイル王国に入っていた。


 戦乱で放置された雑草だらけの畑地や屋根が焼け落ちた家。

 道端に散乱する白骨死体は家畜と人骨の両方が混じって、キメイラみたいになっている。


 ときどき一キロくらい離れたところに平行する道があって、騎兵が軍刀を振り回しながら、ボロを着た男たちを追いかけていた。

 騎兵はもうこんなことは何度もやっているのだろう、右に左にと刀を振るって、ボロ男たちの頭を次々と叩き割っていく。


「旦那、あれが侯爵鉄騎隊かな?」


 ジンパチが言う侯爵鉄騎隊とは例の傭兵たちに教えられたのだが、王太子派のなかでも特に質が悪い連中で人間をサーベルで真っ二つにするのが三度のメシより好きだという連中だ。

 王太子派の精鋭部隊でもあるから、給料はたっぷり払われてるし、略奪も相当しているから金回りがよく全員を覆う鎧にマントなんかもつけているという。


 遠い道で人の頭を叩き切っている騎兵は鉄騎隊にしては鉄が足りなかった。鉄は胸部を守る胸当ての形でくっついていて、それ以外は革製の艶消し外套とズボン、それにフェルトの大きな帽子で胸甲騎兵と言われる連中だ。


 その胸甲騎兵はおれたちに気づき、トロットで駆けてくる。


「おれたちの頭も叩き割ることにしたみたいだな」


 おれたちまであと百メートルというところで、馬が突然立ち止まり、胸甲騎兵は前に投げ出された。


 馬というのは利口な生き物で背中の寄生虫が気づいていなかった沼地にきちんと気づいていた。

 どうもこのあたりの人里はこうした沼から泥炭を取って暮らしていたらしい。


 泥炭沼は胸甲騎兵ひとり分だけ肥えたわけだが、おれたちの腹は空いたままだ。


 結局、日暮れ前に石造りの城壁のあるさほど大きくない町に着いた。

 門の上にはルフェイル王国の百合の花の紋章旗がひるがえっていて、門番に賄賂を渡せば、おれらみたいなよそ者でも簡単に入れてくれた。

 そこはリーヅという名の町でほんの一週間前に王太子派が再占領した町だった。

 というのも、リーヅは内戦が始まって以来、七回も持ち主が変わった町でそのたびに攻城兵器が飛ばす石の塊や火矢、そして、両派からの戦時徴税という名の略奪を食らい、メタメタに疲弊していた。


 町の広場では絞首台が築かれ、占領司令官デ・バッケル大尉の命により、革命軍の司令官や彼らに協力した前市長など含めて、十四人が三日三晩ぶら下がっていた。


 困ったのは住民たちだ。

 町の通りはみなその広場を経由しているから、ここで腐乱死体を飾られると交通の便がひどく悪くなる。

 あるおばちゃんがこのことをぶちぶち文句を言ったら、それがデ・バッケル大尉にきかれ、次の日には絞首台におばちゃんも吊るされた。


 占領軍はほんの五十人ほどだが、壁はしっかりとした石壁で高い防御力を期待できるが、肝心の門番が簡単にカネで転ぶようでは、紙ペラ一枚ほどの防御力しかないと言われても仕方がない。


 しかし、門番の一兵卒が買収できるのなら、デ・バッケル大尉もカネで買えないか?


【悪魔ミツル】「おい、なにぐずぐずしてやがる。とっとと買収しちまえよ」

【天使ミツル】「いけません。公務員の買収は犯罪です」

【悪魔ミツル】「今更なに言ってやがる? カラヴァルヴァみたいにばらまけば、みんな、お前の言いなりだ。買収しちまえ」

【天使ミツル】「買収は罪です。いけません。渡すなら謝礼ということにしておきなさい」

【悪魔ミツル】「そうだ。ミツル。謝礼だ。プレゼントしてやれ」

【天使ミツル】「持てるものは持たぬものに分けてやらねば」

【悪魔ミツル】「じゃあ、ほら、司令部に行け」

【天使ミツル】「ぐずぐずしているヒマはありませんよ」


     ――†――†――†――


 デ・バッケル大尉の司令部は町で一番デカくて損傷の少ない家で、土地境界裁判専門の法律家が住んでいたそうだ。


 その門前ではケトル・ヘルムに鎖帷子のクロスボウ兵がたむろしていた。

 兵隊たちの中心では使い古したサイコロが転がり、そのたびに誰かがオアッ!とかチキショー!とかわめいた。銀貨で敷石を叩く神経質な音がカチカチカチカチうるさかったし、サイコロが途中ですり替わったのもバレバレだったが、教えないでおいた。


 デ・バッケル大尉は貴族ではなかったが、貴族のような考え方をして、貴族のような特権意識を持って、そして、貴族以上に貴族の位に憧れていた。

 おれが貢いだ小さな宝石も受け取るのは当然と思っているようだが、まあ、賄賂の貰い手なんてみんなそんなもんだ。「自分にはこんなもの受け取る資格なんてないのに」と言った汚職野郎のことなどきいたことがない。


「それで、ぼくに何か用ですかな?」


 くるんとしたうさんくさいヒゲを生やし、四十を超えているにもかかわらず、貴族は常に美しくなければならないという奇妙な意識を持ち、白粉を顔にはたいたデ・バッケル大尉は、実に甘ったるいしゃべり方をした。

 正直、そんな話し方しても馬鹿に見えるだけだと忠告してもよかったが、逆恨みされるのは目に見えているのでやめにした。


「はい、大尉。大尉ほどの声望のある方なら、おれたちの探している人間を知っているのではないかと。ウィリアムっていう男で、カラヴァルヴァから募兵に引っかかって、ルフェイルのどこかに送られたはずなんですが」


「それが王太子派にいるという根拠は? んー?」


「やっこさんをさらったのはルコニ派の募兵官なんすよ。だから、配属されたら、王太子派行きなのは間違いないです」


 デ・バッケルは指に輝く宝石をうっとりと眺めている。


「ところで、ぼくの指を飾るものがちょーっと少ないと思わないかなあ? んー?」


「いやあ、すでに大尉どのの指は十分すぎるほど貴族的に洗練されてますよお」


「人喰いザメの目玉みたいにきれいな黒真珠の指輪があれば、そのウィルヘルムとかいう不幸な志願兵のことも思い出せそうな気がするんだ」


「おおっと。大尉殿、奇遇ですね。ありました。黒真珠の指輪。どうぞお収めください」


「んんー? きれいだなあ。よーしよし、ぼくはとても機嫌がよくなったからねえ。きみには特別に手持ちの宝石や装飾品をぜーんぶぼくに献上する栄誉を与えてあげようじゃないか?」


 と、言うなり、部屋にドヤドヤと剣を手にした兵士たちが殺到した。部屋でも振り回せる短めの剣でどいつもこいつも喧嘩慣れしたチンピラみたいなやつらだった。


「言っておくけどねえ。抵抗は無駄だよ。ぼくはねえ、もっと幼くてもっとききわけのいい子どもをこいつらに八つ裂きにさせたことがあるんだー。んふふ」


 もっと幼くてききわけのいい子とやらはおれに対して言われた言葉ではない。

 ヴォンモだ。


 誰かひとりしか同室できないと言われたので、ヴォンモを連れてきた。

 ヴォンモはアサシンウェアに包まれた体をぴったりおれにくっつけて、小さくささやいた。


「殺りますか?」


「え? 殺れる?」


「はい」


「闇魔法使わないで?」


「いけます」


「じゃあ、頼む」


 次の瞬間、デ・バッケルの顔面がヴォンモの早業でミンチになる。


 すげえ、と思わずつぶやいたが、ヴォンモはポカンとしている。


 まるで自分が殺す予定の標的が勝手に心不全を起こして死んだのを目の当たりにしたみたいな……。


 ——敵襲だぁ!


 外からわめき声がきこえ、チンピラたちは外へ。

 ひとりだけ、デ・バッケルの遺志を果たそうとしたやつがいたが、ヴォンモの手がヒュンと閃いて、よくしなる枝で茂みをぶっ叩いたような音が鳴った後、そいつは真一文字に裂けた喉からゴボゴボ遺言ならぬ遺泡をのこした。


 おれは死んだデ・バッケルの指からエメラルドと黒真珠の指輪を外し、ついでに剣の柄にはまっていた青玉も外して、宝石入れの鞄に入れた。


「マスター。いったいなにが起きたんですか?」


「やつらも言っていたとおり、敵が城に攻めてきたんだ。ほら」


 デ・バッケルの砕けた顔面には窓から飛び込んだ、かなり重めに作られたクロスボウの矢(これを発射するためにはよく撚った革ひも二本を弦にした攻城兵器みたいなのが要る)が二本も突き刺さっていた

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