第三十話 ラケッティア/アサシン、決着。
こんな夢を見た。
四人の男がいる。
三人は金ぴかの燭台と赤ワインを入れたガラスの壜を置いたテーブルを囲って、トランプをしている。
一人目は金糸銀糸で飾った胴衣に青いサッシュをかけて、袖口に赤と黄色のリボン。痩せた野良犬によく似た面構えには見覚えがある。ブノワンだ。ダンジョンを買ったとき、あの黄ばんだ歯でおれが払った金貨一枚一枚を噛み、偽物かどうか確かめさせた。
二人目は頭つるっぱげで白い髭を生やしたデブの聖職者がいる。真っ赤な法服を着崩して、異端審問官のメダルを手に握っては離している。ということはこいつがセビアノか。
で、最後のじいさんがガルムディアの宮廷顧問官。黒い室内外套にレースの襟と宝石をはめたピンを止めていて、赤い飾り帯を巻いている。カードを片手にしきりに山羊髭を撫でるが、そのたんびに負ける。手札が冴えないときにする癖なんだろう。
最後の一人はメダルの騎士で、帝国騎士を描いた綴れ織りのそばの壁に寄りかかっている。手には磨いた木の杯があり、整えた口髭を汚さないよう気をつけながら、ワインを口にしている。帽子とマントがないが、シャツにしろベストにしろ灰色に統一している。
「それで――ラビア公は帰国したのですか?」
異端審問官のセビアノがたずねる。
「ああ。無事に帰ったとも」
癇癪持ちの老人らしいしかめ面で宮廷顧問官がこたえる。
「こちらの書いた筋書きと違うがな」
「刺客どもは?」
「連絡がつかない。やられたんだろう」
「となると、次は従兄どのに頼むしかないというわけか。異端容疑での逮捕はどのくらいでできる?」
「普通は二週間だ」
「そんなに?」
「教会のやることはいつだって時間がかかる」
異端審問官は札を二枚、テーブルに放った。
「もちろん喜捨の度合いで多少は手続きを簡略化できる」
「また、カネか。出費がかさむ」
「それだけのものは提供しましたよ、閣下」
メダルの騎士がブノワンへ言葉を投げる。
ブノワンは軽蔑を隠さずに無視し、宮廷顧問官に直接苦情を並べ立てた。
「召喚魔法のために大枚はたき、そっちの用意した刺客はしくじり、そのカネまで支払わされて、その挙句、犬に口答えをされる。顧問官どの。これじゃ、こっちは大損だ」
「仕方がない。メダルの騎士のうち、半分は口にするのも嫌になる卑しい生まれだ。きれいごとだけでやっていける世界ではない」
「とにかくはやいところクルスを異端審問にかけて火あぶりにしてもらわないと困る。悪魔崇拝でもなんでもいいから、すぐにだ」
「従弟どの。まあ、そうカッカすることもあるまい。知っての通り、あのダンジョンは今や月に王国金貨で一千枚の利益を上げている。住人の数も一万を超えた。ちょっとした都市だ。それが手に戻り、ガルムディアの侵攻作戦が成功した暁には帝国諸侯に任ぜられる。王国に爵位を置いたままだ。それがどれだけの権力と富を生むか、知らないわけでもないだろう?」
「だからこそ、待ち遠しいんだ。聖院騎士の精鋭が内偵しているという噂もある。宮廷は戦争回避派で占められているが、それがなんの拍子にひっくり返るか分からない」
「賭け金を上げるぞ」
「降りた。手がない」
「こっちもだ。もう、帰るとしよう」
「まだ明るいじゃないか」
「従兄どのには一刻も早く異端審問に必要な書類をそろえてもらいたい。カネはいつものやり方で運ぶ。できるだけはやく、クルスを片づけてくれ」
このクソ野郎ども。おれのこと異端審問で片づけるつもりか。
ド畜生どもが散会した途端、夢が靄にかかって、物事も記憶もあいまいになった。
ちぇっ。くだらねえ夢見ちまったぜ。
もう一回寝なおしだ。
え? くだらなくねえ夢はなんだって?
人はタートルネックのセーターの上からでもはっきりと分かるメロンみたいなデカパイがだな、こうドカーン、ドドーンとしてるのがいいというけど、おれはでかけりゃいいってもんじゃなくて、バランス重視の派閥でだな。だから……。
ダメだ。眠い。説明する気分じゃない。
……。
眠いって言ってんだろ。
え? やってもいいかって?
何を? よく聞こえない……。
わかったわかった。やれ、やっちまえ。
だから、揺するのをやめてくれ。
死ぬほど眠いんだ。
――†――†――†――
土曜日徹夜して日曜日の夕方に起きたときの喪失感。
今、まさにそれを味わっている。
まあ、ラケッティアに土日祝日なんてないし、実際、今のおれは毎日、何かしらの仕事をしている。
それでも、一日の大半を寝過ごし、夕方に起きるとむなしいものだ。
よろよろしながら、〈ちびのニコラス〉の一階にある料理屋へ降りる。
店は盛況で、どんなモンスターを仕留めたとか、どれだけ儲かったとか、いつもの話、いつものホラが咲き乱れ、赤ワインみたいに消費されていく。
冬眠明けの熊みたいに腹が減っていた。
厨房にはテンションが低いセバスチャンがいる。
「セバスチャン、炉をちょっと使ってもいい?」
セバスチャンは小麦粉と自己嫌悪にまみれた顔を縦に動かした。
炉というのは、煙出しの下に敷いた高さのあるレンガを敷いた平炉で、自在鉤もない小さなやつだ。
自在鉤付きの大きい炉はいつも使用中なので、自分用にメシをこしらえるときはこっちを使うのだが、他の炉みたいに壁に引っ込んでないから、煙いのなんのって。
しかし、それなりの広さがあるからテーブルがわりにして、材料の下ごしらえをして、ポイポイ鍋にぶち込めるのは楽ちんだ。
「じゃ、おっぱじめますかっと」
おれは梁からぶら下がるソーセージを一本、ぶちっとちぎった。
――†――†――†――
犬のような顔つきではあったが、ブノワン辺境伯はその服装に男伊達を利かせているつもりだった。
酒と美食とカードを多少嗜むが、それは社交の範囲であり、ガンヴィルの西にあるマルテンス街のいかがわしい女たちを買うのですら、愉しみというよりは自分がまだ男としての能力に衰えを感じないための確認作業に過ぎない。
この男盛りの貴族が目がないのはリボンだった。
街で馬車を走らせ、気に入ったリボンを見つけると、紐を引いてベルを鳴らして、馬車を止め、自分で店に入り、よく吟味して気に入ったものを選んだ。
吝嗇な男だったが、体を飾るリボンだけは金に糸目をつけなかった。
いつだって体には最低でも三十本の異なるリボンで飾り立てないと気が済まないのだ。
ガンヴィルのガルムディア領事館から市内にある自邸までのあいだに、リボン商人街と呼ばれる通りがある。絹職人街や刀剣鍛冶街ならよくきくが、リボン商人街というのは珍しく、ブノワンはよく馬車でこのあたりを流した。
大きな問屋から間口が二メートルもない小さな店まで、様々なリボン商がリボンを一センチ単位で売っていた。
何かいい出物はないかと油断なく窓の外へ目を凝らしていると、薄い色の金髪に青いリボンをつけた少女が同じ色のリボンを籠に入れていた。
あの青いリボンなら、先日、仕立て屋から届いた胴衣を飾るリボンを飾るのにちょうどいいだろう。
そう思ったブノワンは紐を引っ張った。
だが、馬車がなかなか止まらず、ブノワンはいらついて、強く何度も引っぱった。
「ヤクザな馭者め」
ブノワンは先日、長いあいだ使っていた馭者に暇を出し、新しい馭者を雇った。
もとはクロスボウ兵崩れのならずもので、例のダンジョンに関わるようになってから、用心棒が欲しいと思って雇ったのだが、まったく気が利かないので、ほとほと困り果てていた。
はやくクルスが火あぶりになれば、この使えない馭者もお払い箱にできるのに。
馭者はベルの音にようやく気づくと、膝の上に置いていたクロスボウを横にどかし、手綱を引いた。
馬車が少女のすぐ前で止まると、ブノワンは高貴なものらしく窓を開け、そのリボンはいくらかと少女にたずねた。
「一本、銀貨一枚なのです」
「商品を先に渡せ」
ブノワンが横柄に言うと、少女は背伸びして高い窓へリボンを一本差し出した。
それをひったくると、銀貨を一枚、窓から遠くへ放り投げた。
少女がそれを追って、馬車から遠ざかる。
それを小気味よく笑いながら、青いリボンを暮れかけた空にかざして、色をじっくり眺めた。
ブノワンの尻の下、馬車の止まっている石の道にはリボン売りの少女――アレンカが数時間前に刻印した魔法陣がまやかしの魔法で隠れていた。
魔法陣が作動した瞬間、轟音とともに巨大な火柱が馬車とブノワン、それにならずものの馭者を真上へ吹き飛ばし、焦げたブノワンの破片は数十本のリボンと一緒にリボン商人街に降り注いだ。
――†――†――†――
まず、平炉の上に小さな焚火をつくり、鍋で皮を剥いたジャガイモを茹でる。
そのあいだに、ボウルで卵を三つばかし溶く。
次におれがこっちに来てつくったニシンのアンチョビを念入りに細切れにする。
で、じゃがいもが茹でたら、鍋を火からどかして、ジャガイモを取り、これも薄く切る。
そして、輪切りにしたソーセージと一緒にフライパンに入れて炒める。
これにさっきの卵とアンチョビを入れるのだけど、ニシンのアンチョビ、イワシのアンチョビよりも(アンチョビが英語でイワシを意味することを考えると間抜けな言い回しだ)しょっぱいので、味を調えるときはコショウだけで調える。
塩を入れたら、しょっぱすぎて食えたもんじゃない。
それに血圧にもよくない。
――†――†――†――
ツィーヌはガラス瓶に凝る。
特に切り子細工が好きだ。
様々な毒は異なる切り子細工のガラス瓶に入れられて保管される。
今、ツィーヌが手にしているガラス瓶はひし形の模様を散らした丸く青い瓶で、そのなかの毒には〈蛇の王〉という名前がついていた。
蓋を開け瓶を傾けると、無色透明で匂いもしない〈蛇の王〉は静かに滴り落ち、地をゆっくりと這った。
そして、ガンヴィル異端審問所の敷地を囲う石壁をするすると上って、味気ない庭へと落ちる。
飛び散った液体はまた寄り合って一つの、ごく小さな水たまりとなり、刈り込んだ生垣や小さな灰色の噴水のあいだを蛇のごとく這い進む。
異端審問所に入ると、書類の束をかかえた黒服の尋問官や拷問担当役、これから吊るし落としを食らう若者、ケタケタ笑う気の触れた老婆らの足元を誰の目にも止まることなく、毒は忍び込む。
司教の執務室へ入り、イラついた様子で既に数杯の赤ワインをあおっているセビアノが目を離した隙に銀の杯に並々と注がれた赤ワインのなかへ混じり入ると、セビアノはそれを一息に飲み干した。
〈蛇の王〉は胃袋を焼き払い、そばにある内臓を手あたり次第に蝕み、刻み、溶解する。
セビアノは悶絶するや否や、血と溶けた内臓の混じったものを噴水のように吐き出し、絶命する。
物音をききつけた聖職者たちがドアを跳ね開け、セビアノの骸に走り寄るころには、血だまりのなかから〈蛇の王〉が静かに抜け出し、窓から外へ滴って、庭を抜け、ツィーヌが置いた瓶のなかへ、最初と変わらぬ透明な姿で戻っていく。
ツィーヌは蓋をしめ、毒と瓶を懐にしまうと、暮れなずむ街路の暗がりへと消えていく。
――†――†――†――
よしっ、スペシャル・オムレツ完成!
スパイス・ソーセージとニシンのアンチョビをふんだんに使った一品でございます。
あいつらに見つかったら、毒見と称して略奪されるので、以前、エルネストの入会儀式をやった奥の部屋へ引っ込んで、熱々とろとろの玉子にフォークを入れる。
……。
おかしい。
こっちがどんなに工夫しても食い物の匂いを嗅ぎつけ、襲いかかるはずの四人組が今回はやってこない。
つーか、あいつらが、おれを夕方まで寝かせたことが驚きだ。
普段ならマスター起きて、ごはんつくって、と執拗に揺らされ、叩かれ、くすぐられ、押されただけで泣き叫び一週間は痛みが取れないツボを押されるのに。
だが、まあ、平和な寝坊もたまにはよい。
ほんとは、おれ、寝坊常習者なのに、こっちの世界に来てからは真面目に早起きしてる。
妙な話だが、悪の道とは怠け者には到底歩めない勤勉な道なのだ。
――†――†――†――
宮廷顧問官は膝まで水に浸かって、沼を逃げていた。
短靴の片方は泥に抜き取られ、宝石の飾りピンは葦の茂みを突っ切ったときに落とした。
二人の護衛を手もなく殺られ、たった一人、官位も爵位も外交官特権も役に立たない沼地で必死に足を動かし泥をこねた。
息が上がりかけ、一歩足を踏み出すたびに心臓が悲鳴を上げて、錐で揉まれるような痛みを覚える。
それでもあきらめて楽になろうなどという気は起こらない。
七十六を超えても、老人はまだ生きたかったのだ。
残照が少しずつ色あせて、錫色に光る水と闇が濃くこずむ葦原のなか、暗殺者から逃れるのに頼れるのは両手に持った二丁のホイールロック・ピストルだった。
ひどく大きくて持ちづらい握りをしていたが、これが今では命綱だ。
ちゃぷん。
水音がして、立ち止まる。
小魚か、カエルだろう。
そう思って振り返る。
少女がいた。
顔をマスクで隠し、姿は影そのもののようにとらえがたい。
だが、宙に浮かぶように光る琥珀の瞳は獲物を狙う猛禽のように細められ、顧問官を見つめている。
少女の体が前に傾く。
水面の上を走るように素早く顧問官へと接近する。
顧問官の声から絶叫がほとばしり、振り上げた両手の銃が次々と火を噴いた。
猪だって一撃で倒せる銃弾を、少女は少し体を左右に揺らしただけで回避した。
顧問官は弾の切れた銃を落とした。
暗殺者の手のなかで短剣がきらりと光る。
胸が痛い。心臓が暴れるように拍動をしている。
恐怖と苦痛で顔が歪む。
ああ。もうだめだ。
ザクッ!
ジルヴァの短剣が肋骨のあいだへ吸い込まれる。
だが、その切っ先が届くより先に、顧問官の心臓は既に動きを止め、肉の塊と化していた。
――†――†――†――
エルネストが帰ってきた。
というか、エルネストが外出していたことを今、知った。
「きみの言う通り、ルックウェルをここの管理者として雇ったよ」
「ルックウェルって、ガンヴィルでオークション・ハウスを持ってる、あのルックウェルのこと?」
「そのルックウェルだ」
「おれ、そんなこと命令したっけ?」
「ぼくがきみに関する異端審問がかけられる用意があることを教えたら、ぼくらがここを出たとき、かわりにみかじめ料や貸し装備業の管理をする人間としてルックウェルの名をあげた。それで、ぼくは彼に会いにガンヴィルまで行ってきた」
「ヤバい。全然、覚えてない。おれ、ルックウェルにいくら出すって言った?」
「上がりの二割」
「まあ、妥当なところだな。あのおっさんも貸し装備の件で一度死ぬほど脅しあげてるから、まさかこっちに納めるカネをちょろまかしたりしないだろう。ただオークション・ハウスと二足の草鞋を履くことになるが、まあ、自分の代理人を雇うなら、それもあいつの取り分でやらせないといけない」
「おや。さっきもまったく同じことを言っていたよ」
「うーん。覚えてない。――あっ、そういえば、おれ、他にも何か頼まなかった?」
「いや。これだけだよ。何かあるのかい?」
「……なんか大事なことを忘れてる気がするんだよな。でも、まあ、忘れるくらいだから大したことないか」
――†――†――†――
死んだ剣士は酒場で働く二人の唖が引っぱって、裏庭の深い井戸へ捨てられる。
ガンヴィルの貧民街にある地下の酒場では賭けが荒れに荒れて大騒ぎだった。
メダルの騎士はもう五人を斬っている。
最初の賭け率は一対二十だったが、この地区で最強と名高い殺し屋剣士を次々と屠り、いまやオッズは七対八。
客たちはこの騎士にかなうやつはいないに違いないと騒ぎ、剣士たちは尻込みした。
困ったのは酒場の主で、このままじゃ試合ができないと嘆くほどだった。
もう帰ってもよかった。
メダルの騎士はときおり昔を思い出し、血の欲求を感じると、こうやって賭け剣闘をやっている場所を見つけて、剣を血に染める快感に浸る。
本音を言えば、あと一人。
もう少し骨のあるやつを斬りたい。
だが、所詮は闇酒場。そんな手練れがいるはずもない。
帰ろうと立ち上がり、自分の分け前を酒場の主に払わせようとしたときだった。
挑戦者が現れた。
華奢な子どもだ。顔は布を巻いて隠し、いっぱしにレイピアと短剣を差しているが、まだ十五も超えていないだろう。
客たちは冷やかす――ボクちゃん、夜更かししていいのかい? ママのオッパイでも吸いに帰りな。
だが、少年はそんな冷やかしには一切構わず、酒場の主に、
「ボクとこの男が試合をしたら、オッズはどうなる?」
勝てるはずがないと思ったのだろう。賭け屋はろくに計算もせず、一対一〇〇と言い放った。
少年の目が笑みで細まった。
「それでやろう」
メダルの騎士はうんざりしたように首をふった。
「おい、坊主。劇で見たか何かしたか知らんが、命は大切にするんだな」
「ボクの心配はいい。きみは自分の吐いた血反吐で溺れることだけ、気をつければいいんだ」
メダルの騎士はこの生意気なガキを嬲り殺しにすることにした。
自分のような男が大勢が見ている前でこんなふうに口を利くのを許しては本業に支障をきたす。
「馬鹿なガキだ」
唖たちがネズミみたいにちょこまか賭け金を集め始める。
みなメダルの騎士が勝つのに賭けたが、はした金を少年のほうにかける者もいた。
審判役の老医者が押し出され、やる前から決まった試合だとぞんざいに開始を告げた。
勝負はほんの一秒と半分でついた。
瞬きしたら、少年の短剣がメダルの騎士の利き腕を貫き、レイピアが胸を突き通していたのだ。
少年が剣をねじってから、刃を蹴り外して、後ろへ跳ぶと、メダルの騎士は血を吐き出し、上半身をねじりながら、血だまりの上に倒れた。
試合は大荒れし、しかも少年の勝ちに金貨一枚をかけていたものが二人もいたので、店を売ってもつくれないような払戻金のために酒場の主は目をまわして倒れ、酒代を払わず逃げるもの、まだもらっていない払戻金を求めて叫ぶもの、剣を抜くもの、テーブルに隠れるもの、と、誰もがまるで野に放したウサギのように勝手気ままにふるまった。
その混乱のなか、どの賭け試合にも顔を出す裕福な剣術愛好家は先ほどの少年剣士を探した。
その疾風迅雷のスタイルにほれ込み、パトロンになってもいいと思っていた。
だが、少年は騒ぎを利用して、かき乱した紫煙のように消え去った後だった。
――†――†――†――
ただいまー、と四人分の黄色い声がきこえる。
「遅かったな。ほら、メシつくっておいたぞ。それにしても、今日はどこに行ってたんだ?」
そうたずねると、四人は心底嬉しそうに、その日の出来事を話し出した。




