第十三話 ラケッティア、鬼ごっこ内部抗争。
借金取りとの鬼ごっこをスポーツ化した連中のなかでカラベラス街を逃走範囲に含めるかどうかで激烈な抗争が巻き起こり、鬼ごっこプレイヤーたちは派閥別れした。
逃げる範囲は偉大なる韋駄天ポーリィのルールにのっとってカラヴァルヴァ市内に限定し、カラベラス街をカラヴァルヴァ市内に含めないという常識を考慮した上でカラベラス街に逃げることを禁じた『常識派』。
逃げる範囲を韋駄天ポーリィに敬意を表してカラヴァルヴァ市内に限定するが、そもそも旧王国星暦601年3月18日付の市街地整理に関する勅令とそれを受けた執政官布告により、カラベラス街が市内として認められているのだから、逃走範囲にカラベラス街を含めるべきだとする『法令派』。
そもそも借金取りから逃げるのはカネを払いたくないからなんだから、カラヴァルヴァ市外だろうが国外だろうが平気で逃げる『伝統派』。
その他にも借りたお金はきちんと返すべきだという『清廉派』、足で逃げることを拒否し逆立ちで逃げると宣言した『12月22日同盟』、なすすべもカネもなく債務監獄にぶちこまれた『不自由派』、最後は市当局が徳政令を発令するだろうと余裕をかましている『怠惰派』、そんなことより海老さんが食べたい『ロブスター派』などなど、いろいろな派閥が主要派閥を取り巻いていて、市内には一触即発の空気が蔓延していた。
『法令派』の債務者ふたりが街で見かけた『常識派』に片っ端から頭突きを食らわせると、その数時間後には『法令派』のたまり場である赤ワイン通りのカフェが襲撃され、なかにある鏡を全部叩き割られた。
『伝統派』は自分たちの派閥の主要メンバーがつぎつぎ借金取りに捕まっているのは『清廉派』が隠れ家のある場所を密告したからだと断じて、『清廉派』の集会を焼き打ちしたが、実際に密告を行ったのは『伝統派』が韋駄天ポーリィに敬意を払わないことをよしとしない『常識派』内部の過激派たちだった。
『清廉派』は『常識派』に賠償金を要求し、『常識派』は新たに借金をして、それを払った(驚くべきことにまだこいつらにカネを貸すやつが存在していたのだ。ただし、考えただけでちびっちまうほどの高い利息付きで)。
『清廉派』は『伝統派』にも賠償金を要求したが、カネに汚い『伝統派』はこれを拒否。これにより『清伝戦争』が勃発。ラッパーを数人プロデュースできるほどの血の雨がストリートに降ったのだった……。
――†――†――†――
本職のギャングよりもギャングらしい抗争はおれの心の琴線に見事に触れた。
触れたなんてもんじゃない。歯でガリガリ弾かれちゃったよ、琴の線。
この抗争の主体はカタギなのだが、ギャングの掟がない分、かなり好き勝手にやっている。
三つ巴、四つ巴、五百万つ巴。
おれはエルネストから帳簿を一冊もらって、この鬼ごっこ戦争のスクラップブックをつくることにした。
なにか事件が起こると、ヴォンモを連れて飛んでいき、事件現場をささっとスケッチしてもらい、あちこちで売られる一枚刷りの新聞を欠かさず買い、鬼ごっこ戦争の情報をかき集めるため、諜報活動のプロふたりを呼び寄せた。
「ほんと、どーでも」
諜報員一号、トキマル。
東の国のスパイは寝起きは悪いが、一度焚きつければ、しっかり働く――『おれはそんなことしないよ。面倒だし』『あ、そうか。荷が重いか』『そんな見え見えの挑発には乗らないから』『はいはい、そういうことにしておこう』『だから、挑発しても無駄だって』『そうそう。トキマルくんはできるけどやらないんですよねー。決してできないわけじゃないでちゅもんねー』『だから、そんな挑発には――』『(ピッ!)』『なんで笛吹いてるの?』『別に。深い意味はない』『とにかく、おれはそんな面倒なことには――』『(ピッ!)』『そんな挑発に――』『(ピッ!)』『乗ったりなんか――』『(ピピーッ!)』『わあった! やってやる。アズマ忍びを本気にさせたら、どうなるか見せてやる』。
「おれ、帰るとこだったんだが」
諜報員二号、アルストレム・ヴィーリ。
ロンデ行きの馬車に乗ろうとしたところを引きずり出し連れてきた。
「どうせ、あんたら、情報屋とかたくさん抱えてんでしょ?」
「まあ、そうだが」
「よし。じゃあ、おれへの借りをひとつチャラにできる取引を持ちかけよう」
「ホントか?」
「いま、カラヴァルヴァをにぎわせてる鬼ごっこ戦争について、なんでもいいから情報を集めて、おれに差し出す」
「……これ、ひっかけ問題か?」
「なにが? そのままの意味だろうが」
「だって、国ひとつひっくり返す仕事させた借りが万引き同士の内輪もめのこと調べるだけでチャラになるなんて、どこの諜報機関が信じるんだよ」
「あー、頭領の考えてること、常識で理解しないほうがいいよ」
「そうだそうだ。おれを常識で判断するな。それに調べてほしいのは万引きじゃない。不良債務者だ」
「ますます分からんのだが」
「いいか、アルストレム。世の中には巨万の富とか世界の支配とかよりも重要なものが存在する。知的好奇心の追究だ。この抗争には本職のギャングとしてかかわるわけにはいかないが、しかし、見ていてすっごく面白い。つまり、おれは純粋な観察者として、この抗争に影響を及ぼさないようにしながら、知的好奇心を満たしていかなければならない」
「だから、万引き戦争を調べろって?」
「だから万引きじゃなくて、不良債務者だって」
「わかった。そういうことなら、その話、乗った。なあ、もしなんだったら、貸しを全部チャラにしても――」
「それは調子に乗り過ぎ」
「ハイ……」
「まあ、そういうわけで、ふたりにはスパイとしての誇りをかけて、おれの好きそうなネタを拾ってくること! さあ、ほら、行った行った!」




