第十一話 ラケッティア、エクストリーム・スポーツ。
「お嬢ちゃん。腕がいいなあ。うちに嫁に来ないか?」
「残念ですけど、幼女以外の方のプロポーズはお断りしています」
じゅわわわわ。
揚げ物の基本:鍋に入れたら箸でつつくな。
実際、ミミちゃんはどこで天ぷらの作り方なんて覚えたんだろう?
本人曰く、幼女に対する愛があれば、どんなことでも可能だと言っている。
そもそも自動販売機が天ぷらを揚げるというのはシュールな絵面だ、本来なら。
でも、待てよ。こいつに天むすでも売らせるか。
まずはダンジョンから和食を流行らせるのだ。
それに天むすでHP回復するゲームもあったでしょ? ライブアライブとか。
「幼女には特別に天丼をサービスしますよ」
「マスター。天丼ってなんですか?」
「真っ白なごはんの上にフライにしたシーフードが乗ってて、それを甘辛だれで食べる」
おれとヴォンモ、それにセイキチの三人に出された天丼は、まあ、予想通り、あからさまな天丼差別がされていた。
ヴォンモの天丼からはアナゴ天が左右にはみ出していて、イカ天はモンゴウイカ、鱚天、ホタテの貝柱のかき揚げ、伊勢えびの尾頭付き、乗っていないのはビフテキだけという豪華さ。
セイキチの天丼は普通の天丼だ。
器からはみ出る具はないが、えび天はあるし、カボチャやナス、それに通好みな紅ショウガのかき揚げまである。
で、おれの天丼には大量の天かすがこんもり山をつくっている。
「マ、マスター。おれの天ぷらを分けますよ」
「いやいや、ご心配なく。これで大丈夫だ」
「ホントホント。気持ちだけありがたーくいただきます」
別にやせ我慢しているわけではない。天かすの山をちょっとつつくと、ギンポの天ぷらがどっさり出てきたからだ。
ふん、ミミちゃんのやつめ。揚げに関しちゃ天ぷら屋のオヤジを唸らせるほどの腕はあるが、目利きはそこまでいってないな。
ギンポというのはぶよぶよの蛇みたいな気持ち悪い魚であり、こんな気持ち悪い魚は来栖ミツルに食わせちまえとでも思ったのだろう。
だが、ギンポの天ぷらは鱚天の比ではない。漢字で銀宝と書き、『天ぷらになるために生まれた魚』と言われるほどのうまさだ。
「うまっ! うまっ!」
さくっとしていて、ふわっとした白身。
寿司屋のカンザエモンはアンコウを吊るし切りにできるっていうから、これまでスポットライトが当たらなかった見た目のグロい魚たちもめでたくデビューだ。
これからはグラマンザ橋にいけば、いつでも寿司から天ぷら、蕎麦がき、そして、白いご飯にお新香が楽しめるようになる。
「いつか、マスターに天丼をつくってあげたいです。ミミちゃんさん。おれにも天ぷらの揚げ方を教えてくれますか?」
ぐふっ!と咳き込み、ミミちゃんは吐血した。
「と、尊い……ミミちゃんさんって呼び方がもう尊い。そして、食べたい。ヴォンモちゃんがつくった天丼、食べてみたい」
「わたしも――もし、よろしければ」
トントカトン。
アーケードが確実に完成していく。
戦後の混乱期、新橋から愛宕あたりまでを縄張りにした〈カッパの松〉こと松田義一はテキヤと闇米商売を全部まるっと勢力下において、新橋に新しいマーケットをつくり、そのアーケード街に神のごとく君臨した。
もともとは愚連隊どまりのワルでヤクザまでは行かなかったのだが、敗戦直後、食べもの着るもの住むところのない東京で、食べもの着るもの住むところを供給することができれば、一躍大物になれると踏んだ松田はヘルメットをヤカンに作り変え(そもそもそのヘルメットをつくるためにヤカンを供出したのだが)、海藻でつくったうどんや粗悪石鹸などをテキヤたちに売らせ、そのうち、本物の白米や醤油を手に入れる算段とつけると、読み通り、松田組は戦後東京最大の組織に成りあがった。
松田は自分の新橋アーケード街をさらに大きなものにしようとしたが、事務所にて、かつて破門した元子分の銃撃に遭い、死んでしまった。
〈青手帳〉の連中はめちゃくちゃな前ふりをしたが、インフラがぶち壊れた国でヤミ市を開くのも悪くないかもしれないな。
あのヴィト・ジェノヴェーゼも戦後、アメリカ軍のお偉いさんと組んで、シチリア島のヤミ市を支配したって話だし。
――†――†――†――
金貸しからカネを借りる人間はカネに困っているから借りる。
世間の常識だ。
ただ、どんな常識にも常識はずれはいるもので、金貸しフィーバーのカラヴァルヴァもまた例外ではない。
高利でカネを借りることをスポーツに昇華したやつらがいるのだ。
韋駄天ポーリィは見た目は太っちょのとろそうな男だ。
ところがこいつは返済期限になるとロードランナーも真っ青のスピードで逃げる逃げる。
この男にとって借金とは鬼ごっこをより面白いものにするスパイスなのだ。
通常の生活に伴う運動とスポーツを区切るのは非合理的ルールのあるなしだ。サッカーボールに手で触るなとか、42.195キロ走れとか。
その点で言うと、ポーリィは実にスポーツマンシップにのっとった男である。
韋駄天ポーリィの掟はふたつ。
ひとつ、借りたカネは返さない。
ふたつ、カラヴァルヴァ市外には逃げない。
ちなみにアサシン・ガール・ファイナンスはこいつに金貨十五枚を週に単利十五パーセントで貸してる(福利計算はめんどくさいからイヤなのだそうな)。
なんで、ポーリィに貸したのかなあ、と思うが、アサシンとはナイトやウィザードと違って俊敏さがものを言うジョブである。
特にマリスとジルヴァは速い。捕まえられると思ったのだろう。
しかし、韋駄天ポーリィの前ではふたりはワイリー・コヨーテである。
あと一歩のところまで追いつめるが、ルーニー・テューンズのお約束――ロードランナーは絶対に捕まらない。
一度、四人で韋駄天を袋小路に追いつめたことがあったらしいが、次の瞬間、四人の体は風でコマみたいにくるくるまわり、韋駄天は来た道をダッシュで逃げ戻っていた。
あいつらのあいだをすり抜けて逃げるなんて、韋駄天くらいしかできないだろう。
しかし、デ・ラ・フエンサ通りで木の実を商っている男がこの韋駄天から借金の回収に成功している。
そいつはもうポーリィからカネを回収するのをあきらめていて、韋駄天は何度かそいつの前で挑発行為をしてなんとか追いかけっこを発生させようとしていたが、木の実商人は目もくれなかった。
すると、韋駄天はつまらなくなったのか、木の実商人に利子つきでカネをきっちり返し、次の遊び相手を探しに行った。
泣き落としハンスという男もいる。
この男にはあっぱれな生命力を持つ母親がいる。
債権者がハンスにカネを返せと詰め寄ると、おふくろが病気で死にそうなんだと分かりやすい言い訳で泣き落としをかけてくるのだが、なぜかみなこれにころっとだまされてしまう。
ハンスのおふくろはこの一か月に胃がん、目回し病、トカゲ皮病、狂犬病、骨粗しょう症、不整脈、ホブゴブリン症候群、猩紅熱、カブラ病、カンタベリー氏病、骨髄腐敗症、青死病、舞踏病、鉛中毒などなど致命的な病気にかかりまくっているが、まだ死なないでいる。
ハンスのおふくろは不老不死のヒントくらいのものを心得ていそうだ。
一度、彼女は勢い余って四元素不均衡症候群で死んでしまったが、次の日には墓石の下から華麗に復活して、重度の肝臓硬化をわずらった。
アサシン・ガール・ファイナンスの貸金は金貨五枚。
もちろん取り立てに行ったが、帰ってきたときには四人とも玉ねぎ百個みじん切りにしてもここまでは泣けんだろうというくらいビービー泣いていた。
しかも、さらに三枚を無利子の金貨で貸している。
ハンスの泣き落としは実際、かかってみないと分からない。
エントリーナンバー参。『かかってこい!』のシルヴェスター。
言わずと知れた我らがシルヴェストロ・グラムである。
サツのネメシス。サツ業界のサアベドラ。サツを殴ってからでないと飯が喉を通らない男。
おれはてっきりグラムが警吏や捕吏にカネを貸して、ぐちゃぐちゃに殴りつぶすと思っていたが、グラムには別の考えがあったらしい。
というのも、金貸しブームがやってくると、警吏や捕吏どもが集めた賄賂を元手に大っぴらに金貸しを始めたのだが、いかんせん公権力。取り立ては半端ない。
そんな汚職サツ相手にグラムはカネを借りまくった。
目につくサツ全員から上限借りられるだけ借りた。
言っておくが、グラムはカネに困っていない。
クルス・ファミリーの正式組員でカネは街道盗賊していた時代からは想像もつかないほど儲けている。
なにせ市内にある百台のスロットマシンの上がりが懐に転がり込んでいるのだ。
そこらへんを知らないサツはグラムにカネを貸した。
それでグラムの弱みを握れると思ったのだろう。
返済期限当日、〈ラ・シウダデーリャ〉の一階の居酒屋に行くとグラムが待っている。
そして、耳をそろえて返してもらおうと言えば、グラムはシャツの袖をまくって、ポケットに手を突っ込み、オーダーメイドした真鍮製のメリケンサックを両手にはめて(左手用には『病院送り』、右手用には『墓場行き』という名前がつけられている)、ファイティング・ポーズで構えて、こう言う。
——かかってこい!
そう、グラムはカネを貸して困り果てたサツをどつきまわすよりも、借金で自分の弱みを握ったと勘違いしデカい態度を取るサツを大逆転地獄行きにしてやるほうがずっと面白いと考えたのだ。
実際、グラムはサツ以外からは一銭も借りていない。
アサシン・ガール・ファイナンスも何度か営業したがビタ一文借りなかった。
グラムは1960年代のロンドンの泥棒と同じだった。
その時代のイギリスの警官は銃を持っていないので、ロンドンの泥棒は殴り合いか追いかけっこで勝てば逃げ切ることができた。
だから、イギリスの泥棒はせっせと体を鍛えたらしい。
グラムは街道盗賊時代に片足をやって、少し引きずっている。
だから、追いかけっこではなく、殴り合いのために己を鍛えた。
実際、かなりの数のサツがグラムからカネを回収しようとして叶わずボコボコにされている。
ただ、ここまで才能に恵まれていない債務者でも普通に追いかけっこくらいならする。
いまだって、天丼を食うおれたちの背をふたりの女が銀貨五十枚を取り立てるためにひとりの男を追いかけている。
女たちは生地伸ばしの棒を持っているから男を捕まえたら、そのまま生地に練り込んでやる気だろう。
トカトントカ。
不毛な空想のカネをめぐる壮絶な追いかけっこを眺め、確実に出来上がる投資の音をききつつ、天かすだらけの天丼をガツガツかき込む。
ルフェレルで売るとしたら、オイル・サーディンと樽単位のワイン。
大切なのは味よりも栄養価だ。
馬鹿どもよ。汝、戦争をせよ。来栖ミツルよ。汝、金儲けをせよ
はい! 神さまのご託宣いただきました!




