第八話 ラケッティア、担保ショッピング。
白鑞のヤカン、銅の大ヤカン、コーヒー用のヤカン。
ひたすらヤカンを売る店の隣は代書屋で鼻眼鏡をかけた老人が見えるほうの目で紙面をじっと見つめながら、夢のような曲線を罫線の上に描き、意味をもたせる。
代書屋の隣は抜歯医で噛めば痛みがなくなる怪しげなドロップをガラス壺にたっぷり入れて、退屈そうに客を待っている。
舶来物の香辛料。金属加工の賃仕事。造船所の代理店に並ぶ精巧な帆船模型。トランプ占い師とナイフ投げの姉妹。高い天井に描かれた月と太陽。あちこちで水を迸らせる加工済みの岩。
グラン・バザールは目もまわるような商いをビシバシ執り行う。
もちろん、ここにも金貸しブームが入り込み、利息を現物で渡そうとする借り手となにがなんでも現金で取り立てようとする貸し手がそれぞれ相手の頭をフェルト生地みたいに叩きまくっている。
あそこまで殴られりゃたんこぶで身長が二十センチくらい伸びるだだろう。
グラン・バザールのような筋金入りの商人たちのあいだにまでマネーゲームが入り込んだのを見ると、これまで金策ブームがやってきたことは幾度かあったが、今度のブームはマジなのだと思えてくる。
とはいえ、彼らはここで商売することは特権だと思っている。
そんな特権を簡単に手放すわけもない。
何軒かの店の仕入れや賃仕事の仕上げに違和感を覚えることはあっても、バザール全体が生業を忘れるわけではない。
「だいたい金貸しなんて、勢いあまって相手をぶっ殺しちまって、打ち首になるかガレー船漕ぐかどっちか選べっていわれるようなのっぴきならない立場に出くわすような馬鹿たれどものやることだ」
本屋街で古書や骨董を扱っているジンメルという老人が言った。
「小遣い稼ぎは無数にあるが、体はひとつしかない。なら、人間、正業に精を出さないと嘘ってもんだ」
「じゃあ、じいさんは金貸しはまったくやらないのかい?」
「やらんね。貸すとしても親しい友人だし、貸す額も踏み倒されても痛くない分だけしか買わない。おかげでこっちもカネがたまる。友達はみないなくなったがな。だが、返さないのが悪い」
「それよりじいさん。頼んでた本は?」
『毒草:古代種大全』
毒草のなかでもイニシエの時代から懲りずに毒をつぼみに託す根性入った毒草の絵入り図鑑。
分厚くて、頑丈な製本仕上げ。毒草用意しなくとも、これでどつけば人は死ぬ。
おれが買い求めているのはこれだけではない。
新しいベレー帽、螺旋ガラスのペン、象嵌細工のオルゴール、絵具セット。
担保とは名ばかりの質流れ確定のプレゼントたち。
アサシン・ガールズ・ファイナンスは相変わらず利息の回収に失敗し続けている。
彼女たちが設定した罰則がご褒美になっていることに気づかない限り、不毛な融資が続くことになる。
「それともうひとつ」
と、ジンメル。
「つけられてるぞ」
ホント、年末のクソ忙しいときにいったい誰だよ!?って話。
振り向くと見覚えのある若白髪の剣士。
アルストレム・ヴィーリ。
国王陛下の〈青手帳〉。
見た目五十歳、本当は二十八歳の男。
そして、クルス・ファミリーにふたつの借りを持つ男は間違いなく三つ目の借りをつくりにこちらへとやってきていた。




