第七話 ラケッティア、大好きと一番の幸せ。
「なあ、クリストフ。これってフェアだと思うか?」
「なあ、その話、今じゃなきゃダメか?」
クリストフの部屋に上がり込むと――『やー、どうも、どうも』『ちょっと待て! いま取り込み中だ!』『ありがとー。お言葉に甘えておじゃましまーす』——、クリストフは怪盗クリスに変装している真っ最中だった。アコギな金貸しが増えたおかげで怪盗業は大忙しなのだ。
「なー、いいだろー? ちょっと遅れたって金貸しは逃げやしねえよ」
「もう、予告状出しちまってるんだぞ。今夜九時までに盗めなきゃカッコ悪いだろうが!」
「まだ、二時間もあるじゃん、ちょっとお悩み相談に乗ってくれよー」
「ジャックに話せよ。あいつ、おれたち同年代で包容力一位だろうが」
「そうだけど、これはジャックにきけないことなんだってー。お前じゃないとダメなんだってー」
問題は出会い方にある。
ヴォンモはおれのことをすごく慕ってくれるが、そのきっかけはヴォンモがめちゃくちゃ追い詰められてて、いまにも壊れてしまいそうなところで助けたからだ。
なんていうかですね。これがフェアじゃない気がするんですよ。
普通の出会い方をしたら、ヴォンモがおれに抱く感情も違ったものになったんじゃなかろうか? と、おっちゃんは思うわけですよ。
「それのなにがいけないんだよ?」
「お前だって、例の聖院騎士の女の子とは似たような状況で出会っただろ?」
そう言ってやると、ウームウームの考え虫が二匹になった。
危ないところを助けたという好感情補正が反則技に思えて仕方がない、というのは男女関係における自信のなさのあらわれなのだろうが、おれもクリストフも稀代の色男として、この世にオギャアしたわけじゃないのだ。
どちらかというと、その逆で、まあ、水戸黄門に例えると、うっかり八兵衛みたいな生き方をしてきたわけだ。
「ヴォンモはなんて言ったんだ? そのセイキチってやつにラブコールされたとき」
「あはは、って笑ってたよ」
「あんたは最終的にどうなってほしいんだ?」
「ヴォンモにはねえ、幸せになってもらいたいわけですよ。親心みたいなもんで。だって、あんなにいい子なんだからさ。十年後だったら、普通の恋愛になってたんだろうけど、いまの年齢じゃお互い、こう、父性が強いってもんでさ」
「もし、ヴォンモが男女の関係として好意を持ってるってはっきり言ったら?」
「おれ、もうロリコンでもいいや!」
「ミミちゃんか」
「あんな邪な感情表現と一緒にされては困る」
「とにかく、おれはもう行くからな」
「聖院騎士のコによろしく言っておいてくれ」
――†――†――†――
ポケットのなかにはドアノブがひとつ入っている。
でち屋で買ったやつで、一見普通のドアノブだが、これが王室御用達の青銅職人グッテンの作で、金貨百枚はする代物。
優雅なカーブを描いた握り部分には螺旋彫りに縁取られた艶消し加工があり、その刻みが一ミリの狂いもない。握ってみると、なんだか幸せな気分になれるドアノブだ。
空前絶後の金貸しブーム、カネのためにカネを稼ぐという世の風潮に逆らって、いい買い物をしたくて買った逸品だが、困ったことにいいドアノブを手に入れると、いいドア板がほしくなる。
そのうち、いい門がほしくなり、最後は家ごと買えてしまうくらいの大出費ときたら、教訓話のひとつにもなるだろう。
でも、まさか客はこのドアノブが金貨百枚の値打ちがあるとは思うまい。
そうやって、相手の知らないところで高いものを仕込んでおくのは成金の役得か。
そうだ。ヴォンモにドアのコンセプト・アートを描いてもらおう。
ヴォンモの部屋をノックする。
返事がない。それどころか――、
「う、うっ、うう」
泣いてる……。
「ヴォンモ、入るぞ」
ドアは鍵がかかってなくて、明かりは小さな真鍮の皿に立てた蝋燭だけ。
ヴォンモはベッドで布団にくるまり、しゃくりあげているのか、かすかな明かりのなかで影が震える。
「ヴォンモ……どうした?」
「マスター。おれは悪い子です」
「なんで?」
「だって、おれはマスターが大好きなのに、今日、セイキチさんにあんなこと言われたら――それから変なんです。セイキチさんを思い出したら、胸が苦しくなって、それで恋愛小説をめくったら、おれ、セイキチさんに恋をしてるかもしれないんです。おれはマスターが好きなのに、セイキチさんに恋をしたのなら、おれ、おれは――うぅ」
「なあ、ヴォンモ。別にそれはおかしくもなんともないことだ。特にヴォンモくらいの歳なら、やっぱり恋をするのは同じくらいの歳の子になるんだ。おれや、それにジンパチに対する好意は父親とか兄さんとかのもんだ。それにヴォンモの大好きがおれよりセイキチのほうが強くなっても、おれは平気だよ。ヴォンモが一番いい大好きをしてくれれば、それでおれも一番の幸せなんだ」
普段は何となく落ち着いた感じだけど、この子もほんと、小さな女の子なんだなあ。
二股でも三股でも平気だよ!と品のないこと言わなかった自分をほめてあげたい。
「じゃあ、ヴォンモ。大好きを絵にしてみないか?」
「絵?」
かぶっていた布団から小さな顔がちょこっと見える。
「セイキチのために商店街の絵を描いて、おれには、ほら、これ」
おれはドアノブを見せた。
「このドアノブに似合う素敵なドアを描いてほしい。できる?」
ヴォンモはこくりとうなずいた。




