第五話 ラケッティア、塾の名は。
「申し訳ありません。また、無頼の衆がやってきたのかと思いました」
ぺこりと下げられる小さな頭。
その頭の持ち主は十一歳の少年セイキチだが、このカラ拓事業の主導者。
生まれついての商才。ちりめん問屋のご隠居を名乗るにはまだ若いが、狭いアズマにゃ住み飽きたと海外へ。
「無頼の衆って、よそもんは出ていけって石投げるやつらのこと?」
「はい」
「でも、見たところ、ケツ穴小さきものどもの姿は見つからないな。壊された屋台や掛け小屋もないみたいだし」
「作戦上の誤りです」
「誤り?」
「彼らをわたしたちの陣地へ引き込み、包囲殲滅する予定でしたが、予期せぬ火縄銃の発砲で敵が逃げ出したのです」
「包囲殲滅?」
カンザエモンがセイキチは〈すわりす塾〉の筆頭塾生で神童と呼ばれていることを教えた。
すわりす? すわりす――すばりす――すヴぁりす――スヴァリス……。
ゲコゲコゲコゲコゲコ!
「え? なんでスヴァリスの名前を冠した塾があるの?」
「すわりす候のような立派な軍師を養成するためです」
すわりすみたいなやつが世界にふたりもいたら、残りの人類全員が胃痛で死ぬ。
詳しくきいてみると、そのすわりす塾、教科書はスヴァリスが帰国する際にくれた備忘録だという。
その備忘録はおれもちょろっと目を通す機会が七回あったが、七回ともカエル合唱団のことについて書いていた。つまり、サンショウウオの低音域としての可能性や天敵のカワカマスを除去するための仕掛け網のことなどなど。
「あれ、カエルのことしか書いてなかった気がするんだけど」
「はい。でも、そのカエルにまつわる記述のなかに天才的な戦略を意味するものが含まれているのです」
つまり、サンショウウオを合唱団に入れるかどうかは敵を内通させるための策を表していて、カワカマスの捕獲方法は会戦において、伏兵を用い、敵を包囲する策を表している。
沈思。黙考。案出。
結論:あれは額面通りの意味しかない。
きっと宗教はこういう誤解から出来上がるんだな。
天才軍師の卵がスヴァリスの偉大さについて述べているあいだ、おれが考えていたのはスヴァリスとミミちゃんを戦わせたら面白いだろうなってことだった。
コブラ対マングースみたいにカネ取ってさ。看板もべたっとした塗り方でかかげるわけよ。
「立ち話もなんですので、こちらへ」
と、案内されたのは仮つくりの茶室だった。
相手と文字通り膝をつめられるし盗み聞きの心配もないから、茶室ほど相手と交渉するのにいい場所はないって言うじゃん。
でも、茶室ってすぐに話ができないんだよね。先に茶ぁ飲まないといけないし。
礼儀作法もあるし。正座するのと茶碗まわすのしか知らねえよ。
泡立ち抹茶への真の感想『苦ぇ!』を覆い隠して、「けっこうなお手前」って言って、この掛け軸、ちょーワビっすね、なんて言って、やっと本題。
「わたしたちはこの地にアズマの技でもって身を立てるべくやってきました」
「寿司屋のカンザエモンの話じゃ、いくらか用立ててほしいってことだけど」
「あなたはこの街に詳しく、顔も利きます。だから、いい立地を紹介していただきたいのです。もちろん、タダでとはいいません」
「いい立地。具体的には?」
「まず、屋台は足掛けです。いずれはきちんとした住居付き小店を持ちます。それにここの住民の一部の反感を考える限り、バラバラに店を出すのは各個撃破の危険があります。まとまった場所でみんなで店を開きたいのです」
そこでセイキチは東向きの小さな障子窓を開けた。
「あんなようなものが望ましいです」
と、指差したのはカラヴァルヴァ最大の商店街グラン・バザールだ。
「まさか、グラン・バザールに店を出したいって言うんじゃないよな?」
それは無理だ。
あそこで商売してるのはバザールが完成したころからの老舗ばかりで新参は入れない。
それでもいいからあそこで商売したいって連中は大勢いて、空きスペースができるのを待っているやつらは何千人といる。
グラン・バザールは独自のギルドを持っているのだが、これが勅許ギルドなので、簡単に支配できるもんじゃない。
しかし、まあ、スヴァリスの賢いとこだけ受け継いだ少年軍師殿は笑って首をふり、
「バザールに店を出せるとは思っていません。それにわたしたちは一からバザールをつくりたいのです」
「商売やる以上、僻地じゃダメだよな。たとえば、こことか」
「はい」
「人と物が頻繁に行き来して、みんなでまとまって店を出せて、それでいて、まだ誰の手もついてない土地」
そんな土地ねえよ、花沢不動産だってそんなの見つけられねえよ――と、言ってもよいのだが、ひとつ心当たりがある。
「橋の上でもいい?」




