第十四話 女騎士、きみの姿がまぶたに浮かぶ
「いやあ、ったく、すげえのなんの。もう、一生分の雨宿りをしちまったよ」
一年もあと二週間。
日差しは温かいが外は肌を粟立たせる冷たい風が吹く。
〈モビィ・ディック〉にて、来栖ミツルはセヴェリノの雨がいかに凄まじかったかを吹きまくっていた。
「橋は流れる。岩も流れる。森が伐採所ごと流れる。この世の終わりかと思うほど、すげえ雨だった。なあ、ホントにこっちは雨は降らなかったのか?」
ああ、降らなかった、とディアナがこたえる。
「一滴も?」
「一滴もだ。雨の話をきいていたら、なにか飲みたくなったな。ジャック、なにかつくってくれるか? さすがに昼間からは飲まない」
ジンジャー・ジョヴァンニーノを出すジャックは規定サイズである。幼女ではない。
来栖ミツルが帰ってくる三時間前に二十八色プリズムが完成し、魔王にささげて、元に戻ったのだ。
ミミちゃんにはめられて幼女化したなんて、来栖ミツルに知られたら、どんなふうに茶化されるか知れたもんではないということで、主にトキマルとクリストフが音頭を取って、秘密の箝口令がしかれた。
恐ろしいことに彼ら以外の連中は幼女化のことを知られたってどうってことはないだろうと危機感のないことを言っていたのだ。
連中のささやかな尊厳を守るためにはおれたちが頑張らなければならんらしいと決起したトキマルとクリストフは〈ちびのニコラス〉じゅうに散らばるうさちゃん人形や絵本などをかき集め、ミミちゃんと一緒に階段下の納戸に閉じ込めた。
「おれがいないあいだになんかおもろいことあった?」
「いや。特になにも」
「またまた。ディアナ、おれに――じゃなくて、ドン・ヴィンチェンゾに変装したんでしょ? シロッコの件で」
あれからエミリヒの死体がエスプレ川に上がった。
余罪もろもろ含めて、オルギン商会が裁きを下したのだ。
ダアンツィオとアレンツィオはカラヴァルヴァを去った。
もともと弟を探して、ここにいたのだから、これ以上、治安の悪いカラヴァルヴァにいる理由もないのだろう。
アレンツィオは相変わらずのババア呼びだったが、礼ともとれるかどうか微妙な言葉で、まあ、悪ガキなりの感謝の意を表した。
そして、こっ恥ずかしくなったのか、アレンツィオはにやりと笑ってから、せつなげな顔をつくるとディアナに最もダメージを与えるであろう呼び方で別れを告げた。
「さようなら! 姉上!」
ディアナを精神的にぐらつかせる目的は果たした。たぶん本人が想像した以上に。
「はぁ」
「ん? なんか悩み事?」
「来栖ミツル」
「へい」
「わたしはブラコンだと思うか?」
「……いいんじゃないすか、ブラコンでも」
「いいのか?」
「いい、いい。ここにはもっとヤバい連中がいろいろいるし。ブラコンくらいかわいいもんでしょ」
「そういうものか?」
「そういうもんだって」
「なら――そういうことにしておこう」
目を閉じるたび瞼の裏に浮かぶ。
初夏の庭。眠る庭園。泉水のそばの籐の椅子。
鳥が羽ばたき木漏れ日が揺らぐ。
その寝顔をいつまでも見ていよう。
もう二度と目を覚ますことのない眠りを見守ろう。
それでブラコンと呼ばれるなら結構。一向にこちらは構わないのだ。
カラヴァルヴァ マイ・リトル・ローグ・ナイト編〈了〉




