第十三話 騎士、申し開き。
シデーリャス通りの小さな料理屋に連れてこられて、初めてはぐれ騎士はデーヴィドがオルギン商会の古参幹部だったのだと知った。
料理屋は家庭的でこじんまりとしていて、奥のテーブル席に商会統領のシグバルト・バインテミリャがいて、その隣にはバインテミリャの父親と言っても通りそうな老人が座っていた。
テーブルの上に料理の乗った皿はなく、赤ワインを八分目まで注いだ足つき杯がふたつ。
デーヴィドの視線を追って気がついたが、テーブル席の後ろにはぴったりとした黒一色のドレスをまとった少女が立っている。
はぐれ騎士はようやくこの老人がクルス・ファミリーの統領、ドン・ヴィンチェンゾ・クルスなのだと分かった。
デーヴィドは入り口近くの席に座ったので、はぐれ騎士は悪名高いふたりの統領と疫病よりも確実な死をもたらす少女のいるテーブルへひとりでつかなければならなかった。
近くで見ると、ドン・ヴィンチェンゾは犯罪者の統領というよりは判事のように見えた。
ワインを飲むとき、ゴブレットの足ではなく本体を持つのを除けば、その所作は洗練されていて、とても紳士的だ。
だが、考えてみれば、判事も統領も立つ位置が違うだけで中身は同じ、宣告ひとつで人の運命を変えてしまえるのだと思うと、違和感も消えた。
まずい状況なのは違いないが、すぐに殺されるわけではない。
それなら、とっくに殺されている。
ただ、ひとつでも間違いをすれば、後ろの少女が自分の死神になるのは分かっていた。
「シロッコの家のまわりでなにを?」
ドン・ヴィンチェンゾの声はかすれていて、ささやくようでもあった。
「強盗きの下見を」
「誰のために?」
正しいこたえをもとめてデーヴィドをふり返りたかったが、それをおさえ、これはケチな賭場で暴れたあのテストとは違うのだと思い、
「エミリヒ」
ドン・ヴィンチェンゾはバインテミリャのほうを向くと、バインテミリャは小さくうなずいた。
「エミリヒはどうしてシロッコの家を強盗こうとしたんだ?」
「ある商売にシロッコと共同でカネを出していて、シロッコが分け前を払わないから、強引に回収しろと」
「分け前か」
「……」
老統領はワインで口にし、少しは潤ったらしい喉でたずねた。
「エミリヒはその商売がどんなものだか、話したか?」
「いえ」
「いくらカネを出しているのかは?」
「半分は出してると」
「半分? 半分ねえ……若いの。名前は?」
「ダアンツィオ」
「ダアンツィオ。シロッコが出しているカネが本当は誰のものか知ってるか?」
「いえ」
「わしだ。シロッコはパン専門の輸送ギルドにわしのカネを出していた。そして、シロッコはわし以外の誰とも組まない。エミリヒなんてやつの出したカネはひん曲がった銅銭一枚だって存在しないんだ。お前さんは盗みは専門じゃないらしいな」
「はい」
「それにオルギン商会に正式に入ってるわけでもない」
「はい。ドン・ヴィンチェンゾ」
「エミリヒは下見の報酬に金貨二十枚払うと言ったのだろう?」
そこまで知られていたのではもうどうしようもなかった。
「前金で十枚はもらっています」
「賭けてもいいがな、ダアンツィオ。エミリヒはお前に残りの金なんて払うつもりはなかった。やつがお前さんにさせたかったのは下見じゃなくて、下見しているお前さんの姿をシロッコに見せることだ。盗みに入られた後、元騎士の目つきの険しいやつが自分の家のまわりをうろついていたことを思い出させるためだ」
くそっ。あの野郎。
ドン・ヴィンチェンゾは綿の入った椅子の背にもたれ、ダアンツィオをじっと見た。
こちらが目をそらすやつを疑うか、それともまともに見返すことを無礼と取るか分からなかった。
あのエミリヒはとんでもないトラブルを自分におっかぶせた。
「お前さんが考えてるのはエミリヒをぶち殺して、川に捨ててエビの餌にしてやりたいと言ったところか。だから、いい話をしてやろう。実はな、エミリヒがシロッコのカネを狙ったのはこれが初めてじゃない。エミリヒはお前さんをハメる以前、見張り役を雇って、シロッコの家を探ろうとしたことがあった。ところが、その見張りはカンがよかった。少なくともお前さんよりは。シロッコが扱っているカネにピンと来たのだろう。エミリヒに降りると言ったそうだ。すると、エミリヒはその見張り役を手下を使って痛めつけようとした。そこにひとりの女騎士が通りかかる。彼女はゴロツキどもを追い散らし、そして、その見張りを保護した。見張り役はまだ子どもだった……」
そこで言葉を止めて、老人はゴブレットのワインを飲み干した。
ギイ、と奥のドアが開く――。
「アレンツィオ……」
ダアンツィオが思わずつぶやく。
ディアナの亡き弟にそっくりの少年は泣くつもりなどなかった。
こんなことは全て大したことはないのだと鼻で笑うつもりだった。
だが、生き別れていた兄にきつく抱きしめられ、その大きな手で頭をしっかりつかむように荒く撫でられるなか、アレンツィオはセヴェリノの雨もかくやと思われるほど大泣きしている自分を発見したのだった。




