第二十七話 ラケッティア、カボチャパンツの難。
マフィアの抗争は誰か一人が欲をかくことで始まる。
1930年代、全米のマフィアを巻き込んだカステランマレーゼ戦争は、カステランマレーゼ・デル・ゴルフォから移住してきたマフィアたちを無理やり支配下に置こうとしたジュセッペ・“ジョー・ザ・ボス”・マッセリアの〈欲〉から出発しているし、映画『グッドフェローズ』でおなじみのルフトハンザ航空強盗事件では奪ったカネを仲間に払いたくないジミー・バークの〈欲〉が流血をまねいた。
アイルランド系ギャングのボス、ダイオン・オバニオンはとにかくイタリア系ギャングをコケにしたいという〈欲〉のせいで自分の経営する花屋で殺され、1924年から1929年、アル・カポネが〈セント・ヴァレンタインの虐殺〉でライバルを蜂の巣にするまで続くことになる長い抗争の口火を切ることになった。
そもそも、マフィアやギャングになるようなやつは金銭欲にしろ性欲にしろ自己顕示欲にしろ、とにかく欲望のかたまりみたいなやつで、自分でも抑えきれない欲への衝動から悪事に走る。
だが、欲はあるけど、それをきちんと自分でコントロールすれば、もっと大金が儲けられると気づくボスもいる。
1920年代、禁酒法のアメリカで、カポネの兄貴分だったジョニー・トリオはシカゴじゅうのギャングの親玉を集めて、「ピースフルにやろう。抗争でカネとビジネスチャンスを無駄にする必要はない。シマの取り合いなんてしなくても、禁酒法はおれたち全員に途方もないカネをもたらす」と訴え、それぞれがそれぞれの縄張りでビジネスに専念することの尊さを訴えた。
同じころ、デトロイトでは〈歌うサム〉ことサルヴァトーレ・カタラノッテが長きにわたる抗争に終止符を打ち、ボスになると、陰惨な過去は全部五大湖に流し、その湖から快速船を使ってカナダ・ウイスキーを密輸してガッポリ儲けようと提案して、その人柄の高潔さでギャングたちに尊敬された。
そして、マフィアの世界の史上最大の大物と言われたチャールズ・“ラッキー”・ルチアーノはなんでも自分が一番にならないと気が済まない頭の古いシチリア系のボス、マッセリアとマランツァーノを殺害して、ニューヨークを五つのファミリーに分け、全米のマフィアのボスたちが参加する〈評議会〉をつくって、ファミリーのあいだで問題が起きたら、抗争に訴えるのではなく、この〈評議会〉に訴え、話し合いで解決させた。
また、個々のファミリーが殺人を行使するよりも、殺人の専門家集団をつくって、そいつらにやらせたほうが効率的で安全だといい〈殺人株式会社〉をつくった。
で、前にも説明した通り、その代表取締役社長におさまったのが、ニコラス・“リトル・ニッキー”・レンジリーだ。
気づいているかもしれないが、旅籠〈ちびのニコラス〉はこのレンジリーにちなんでつけた名前だ。
似たような話を前にもしたが、とにかく自分を抑えることは非常に大切なのだ。
そうすれば、みんなの懐にカネが転がり込む。
実際、ダンジョン特需の恩恵で、結構な数の貴族と商人がこの街に材木や食料品、酒、それに武器などを卸して儲けているのだ。
ブノワンとかいう貴族野郎だって、自分の領地の産品を売って、特需にあやかることができたのに、ブノワンが考えたのは火あぶり好きの従兄とグルになり、帝国まで巻き込んで、ダンジョンを安値で買い叩くことだった。
ふざけんなってんだ。
このダンジョン、ここまで育てるのにどんなにカネを費やしたか分かるか?
カネだけじゃない。
毒や麻痺などの状態異常回復の薬を売るためにダンジョンの難易度を難しすぎず易しすぎずのところで調整して、青騎士党と紅の剣士団の終わりのない喧嘩の仲裁をして、冒険者に飽きられないようにダンジョンをさらに深くするためにレイルクをうまくごまかして――。
そうだ! レイルクだ!
ブノワンのボケッ! あいつは重度のシスコンの妹自慢をたった一秒だってきかずにこのダンジョンが生み出す富をおれから奪い取れると思ってやがる!
馬鹿野郎、ふざけんな! 一時間以上、妹がいかに素晴らしい美少女であるかをえんえんときかされる苦しみを知らない野郎には銅貨一枚だって、くれてやらねえぜ!
――で、抗争になる。
世の中、そんなもんだ。
いくらこっちがスマートに物を考えても、相手が馬鹿なら同じ土俵に立たされる。
上記の欲をコントロールした偉大なマフィアのボスたちだって、そうだ。
ジョニー・トリオは凶暴なノースサイド・ギャングによって蜂の巣にされ金玉まで撃たれて、半死半生の憂き目に。跡目をついだアル・カポネが凶悪な報復に出て、血の雨が降った。
〈歌うサム〉は結核で早死。彼のつくりあげた平和はあっという間に崩れ去り、デトロイトはシカゴやニューヨーク並みのひどい抗争を経験することになった。
ラッキー・ルチアーノは連邦政府に捕まって、国外追放。彼が去った後、シチリア系のボスたちが〈評議会〉を牛耳った。
〈殺人株式会社〉とニコラス・レンジリーの運命は前に話した通りだ。
結局、暴力が物をいう世界なのだ。
それもより凶暴なほうが意見が通り、偉くもなれる。
力で得たものは力によって奪われるとか、復讐は何も生み出さないとか、そんな言葉はシンデレラ同様、おとぎの国での話。
力が大きければ大きいほど奪い取れるものが多くなり奪い取りにくるやつはいなくなるし、復讐は名声を生み出し、それも残酷なら残酷なほど一目置かれる。
そういう生き方をおれは選んだのだ。
だが、ブノワンは違う。たぶんそこまで深刻に考えていない。
ちょっと一押しすれば、降参すると思ってるだろう。
それがとんでもない間違いであることをきっちり思い知らせるつもりだ。
「マスター、ちょっといい?」
ツィーヌがやってきた。
おれはというと、セバスチャンと新たに雇った二人のコックを眺めながら、その日、遅めの昼食――淡水ニシンの卵巣にスパイスとチーズ、パン粉をつけてオーブンで焼いたもの――を厨房の隅にあるテーブルで食べていた。
「今、いいとこなんだよ。セバスチャンと二人の子分が厨房の梁から垂れ下がり後頭部にぶつかろうとするソーセージやニンジン、香草の束と格闘しつつ、耐熱皿に白身魚とじゃがいもを並べようと必死になってんのをジャンプのインフレバトル・マンガでも読む感覚で眺めながら、メシ食ってるの」
「へ-。いいんだ? せっかく面白いものがみられるのに」
「それって高飛車なコックたちがソーセージにぶつかってノックダウンするよりもおもろい?」
「いいから、来なさい」
ツィーヌに手を引っぱられ、もう一方の手でニシンの卵のチーズ焼きの皿をつかんで、外に出る。
そのおもろいものとやらを見て、おれは思わず大声を出した。
「どひゃあ! カボチャパンツだ!」
「しーっ! きこえるでしょ!」
中世ヨーロッパ風の世界にあるはずのなかったもの、緑のカボチャパンツに赤いタイツの男が一人、見た感じきつすぎるが金の糸でこれでもかとリボンを縫いつけたライトブルーの上着にフリルみたいな襟をつけて、しゃなりしゃなりと歩いていやがる。
これが噂のカボチャパンツか。
実物はすごい。ただでさえ短い裾をぐりぐり内側に巻いているため、腿の付け根どころか、ケツの肉まで見える。それも真っ赤なタイツに包まれたケツだ。
ちなみにタイツに見えるものは実は長い長い靴下であり、腿の付け根まで引っ張り上げて、胴のベルトに紐で止めてある。いわゆる嬉しくないガーターベルトだ。
カルチャーショックの衝撃から回復すると、おれはヤバい人を遠目に見つつ、ツィーヌにたずねた。
「なあ、ツィーヌ。おれは所詮、異世界から飛んできた住人だけど、あのファッションって、この世界に住んでいる人間からしたら、どうなの?」
「ありなんじゃないの?」
「ふあっ!?」
「ただし、イケメンに限る」
「あ、その表現。こっちの世界にもあるんだ」
ツィーヌ先生のファッション講座によれば、あの格好を最初にしたのは中性的な美少年。
そして、同じ格好をすれば、美少年みたいになれると考えたバカな大人たちが真似して、普及したのだそうな。
大きな口髭のあるおっさんがすね毛ボーボーの足にケツまで届くタイツをはこうとする光景は見るものに戦慄を与えるに違いない。
「まあ、ただ者じゃないことだけは明らかだな」
「あれでも本人はお忍びのつもりよ。それにダンジョンを探検するんだってはりきってる」
「まあ、一度半殺しにされれば熱も醒めるさ」
「それともう一つ、見てほしいものがあるんだけど」
ツィーヌにおいでおいでされて、〈ちびのニコラス〉が面する道を下り、ある料理屋の表まで行く。
料理屋の前には四人の男。
一目見ると、これからダンジョンにもぐる冒険者一行に見えるが、ツィーヌはあれが暗殺者だと教えてくれた。
「あんまり見ないで。こっちも知らないふりをしていたほうがいいでしょ?」
「なあ、これ、偶然かもしれないけど、ここからあのカボチャパンツがギリギリ見える」
「その通り。やつらの狙いはあのカボチャパンツよ」
ああ。くそ。
やつらが何を企んでるか分かったかも。
「あのカボチャパンツがどこの誰だか分かるかな?」
「マリスなら分かるかも。ほら、あの男の剣、ちょっと特殊な装飾があったでしょ。たぶん、貴族の紋章だと思う。マリスは剣の装飾に詳しいから、あの柄飾りを見れば、一発で突きとめてくれるはず」
「よし。ちょっとマリスを連れてくる。お前はあの物騒なおっさん四人から目を離さないでおいてくれ」
「了解」
ガルムディア帝国諸侯ラビア公ランパート。
三代前の皇帝から分家した公爵家で格は高い。
ただ、現当主のランパートはお世辞にも優秀とは言い難く、無能。
同格の公爵家から大臣や将軍、外交官が出ているのに、ランパートはなんら職をつけられていない。
ファッションセンスを差っ引いて考えても典型的な馬鹿貴族だよ、とマリスの評価は厳しい。
「でも、名門なんだよな?」
「ああ。それは間違いない」
「よし。分かった」
最後に残ったニシンの子をぱくりと頬張り、皿を近くの樽の上に置く。
「ツィーヌ。マリス。一仕事頼みたい。ちょっとしんどい仕事になるが、あのカボチャパンツ野郎を守ってくれ。特にあそこの四人の刺客からな」
「どういうことだ、マスター? あの四人はおそらくガルムディアから差し向けられた刺客だ。それがガルムディアの名門貴族を殺すのか?」
「うん。あのカボチャパンツ野郎。名門なんだろ? でも、役立たずだ。だから、死んだところでガルムディアには痛くもかゆくもない。むしろ死体になってくれたほうが役に立つ。あのカボチャパンツがここで殺されたら、ガルムディアはそれを口実にここに侵攻するつもりだ。おまけにガルムディアからすれば、ここの前の持ち主と教区のトップである異端審問官の支持をすでに得ている」
「刺客を片づけるのが簡単だが、ここでは人目が多いな」
「夜になってから襲えばいいじゃない」
「たぶん、そううまくいかないぞ」
おれの悲観的な意見に、二人はどうして?と小首をかしげる。
「あのカボチャパンツはダンジョンに行く気だ。そして、刺客たちもダンジョンでやつを襲うだろう。ダンジョンのモンスターに殺られたほうが都合がいい」
「でも、そうしたら、こっちは――」
「そう。ダンジョンのなかでは殺せない。これまであのダンジョンで死者が出たことはないし、これからも出す気はない」
「あいつらも考えたわね」
「だから、ダンジョンのなかではやつらを殺すのはなしだ。かといって、あの刺客どもにカボチャパンツを殺らせるわけにはいかない。難しいところだ」
「それについては任せてくれ」
「そー、そー。こないだはアレンカにいいところ取られちゃったからね」
「報酬はなにがいい?」
「ボウルいっぱいのカスタードクリーム!」
間髪容れず、二人はアカペラバンドも裸足のハモりでこたえた。




