第五話 ラケッティア、己を恥じる。
「待たせたな、小娘ども! 父ちゃんのお帰りだぜ!」
ローストチキン、真鯛のアクアパッツァ、タコのガリシア風……テーブルにひしめくごちそうたち。
アサシン四人の信頼はまず勝ち得た。銀貨一枚三万円を十倍どころか三十倍にして帰ってきたおれを見る目は錬金術師を見るそれだ。
「マスター、すごいのです!」
「うわあ、どれから食べよう?」
少女たちの笑顔。尊敬のまなざし。
ところが、おれは満たされない。
美少女四人にちやほやされているのに満たされないだと? うそこくんじゃねえ! と思うだろう。
だが、ほんとに満たされないのだ。
くそっ。おれは全然すごくない。むしろ、ダメダメだ。
だって、こんなのちんけな寸借詐欺じゃないか。
本格的な闇商売には程遠い。
もっと大がかりで金になる方法を物にしないといけない。
となると、賭博だな。
だが、賭博と一口に言っても、いろいろある。
上流階級向けの闇カジノ。スポーツ賭博。私設馬券屋。サイコロ賭博。浅草の道端で見かける賞品付き詰め将棋だって立派なギャンブルだ。
闇カジノは元手がいる。建物をつくり、ディーラーを雇い、タダで飲み物と食べ物を出し、関係各所の役人に払う賄賂、それに払い戻しに備えた現金。
ざっと三億円。つまり、このティアルデン銀貨で一万枚は欲しい。
まあ、桃鉄だっていきなり三億の物件は買えないもんだ。
元手のかからない賭博となると、道端でやるサイコロやカードということになる。
たしかに、これならティアルデン銀貨二十枚程度の元手でなんとかなる。
しかし、こうした賭博の規模ではおれの渇きは癒せない。
規模がそれなりにあって、それほど高額な元手を必要としない賭博。
そんな都合のいいもんがあるだろうか?
「ちょっと出かけてくる」
こういうときは散歩に限る。
「あ、待ってくれ。ボクも行く」
「なんだ、ボクっ娘。用事でもあるのか?」
「マスターの護衛だ。マスターに何かあれば、ボクたちは飢え死にだからな」
「現金な考え方だな」
「まあ、そうだ。正直、今のマスターはローストチキンがひょこひょこ歩いてるように見える」
ギルドのある屋敷を出て、宛てもなく歩く。
隣にはボクっ娘少女。黒髪のショートヘアで大きな黒い瞳。少年の精悍さと少女のあどけなさが共存する容姿を剣客風の服装がきりりとしめている。裾の短い紅の上衣と同じ色の平らなベレー帽、紐でしめるぴたりとした胴衣、黒のストライプのレギンスとボタンで留めるゲートル、剣はフェンシングで使うような細い刺突剣と背中に差した左手用の短剣で、戦いが始まるや、一度に抜けるよう絶妙な位置に調整してある。
「さてと、ボクっ娘。どこに行けばいいもんかな」
「マリス」
「ん?」
「ボクの名前。ちゃんと名前があるんだから、そっちで呼んでほしい」
「そうか。マリス、ね。いい名前じゃないか」
マリスは、小恥ずかしそうに、ふふ、と笑う。
「マスターに最初に名前を覚えてもらった。すごく嬉しいよ。ありがとう、マスター」
凛々しくてちょっと皮肉っぽそうなボーイッシュ少女が唐突に見せる乙女。
きっと興奮してる紳士も多かろう。
これはおれの嫁だ!と断言するタイミングだと言う向きもあろう。
だが、悲しいかな。おれの頭のなかは次のラケッティアで一杯だった。
ほら、ことわざでもいうじゃないですか。
『ラケッティアリング足りて、汝、嫁を知る』
「なあ、マリス。ここらへんで一番大きなカジノってどこにあるか知ってるか?」
「ああ。知っている。案内しよう。ついてきてくれ」
鷲獣館。
屋根のてっぺんにグリフォンの風見鶏――いや、風見グリフォンがついている古い屋敷をカジノにしたらしい。まわりにウェストエンドの住人が手持ち無沙汰に立っている。まさかギャンブルが怖いわけでもないだろうに。
ちょうど立ち去ろうとしている行商人風の男になぜ、なかに入って冷やかしの一つもしないのかたずねた。すると、
「冗談だろ、坊主。ここは入るだけでも一ティエ取られるんだぜ」
この世界ではティエは小型銀貨で、大型のティアルデン銀貨の十五分の一の価値だ。
一ティアルデンが三万円だから、ティエは二千円。
入るだけで二千円。なるほど、屋敷を取り巻くだけの見物人が多いわけだ。
「じゃ、ちょっと見てみるか」
「え、待ってくれ。マスター。ここに入るのか?」
「そうだよ」
「でも、入るだけで一ティエも取られるじゃないか」
「敵情視察の経費だ。もちろん、なかに入ったら、一文も使わない」
「ボクは外で待っていようか?」
「遠慮するな。一ティエくらいすぐに稼いだる。ただ、絶対にギャンブルはなしだ」
門番に料金を渡して、いざ鎌倉!
映画版と原作版の『カジノ』で蓄えた知識を今こそ発揮すべきときだ!