第二十七話 ラケッティア、王のいない王国。
「薬は処方したけど、それは傷からの炎症を防ぐ薬。普通の人には強すぎるけど、ジャックは元暗殺者だから毒に対する耐性がある」
「意識はいつ戻る」
「……わかんない。傷は深かったし、死神鎌の瘴気をどれだけジャックの体から抜き出せるか……この二日が峠だと思う」
「わかった。ありがとな。ツィーヌ」
〈モビィ・ディック〉に降り、ひっくり返った椅子をカウンターのそばに置いた。
ジャックが一番見栄えのいい並べ方にした棚の酒壜は全部薙ぎ払われている。
テーブルは焚きつけになり、ガラスが靴の裏でバキバキと割れる。
白鯨の模様が浮かんだ大理石のカウンターだけはキズひとつついていない。石のなかの鯨の背には数えきれないほどの銛が刺さっているのにだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
カウンターの主がいないのだから。
「司令」
見ると、フレイがいた。
「わたしになにかできることはありますか?」
「ああ。亜空間リソースに余裕あるか?」
「はい」
「オーパーツを五つ、つくってもらいたい」
「設計図面獲得のために司令を頭脳スキャンしたいのですが、よろしいですか?」
「うん。頼むわ」
フレイはおかんがやるみたいにおれの頭を抱きかかえた。
優しく撫でながら、
「司令が悪かったわけではありません」
「どうだろうな」
「……頭脳スキャン完了。でも、もう少しこうしてます。司令が望むのでしたら」
――†――†――†――
床のガラス片とまき散らされた酒とか、おれが片づけられるのは全部片づけた。
そして、酒壜をカウンター裏の棚に並べる。もちろん、ジャックが決めた並べ方をおれは知らない。適当だ。
ジャックが後で自分の気に入る並べ方に変えてくれればいい。
「頭領」
トキマルとクリストフだ。
「昨日の晩はどこにもパーティはなし。やつらも潜伏中」
「そっか」
「それでジャックは?」
「まだ意識が戻らん」
「頭領、昨日は寝た?」
「いや」
「もう、金曜の十時だ」
「いろいろ考えてるんだ」
なにを、ときくクリストフの声。
「どうやってあいつらをぶっ殺すか」
――†――†――†――
「ラソ兄弟とバインテミリャの手打ちで賭場を共同で一晩開帳するって話だが」
「うん」
「本当に今夜の〈ハンギング・ガーデン〉でやっていいのかね?」
「そうなんだ。カールのとっつぁん。そうすれば、あいつらは必ず来る。そこでカラヴァルヴァをカモにするのをやめさせる」
「そんなことができるのかね?」
「できる。根拠はない」
――†――†――†――
「やあ、僕に用があるってきいたよ」
「セオドアとテオドラを殺る段取りを手伝ってくれ」
「へえ。いいよ。なにをする?」
「そんなに大したことはしない。おれが言うまで待っててくれればいい」
――†――†――†――
金曜。夜。
〈ハンギング・ガーデン〉の最上階は本来、高レート人狼にしか使わないが、今回、特別にラソ兄弟とバインテミリャを呼んで、賭場を開かせた。
ガエタノ・ケレルマンと黒のジョヴァンニも参加し、他にもロンバルディアみたいなプロ中のプロも参加する。
そのテラ銭はラソ兄弟とバインテミリャの山分け。
まあ、それぞれの取り分は最低でも金貨千枚にはなるだろう。
だが、最大のヤマは〈ハンギング・ガーデン〉のエントランスにやってくる。
セオドアとテオドア。
めかし込んだ伊達男とサロンの女王。
カラヴァルヴァのカモり手。
そして、ジャックをあんな目に遭わせた張本人。
「なあ、最上階にボスどもが集まってるんだろ?」
思ったよりも高い声だ。
そもそもこの騒動以来、こいつらと顔を合わせたのはこれが初めてだ。
「ああ」
「おれたちもちょいと遊んでもいいか?」
「それは断る」
「客がカネを落としてやるってのに、それを断るのかよ?」
「察しがいいな。その通り」
「セオドア~、殺しちゃおうよ。こんなやつ~」
植木の影やスロットマシン・コーナーに身を潜めたアサシン娘たちの殺気。
だが、もっと大きな殺気がピカピカの馬なし馬車に乗ってやってくる。
ホースレスはおれとふたりのあいだに止まり、クレオが車を降りる。
「持ってきたよ。不満はあるけど、僕の仕事はこれでおしまい」
「上でブラックジャックでも楽しめ」
「いや、〈大当たり亭〉に行くよ」
「さて、おふたりさん。あんたらが何を考えてるかは分かる。だが、カラヴァルヴァをカモるのを今すぐやめてくれれば、この馬のない馬車、自動車をやろう。これは世界に一台しかない。ミスリル鉱の力で動く。カネもパーティもいつでもできるが、このご機嫌なアイテムはいまここでしか手に入らない。どうする?」
こたえはきくまでもない。
ふたりの目がきらきらしていた。無邪気な子どもみたいに。
――†――†――†――
「マスター、どうしていまあいつらを殺らないんだ!?」
マリスがたずねる。
仰せの通り。絶好のチャンスだろう。
「わたしたちはあいつらに敵わないと思ってるの?」
いや、違う。
お前らがマジになれば、やつらは死ぬ。
だが、シチュエーションがある。
おれは四人にフレイがつくったオーパーツを見せた。
五十発入りドラム・マガジンをつけたトンプソン機関銃。
「ボニーとクライドの死に方は昔からひとつと決まってる――車ごとハチの巣だ」




