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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 最悪の二人編
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第二十五話 アサシン、無口な人は実は心のなかでは多弁だったり。

 眠い。「あああああ!」また屋根から男が飛び降りた。「いてえ、いてえよお!」わたしはため息をつく。もふもふさわりたい。かわいいものさわりたい。ツィーヌが呼ぶ声がする。リストを手に。ローデウェイクからもらったリスト。あの人、怖い。かわいくない。かわいいものをもふりたい。ツィーヌはいまやドア破りのベテランになった。熱心だ。ドアを蹴破ることには独特の魅力がある。ターゲットを迅速かつ隠密裏に仕留めたときに感じるやりがいと同じだ。でも、もふもふや猫ほどの魅力があるとは思えない。ひょっとするとヨシュアが関係しているのかもしれない。マスターがヨシュアとふたりきりで会うようになったから、そのことを忘れようとドア破りに専念しているのかもしれない。あるいはドアをヨシュアに見立てているか。偶然にもドアの高さはヨシュアより二センチ高いだけ。想像も容易だ。ファンタジーなのだ、ツィーヌは。でも、わたしはもふもふさわりたい。それか雷のなる怖い夜にマスターのベッドで一緒に眠りたい。おへそをきゅっと押さえながら。マスターだけがわたしの秘密を知っている。秘密を知られたのに殺さなくていい人はマスターだけだ。バン! ドアが蹴破られる。何度も見ているとドアの破れ方には三パターンあることが分かった。まずドアノブ白旗コース。文字通りドアノブのある錠前部分が破壊されて、ドアが白旗を上げる。これが一番スマートでスムーズ。二番目。蝶番ちょうつがい白旗コース。蝶番がドアノブから剥がれるパターンで、これではきれいにドアが開かない。さらに何度か蹴りつける必要がある。そして、最後トリ。ドア白旗コース。これはドア板に穴が開き、蹴った足だけがそのまま部屋に入っていく。これが一番無様であり、そして、ツィーヌがぶつかるドアのほとんどがこれだ。いまも自分で開けたドアの穴から足を引っこ抜こうと必死だ。マスターはツィーヌのこういうところがかわいいと言っていた。参考になる。メモメモ。「あんたたち、もっと頑丈なドアを買いなさいよ!」そんな無茶な。「あー、もう。いい気分でドア蹴破りたかったのに」イド嗅ぎたちは部屋の隅で震えている。不健康だ。麻薬のかわりに猫をさわれば、いい気持になれるし、健康被害はないし、自分がこの子を守っていかねばという使命感すら得られる。熱くなったガラス管でヤケドしてイドを床に落としてしまうことばかり考えたりする生活とは手を切れるのに中毒者はどうしてもやめられない。これについてはマスターは正しい。麻薬は人をダメにする。もちろん、人を殺すプロのわたしが言って説得力があることではないけど。でも、試してみようかな。「……あなたたち」「はい! すいません! もうヤクはやりません!」土下座。まだ何も言ってないのに。「やっぱり普段、無口な人が言えば、みんな怖がるのよね~」そうかな? 以前、一度だけ、なぜか背後から忍び寄って喉を掻き切るとき、耳元でひと言「さよなら」とささやいたことがあったけれど、わたしの影がひりつくほどの恐怖がターゲットから発散されて大変だった。でも、マスターはわたしが怒るのをわざと楽しんでる気がする。「めっ」ってしかっても、あんまり効果がない。でも、マスターが楽しんでるなら、それでわたしはいいかな。それにしてもお腹すいたな。もう、お昼だ。今日のお昼ご飯はどうしようかな。パスタが食べたい。マスターのつくったボンゴレが食べたい。平気かな? 帰れるかな? みんなが顔を隠したわたしの素顔を見たがる。どうして顔を隠すと、まわりの人はそのマスクを剥ぎ取りたがるのだろう。わたしはアサシンだし、顔を知られたくない。だから、マスクをしているけど、なぜかみんなはわたしのことをブスだと思っていて、それをマスクで隠していると思っているようだ。それについてはどうでもいいけど、マスターにそのことを話したら、自分のことみたいに怒ってくれた。ああいうところはずるいと思う。好きになってしまう。ずるいと言えば、ヨシュアだ。マフィアの昔話をするという名目でマスターをひとり占めにしている。ヨシュアはきれいな顔をしていてスタイルもいいのだから、どこか別の場所で美人の女性なり男性なりを捕まえればいいのに、なぜかマスターに固執する。このあいだなんて、マスターが書いた二十世紀初頭のニューヨーク・マフィアの勢力図を見るためにヨシュアが隣に座っていた。銀色の髪がふわりとマスターの顔にかかるほと近くに顔を寄せて、ふたりで地図を見ていた。マリスの言う通りだ。敵は狡猾で大胆になっている。でも、わたしも二十世紀初頭のニューヨーク・マフィアの勢力図を見たいって言ったら、あんなふうに隣に座れるかな? ぴったりくっつけるかな? 抜け駆けはしないことになってるけど、興味がある。ときどき頭のなかがいっぱいになる。やっぱりマスターはずるいと思う。はやく例のふたりが死んでくれればいいのに。そうしたら、もっとマスターと一緒にいられる。マスターは信頼してわたしとツィーヌをローデウェイクの下につけてくれたから、期待にはこたえたいけど、ちょっとさびしい。それにもふもふしたものをさわりたい。ツィーヌがまたドアを蹴破った。今度はうまく蹴破れた。蹴破りの神さまのご加護を。トランプを手にした男が窓のない部屋に集まっている。麻薬を焼くにおいがする。毒だ。闇子病はどうなったんだろう? ツィーヌの毒がセオドアの影にしっかり感染したのは見えたけど、普通なら即死しているはずだ。それが逃げていった。たぶんまだ死んでいない。はやく死んでくれれば、マスターのもとに帰れるのに。またどこかでパーティでも開くのだろうか? わたしたち、入れるかな。無理だよね。うん。じゃあ、忍び込めばいいか。はやく殺せば、その分、はやくマスターのもとに戻れる。はやく会いたいな。目玉焼き戦争のときは醤油派に近い中立だったけど。でも、会いたい。「ああああああ!」また誰か飛び降りてる。くしゅん! ……なんの話をしてたんだっけ? ああ、もふもふがさわりたい。寝っ転がっているところを三匹くらいのもふもふが乗っかって喉を鳴らしたら、きっと、間違いなく、きっとかわいい。

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